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君に深紅の花束を  作者: 小川 綾
■第三章
37/43

第三十四節 首都アータミス

 夜月国の夜明けは遅い。


 まだ家々の軒先には明かりが灯る薄暗がりのなか、鬱蒼とした森の中の道を進む五人の姿があった。


 夜霧と朝露の混じり合う清らかな空気が、つんと頬をさす。森へ帰ろうとする月が、夜空を淡くぼやかした。その白光が、月明かりなのか朝陽なのかはわからない。


 ただ、遠景に現れた荘厳な建物は、今の空に溢れる光を無節操に取り込んで白く輝いていた。


 はじめて目にすれば、思わず手を合わせたくなる神々しい光景も、

「はー……帰ってきたって感じです」

 ニーナにとってはよく見知った眺めで、思わずため息がこぼれる。それを聞いて、アレクははっとニーナに顔を向けた。

「なんだかすまない……ごたごたがあったとはいえ、無駄な往復をさせてしまったな」

 ニーナにしてみれば、夜月国の首都からせっかく全速力で馬車を飛ばして昼日国まで駆けつけたのに、ふりだしに戻されたわけだ。しかも徒歩で。今さらそれに気づいたのも含めあまりに申し訳なく、アレクの頭がぐっと垂れる。


「いえいえ! そういう意味じゃありませんよ!」

 普段はつま先立ちでも見えないつむじが目線の高さまできたのに慌てて、ニーナはぶんぶんと首を横に振った。

「純粋に、帰ってきたなーって思って……」

 そう歯切れ悪く口にした表情は喜ぶでも嫌がるでもない曖昧なもので、ロディは不思議そうに首をかしげる。

故郷(じぶんち)に帰ってきたんだろ? なんでそんな微妙な顔してんだ?」


 ニーナは相槌代わりに眉尻を下げると、ふと来た道を振り返り明けゆく空を見上げた。

「ほっとしてる、のもあるんですよ。でも、それよりここまで来るのが楽しかったなぁって……そりゃあ悲しいこともたくさんありましたけど、こうやって皆と自分の力で歩いてこれたのが嬉しくて、ずっとこのまま旅してたくて。でも、夜月国まできたら帝国は目と鼻の先。もうすぐ終わっちゃうんだなって思うと寂しくて……なんだか複雑なんです」

「そうか……じゃあ、帝国のことが片付いたら、またリアムを通して呼ぶよ」

 次は何をしにどこへ行こうか……と口にしかけて、柄にもないなとアレクは目尻を下げる。


 魔力を断ったあとなど、具体的に思い浮かべたことはなかった。それなのに、はじめて描いたアレクの未来には当たり前のようにニーナがいた。どこで何をしてるかは想像もつかないのに、自分でも不思議なほど自然にニーナが隣で微笑んでいた。


 都合のいい妄想で自分だけ心地よくなれば、なんだか頬骨のあたりがぴくぴくと引き上がって、何気なく視界に入れていた青い髪がまっすぐ見れない。

「問題はニーナが来てくれるか、だけどさ」

 アレクは視線を逸らしたまま、自分勝手な望みの手綱をニーナに委ねる。聞くやいなやニーナがアレクにずいと身を乗り出した。

 アレクがためらいがちに視線を戻せば、目の前に迫る青い瞳はきらきらと輝いている。

「ホントですか! 絶対行きますから! 絶対呼んでくださいよ!」

 それはアレクが願った以上に叶った答えで、ほんのわずかだけ前に踏み出すアレクの足が跳ねた。



 そうこう語らいながら歩いているうちに、ふと前方に木々の切れ間が見える。

 すっかり明るくなった空に照らされる先の地面は均されていて、侵しがたいほど白い石造りの門がそびえ立っていた。門の脇には、刺股を模した木の棒を携える白い法衣の男たちが立ちはだかっている。


 急にニーナが足を止めた。


 同じように立ち止まり何事かと首をかしげる皆を、ニーナは真剣な顔で見回す。「どうした?」と問うアレクをしばらく無言で見つめたあと、ニーナは覚悟を決めたように、こほん、と咳払いをした。

