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第三十七節 異変

 ロディとニーナが大聖堂に着くと、アレクたちは買い物袋を手に正面の柵扉にいた。


「兄貴、お待たせ!」

 ロディの声に、クレイグと談笑していたアレクが振り向く。

「おかえりロディ。整備は大丈夫だったか?」

「ああ、多分問題なさそう。後で確認してくれよ」


 問題なく落ち合えたところで、ニーナが柵扉の脇にいる神官に声をかける。神官が頷いて大聖堂に入ると、荷物を運んだ神官を連れてきた。

 こちらへ、と神官は大聖堂の白い大きな壁に沿って奥へと歩き出す。ニーナを前にして、一行はぞろぞろと後を着いていく。


「それにしても、どうしたんだ? あれ」

 ロディが首をひねりながら、一歩遅れて後ろを歩くスカーレットを指さした。

 スカーレットは落ち合ってからずっと、心ここにあらずと開いた口が閉じない。

「スカーレット、何かあったんですか?」

「過激だった……」

 ぼそっと漏れた言葉を聞いたとたん、ニーナが横目でアレクをじとっと睨んだ。

「……なにしたんですか?」

「断じて変なことはしてないぞ!」

 慌ててアレクは首をぶんぶん振り、クレイグに向けたところで止める。

「まぁ、ただ……服屋で、ちょっとな……」

「そちらの兵があまりにも色々と無頓着なもので、少々手荒に事を進めただけです」

「余計に誤解されるだろ!」

 アレクは無愛想かつ端的な説明を終えた従者の肩を慌てて押さえると、破竹の勢いでニーナに顔を向けた。

「いや、スカーレットがあまりにも服に興味がなくてさ。女物の服は俺も分からないから、店員に任せたんだ。そしたら、店員の目がぎらついて……すごい勢いで着せ替え人形にされて、さ……」


 そう言いながら、アレクは服屋の店員を思い出す。はつらつとして押しが強い店員だったが、スカーレットを差し出した瞬間の目の輝き……あれはまるで、獲物を前にした狩人のようだった。


 兄の話で状況を悟ったロディが大笑いする。

「そら災難だったな。服なんて着れりゃ何でもいいよな」

「全くだ。同じものを五着買ったから、もう服屋には行かない」

 スカーレットはそっと目を閉じ、ゆっくり肺の中を吐き尽くす。そして思いっきり息を吸い込むと、再び開けた三角の目をより鋭く尖らせた。


「……二度と」



 その間に神官は壁沿いを進み切り、建物の角を曲がる。

 続いて曲がった瞬間――急に開けた視界一面に鮮やかな赤が広がった。

 裏庭と思わしきその空間には、ラジアータが隙間なく咲き誇っていた。その中ほどに、よくある住居ほどの白い建屋がぽつんと一棟、据わっている。

 案内役はそれに向かってラジアータの中にある小道を進んでいく。どうやらこの建屋が客人用の離れらしい。


 神官が建屋の扉を引き、中に入るよう促す。

 入ってすぐの廊下を抜けると、談話室と食堂が繋がった大きな部屋が五人を迎えた。その奥にある二つの扉は、主寝室と副寝室だという。二つの寝室には、それぞれ風呂と便所も備え付けられていた。

 ひととおり案内を終え、神官はごゆっくりどうぞと離れから去っていった。


 神官がいなくなったとたん、

「うわー! すげぇ!」

 ロディが一目散に談話室の大きな革張りのソファにどかっと腰を下ろし、部屋を見渡す。

 壁際にある花瓶に生けられたラジアータは、ここまでの宿でも目にしてきた。しかし、その花瓶も花瓶台もソファ前にある重厚な座卓にも緻密な装飾が施され、一目で高価な物と分かる。ソファも皮の厚みと滑らかさが尻で感じられるほどで、まさに贅を尽くした国賓の部屋といった感じだ。

 旅の宿は寝食一室だったが、ここは全て部屋が区切られている。食堂と談話室がひとつづきとはいえ、いま座っているソファとは別に大きなディナーテーブルも設置されていた。


「こんな豪華な部屋、見たのもはじめてだ!」

「ね、無駄に贅沢でしょう? 使ってないなら国庫に還元してくれてたらいいのに。ほんと見栄っ張りなんだから……」

 談話室に運び込まれていた自分たちの荷物を確認しながら、ニーナがやれやれと肩をすくめる。

 アレクは買った荷物を下ろすのも忘れ、頭上に君臨する煌びやかなガラス細工の照明を見上げ立ち尽くしている。昼日国城にもここまで豪勢な部屋はない。

「本当に、ここに泊まってもいいのか……?」

「ええ。むしろ英雄様御一行に泊まってもらえて、こちらが嬉しいです!」


 しばらく室内を眺めたあと、ようやく買い物袋を部屋の隅に置き、アレクとクレイグがソファに腰を下ろす。が、スカーレットだけは居心地が悪そうにそわそわと部屋の中を見回している。

 ニーナが座るように促そうとして、買い出し前と違う彼女の出で立ちに目を細めた。

「さっきは言いそびれましたが、すごく似合ってますよ!」

 すらりとした足の線に沿う皮のズボン。ぴたりとした黒の上着を包む皮の胸当ては、平たく無個性な帝国の物と違い女性らしい丸みを引き立たせていた。

 軽装すぎるようにも見えるが、彼女には軽い方が合うのだろう。

 ニーナの褒め言葉に女兵は困ったようにはにかむ。

「ありがとう。ニーナがそう言うなら、そうなんだろう」

「俺も褒めたのに……」

お前(アレク)は誰にでもいいそうだからな」

 スカーレットは不満げなアレクを見ようともせず言い捨てた。


「そうだ、武器の仕上がり確認してくれよ」

 ソファの弾力を楽しんでいたロディが、思い出したように脇に抱えていた武器を持ち主に返す。アレクとクレイグは手に取るとすぐ、それぞれ気になっていた箇所を念入りに確かめた。