「えと、私、皆さんにお伝えしていなかったことがありまして……」

「序列のことですか?」

 すかさずクレイグが正鵠を射る。本人の口から言わせなかったのはクレイグなりの気遣いなのだろう。

 ただそれが、かえって隠していた後ろめたさを膨らませ、強ばっていたニーナの頬をへらりと崩させた。


「やっぱりクレイグには、ばれてましたか」

「あれだけ様々な聖法を立て続けに使っていましたから、そうではないかと思っていました。それでも確信に変わったのは昨日の夜ですが」

 クレイグの視線がふいとスカーレットに流れる。

「あ、そっか。言いかけてましたもんね」

「事情も知らずに無神経だった、すまない」

 しゅんと落ちたスカーレットの肩をニーナが慌てて両手で元通りに押し向けた。

「スカーレットが謝ることじゃありません! むしろ隠す必要なかったのに、伝えずにいたのは私ですから!」


 一気に言い立てて一息つくと……ニーナは説明のいらない二人から、目をぱちくりさせている二人に向き直る。

「アレク、ロディ。実はですね、私、夜月国ではそこそこ偉いらしくって……」

「らしく、ってなんなんだよ」

「仕事と制約が増えるばっかで、恩恵なんか感じたことないので」

 ものすごく嫌だを顔面でさらけ出す自称偉い聖女様に、ロディが笑いを堪えきれず吹き出した。

「ニ、ニーナらしいな……でも、それがどうした?」

 アレクも大きく動きたがる頬を抑えながら続きを促す。

「えと、昼日国からの依頼はまだ終わってませんが、立場上、一応、女王様に帰ってきたと報告、しなければならないのですよ」

 一節ずつ語気を強めては無駄に区切り、なかなか結論まで辿り着かない言い様にアレクはぴんときた。人と連れ立って旅をするのが初めての彼女は、一人で行動したいと言い出しにくいのだろう。


「気にせず行っておいで。俺たちは街でも見て待ってるからさ」

「いえ、皆さんも一緒に来て欲しいのです」

 気を利かせたつもりが、予想したのとは違う答えが返ってきた。アレクが一瞬止まる。

 ニーナは昼食を食べに誘うくらいの軽さで言ったが、彼女がこれから行こうとしてるのは夜月国で一番偉い人のところだ。


 いやいやちょっと待て、とアレクが大慌てで首を振る。

「国の大事な聖女様を引っ張り回した挙句、こんな着の身着のままでいきなり押しかけたら……無礼どころの話じゃないぞ」

「そんなことありませんよ!」

 断るために前に出したアレクの手をニーナが両手でぎゅっと握り込んだ。

「夜月国ではミレニアムの夜明けを終わらせた英雄様を、慈神と同じくらい崇拝しているんです! だから、アレクが下着姿だろうが、おらおらと扉を蹴破ろうが間違いなく大歓迎されますよ!」

 ニーナから放たれる色んな圧に負けて、アレクは渋々頷いた。

「わかった、行くよ。行くけど……もう少し例えを選んでくれ……」


 話のまとまった二人の視界に、茶色の制服がすっと割って入る。

「ニーナ。お申し出はとても光栄ですが、さすがにこの帝国兵を謁見の場に連れてはいけません」

「そんな……」

 ニーナは大丈夫……と言いかけ、取り付く島もないクレイグの険しい眼光に気怖じしてアレクに視線を逃がす。しかし、先程まで優しく垂れていた浅黄色の瞳は、妥協を拒むように鋭く尖っていた。