「うん、悪くない」

「ようやく握りが落ち着きました。ありがとうございます」

 ニーナも抱えていた剣をスカーレットに差し出す。

「スカーレットの剣、軽くて助かりました。アレクの槍もクレイグの剣も、私が持って歩くには重すぎて……」

 スカーレットは剣を鞘から抜き、照明の光にかざした。

「これは以前、なんかの褒美でもらったものだ。兵器に使う金属を使っているらしい。一般的な(そこらの)ものより薄くて細いがその分軽くて丈夫で、とても気に入っている」

 細身ながら、光をしかと跳ね返す刃にしばらく目を凝らす。小さく頷き、音もなく鞘に納めた。

 代わりに腹がきゅうと音を立てた。


 その音を聞き、ロディがまだ鳴っていない自分の腹をさする。

「そういや、晩飯どうすんだ?」

「もう少ししたらここに運ばれてきますよ。小腹が空いてるなら果物食べます? あ、これ美味しいですよ」

 ニーナはくすくす笑いながら、座卓上の籠に盛られた果物を指さす。その指で中の小粒な緑の実を摘み、スカーレットへ差し出そうとして……


 実をぽとんと落とした。


 足元に転がってきたそれをアレクが拾い、ニーナに渡す。が、ニーナは受け取る素振りもみせない。

「どうした?」

「なにこれ……」

 何もない壁を呆然と見続ける様子に、アレクは緩んでいた口元を引き締めた。旅の間も何度か見たその反応は、もれなく悪い知らせだ。


 唐突に、激しいノックが扉を揺らす。

「失礼いたします!」

「晩飯か?」

 乱暴に扉を開けた聖女は、のんきなロディなど一瞥もせずニーナに向けて叫んだ。

「第四位様、緊急です!」

「……わかってます」

 青い顔をわなわなと震わせる聖女をちらりと見て、ニーナは静かに頷く。


 一瞬にして、和やかだった空気に緊張が走った。

「停泊中の船から……」

「……魔獣が発生したんですね」

「は、はい!」

 滞りなく進むやり取りはこの上なく不穏で、クレイグはしかめていた顔をさらに歪める。

 

「かなりの数が港で暴れているほかに、何体か首都に向かっているそうです」

 ニーナは部屋の壁を越えた遠くに動かしていた視線を、聖女に戻した。

「女王様は?」

「神官たちに住民の避難を指示したあと、『極大結界〈メロ・カグリ〉』を張り直していらっしゃいます!」

「そう、ですか……他の序列位は?」

「第三位様は『聖域〈カグ〉』を張りに街へ出られました。第二位様は、先日より北の町へ出かけていらっしゃって……」

 至って冷静だったニーナの眉がぐっと寄る。

「もうっ! いっつも肝心な時にいないんですから!」

「緊急なので第五位様に応援をお願いしております」

「第五位はまだ仮成人も迎えていない身ですから、必ず上級神官を補佐につけてください」

「そのように手配いたします……第四位様は、どうなさるおつもりですか?」

 その問いに、ニーナはしかめたままの顔を勢いよく返した。

「私は港に向かいます! 貴女もすぐ応援に向かって下さい!」

 気迫に押され聖女はびしっと背を伸ばすと、かしこまりました!と慌ただしく部屋を出ていった。


 ニーナははーと息を吐き……四人に向けて、深く頭を下げた。

「……皆さん、どうか、お力添えをいただけませんか?」


 垂れ下がった青い髪を見つめ……ロディがすでにナックルをはめた拳を胸の前でぱんと突き合わせた。

「当たり前だろ!」

「これは俺たちのすべきことだ」

 アレクも槍を携えて立ち上がる。スカーレットは腰の剣に、そっと手を添えた。

「私にとっての初陣か。腕が鳴るな」

「その自信のほど、拝ませていただきましょうか」

 それを冷めた目で見遣り、クレイグは剣を結わえた腰帯を締め直す。


 ニーナの頼みなどなくても、皆が皆、もう手を貸すつもりでいた。顔を上げれば当たり前とニーナを見るそれぞれの瞳が頼もしく、嬉しくて……視界が滲んで前が見えない。

 ニーナは黙ってもう一度深く頭を下げ、ぐいっと目元を拭った。



****



 離れを出ると、ラジアータが薄雲にまで咲いたかのごとく地平線の空が赤い。

 ニーナを先頭に混乱極まる街を抜け、草木の生い茂る道をまっすぐ走る。港は街から少し離れたところにあるようだ。塩気を含んだ風に混じって、焦げたような臭いがかすかに鼻の奥を刺した。


「港はこの林を抜けた、もう少し先です!」

 先頭のニーナが指を指さなくても、少し離れた前方から立ち上る煙が場所を知らせている。

「もうはじまってやがる……くそっ!」

 ロディが吐き捨てて、ニーナを追い抜く。


 と、

「待って!」

 ニーナが急に足を止めた。後ろを走っていた四人がニーナを追い抜き……すぐ足を止めて振り返る。

「なんだよ!」

 一番前を走っていたロディも勢いを殺して立ち止まった。


「前から魔力の塊が五つ……」

 ニーナはそう呟いたあと、すぐ両手を前に突き出し『聖域〈カグ〉』と唱える。


 四人は自分を守る光を肌で感じながら、

「……ともうひとつ! 来ます!」

 まだ姿のない敵に向けて身を構えた。

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