「スカーレットには申し訳ないが、俺もクレイグと同意見だ。リアムならまだしも、さすがに他国の要人の前に立たせるほどの信用はない」

「申し訳なくない、賢明な判断だ」

 スカーレットは特に気を悪くするでもなく、素直に頷く。

「私は街のどこかで待っている、四人で行ってきてくれ」

 その言葉を聞くなり、クレイグが凄まじい勢いで険しいままの目をスカーレットに向けた。


「何を言ってるんです。一人にさせるわけないでしょう」

「この期に及んで逃げないぞ」

「それは私の目で見て確かめます」

 何を言っても間髪入れず噛み付いてくるクレイグにわざとらしくため息をつき、スカーレットも三角の目をぎゅっと絞る。

「……面倒臭い奴だな」

「お互い様です」

 嫌味でやり合うクレイグとスカーレットの間に、危うい空気が漂いはじめた――その時、

「じゃあさ」

 ロディが急ににやりと笑いながら二人の間に入る。

「俺がスカーレットと待ってるよ」

「ロディは来い」

 二人を止める振りをしつつ、ちゃっかり謁見から逃げようとしているのが丸わかりだ。アレクは弟の建前をばっさり切り捨てた。


 スカーレットの扱いが不満なニーナは、むっと唇をひん曲げる。が、ふと何か思いついたように、クレイグの肩をとんとんと叩いた。

「じゃあ、せめて宿はこちらで用意したところを使ってください。今日くらいは滞在するでしょう?」

「そうですね、色々準備も整えたいですから……それくらいなら甘えましょう」

 クレイグが首を縦に振ったのを見届けて、ニーナが破顔する。

 そのにんまりした顔は、明らかに何かを企んでいて……しくじったと思っても、もう遅い。

 クレイグは仕方ないとため息をつき、いつもの澄まし顔に切り替えた。

「では、私たちはその間に帝国行きの船の時間を確認してまいります。どこで待つのが合流しやすいですか?」

「それなら大聖堂の礼拝堂がいいですね。一番わかりやすいですし、女王様もそちらにいらっしゃるので」

 クレイグが頷いたのを確かめ、ニーナはもう一度みんなの顔を見回す。それから自分の法衣の汚れを軽くはたくと、しゃんと背筋を伸ばして門に立つ法衣の一人に近づいていった。



「ご苦労さまです」

 にこやかに声をかけたニーナに法衣の男が顔を向けて……目を丸くしたあと、腰を勢いよく直角に曲げた。

「第四位様! お帰りなさいませ!」

 周りの法衣たちもどんどんニーナの元に駆け寄り、口々に挨拶を述べる。

 ニーナは法衣たちにぐるりと目をやりながら、

「すみませんが、大聖堂に遣いを出してもらってもいいですか? 第四位が女王様にお目通りしたいと」

 と言ったあと、少し離れて見守っていたアレクたちに視線を飛ばした。

「……あと、客人をお連れした、ともお伝えください」

「かしこまりました!」

 お辞儀していた法衣たちの中の一人が弾かれたように頭を上げ、門の脇にある通用口へと消えていく。

 一番最初に声をかけた法衣の男が門を開けるよう他の法衣たちに指示を出し、もう一度ニーナに頭を下げた。

「どうぞ、第四位様。大聖堂まで先導いたします」

 ぎぎっと重そうな音を立てて、白い石造りの扉が開いた。



 晴れてはいないが明るい乳白色の空の下に、歳を重ねて灰がかった白い石畳が広がる。まだ遠目にある荘厳な建物の透き通るような白を敬い、倣うかのごとく、白を取り込んだ様々な建物が建ち並んでいた。その合間をちらほらと、質素な白い法衣が行ったり来たりしている。

 固そうな、柔らかそうな、吹きっさらしの、洗いたての……それぞれ違った多くの白で、夜月国の要となる街は形作られていた。

 その白い街並みを先頭に二人、後方に二人、法衣の白に挟まれて五人は進んでいく。


 道端で談笑していた法衣の女子たちがもの珍しそうに五人を覗き込もうとして、第四位様に失礼だと先頭の法衣に散らされた。

 その言葉で法衣の女子たちが顔を見合わせる。

「え、第四位様……?」

「こんなところに第四位様が?」

 彼女らの呟きが、周りにいた白の法衣たちにみるみる伝染していく。

「え、四位様!? どこどこ!?」

「第四位様!」

「四位様万歳!」

 あっという間に、周りを賑やかな白に囲まれてしまった。


「第四位、なんだ……」

 その呟きがなぜかアレクにも伝染している。

「アレクまでどうしたんですか?」

「いや、そこまで高位と思ってなかった……」

 驚愕の目でニーナを見るアレクを、今さらとニーナが笑う。

「偉いらしいって言ったじゃないですか」

「聞いた、けど……」

 その振る舞いで務まってるのか……と続けるのは偉い聖女様の手前、ぐっと慎んだ。


 受け入れ難い現実に当惑するアレクと違い、ロディはこの状況が楽しそうだ。

「面白ぇな。お前やっぱ偉い聖女サマじゃん」

「位なんてクソ喰らえです」

 立場の話を振ると条件反射のように嫌そうな顔をするニーナに、ロディが大口を開けて笑った。

「はははっ! やっぱニーナはニーナだな!」


 興味が好奇を呼び、五人の周りにはどんどん法衣が集まってくる。そのせいで歩みの速さは少し落ちたものの、歩いている道を跨いで掛かる陸橋を抜ければ……正面に、森からも見えていた、群を抜いて白く丸みを帯びた建物がぐんと近づいてきた。


「あの建物が大聖堂です」

 ニーナが指さしたのは、もう見上げなければ目に収まりきらないその建物だ。

「先導してくれる神官がいなくなると揉みくちゃにされちゃうので、クレイグたちも船の時間を見るのは後にして、ひとまずこのまま一緒に向かいましょう」

 クレイグは頷いて、まだ遠い大聖堂から自分たちに近い街並みに視線を移した。


 垂れ下がった看板でこの周り一帯の建物が商店だとわかる。だが、開くにはまだ早いのか、ほとんどの扉は閉まっていた。

 ただ、掃除をしたり品物らしき箱を運んだり、忙しなく動き回っている人は少なくない。その中に一軒だけ、軒下に大量の赤い花を並べる店があった。


 クレイグは『ラジアータは聖女を象徴する花』とニーナが言っていたのを思い出す。あの赤い花を並べた軒先は、たぶん花屋なのだろう。

 そういえば夜月国で泊まったどの宿にも、この白い街角にも、至るところにこの花が飾られている。

 燃えるような赤が目に鮮やかだ。

 さっきから「第四位様」「四位様」とクレイグの視界を遮る法衣の女子たちの赤を含む髪と、はつらつとした若さがラジアータよりも華々しく映る。

 クレイグは平和な光景の中で揺れる青髪に視線を戻し、くすりと笑みをこぼした。

「なるほど……これは確かに。ニーナが身分を隠したくても、ここではすぐばれますね」


 ロディは第四位と呼ばれる度にきょろきょろと周りを見回している。

「名前で呼ばれないのな」

「公にしてないんです。秘密ではないので知ろうと思えばすぐわかるんですけど、序列位で呼ぶのが暗黙の了解みたいになっちゃってますね」

「ふーん、なんか寂しいな」

「そうですか? 呼び違えないので結構いいですよ」

 第四位はこともなげに言ってのけるも、それを見てロディは眉をぐっと下げた。


 スカーレットは三角の目をぱちりと開いて群がる法衣たちを見渡している。

「情報としては知っていたが、本当に女が多いのだな」

「それに若い方が多いのですね」

 和やかな雰囲気に充てられたのか、クレイグがスカーレットの後に言葉を付け足した。

「ええ、元々女が多い国ですし、この時間だと朝の礼拝に向かう聖女ばかりでしょうから」

 そうのんびり言ったあと、ニーナは答えが足りないのに気づいて話を続ける。

「十歳になると聖女判定があって、決まった痣が現れると聖女にならなきゃだめなんです。十五歳までは見習いで、そこから聖女の印を入れて一人前。大聖堂でのお務めが始まります。で、十九歳の誕生日を迎えると聖女の印は消え、聖法が使えなくなり、ようやくお役御免って感じです。だから聖女は皆、若いのですよ」

 クレイグとスカーレットが「なるほど」と同時に頷いた。


 この二人、案外息ぴったりなのかもと思いつつ、ニーナは先程からひとり大人しいアレクに目をやる。

 が、すぐに見なかったことにした。

 ニーナの視線に気づいていたアレクが、だらしなく緩みきった顔をニーナに向ける。

「さすが慈神のお膝元だな……神々しい眺めだ」

 前を見ていたニーナが顔を強ばらせ、鋭くなった目だけをアレクに戻した。

「アレク、夜月国(ここ)の華はうかつに摘むと、本気で罰せられますよ」

 呆れてため息をつくニーナに、アレクはとろけるような微笑みを振りまく。

()()は打たないさ」

 ニーナはすぐさまクレイグに縋りつき、この色狂いに思いっきり後ろ指を指した。

「クレイグ! スカーレットよりこの女たらしを野放しにする方が危険なんですけど!」

「心得ております。決して一人にはさせませんから、ご安心ください」

 クレイグが騎士として相応しい顔で言い放った。


 先頭を歩いていた神官の足が止まる。目の前には、つたを模したような飾りが美しい銀の柵扉が、道の終わりを告げていた。柵の先はラジアータの咲き乱れる庭が広がり、その奥にある白い建物には艶のある焦げ茶の扉が鎮座している。

 神官たちの先導はここのまでのようで、頭を下げると来た道を戻っていった。「また後ほど」と踵を返すクレイグとスカーレットにも手を振り、ニーナ、アレク、ロディの三人は柵扉を開ける。


 通る人を歓迎するように揺れる赤い花の道を抜けて焦げ茶の扉を開くと……そこは天井の高い大きな礼拝堂になっていた。

 たくさん据えられた長椅子に法衣たちが腰掛け、思い思い祈りを捧げている。高めの位置にはめ込まれている彩り豊かなガラスの窓が昼の光を通し、無垢なものを色とりどりに染め上げる。

 その光景は、神の威光を思わせるといっても過言ではない崇高さを漂わせていた。


 ニーナが長椅子を抜けて上座の壇に近づいていく後ろを、アレクとロディが追う。時同じくして、壇の横にある木を切り出しただけの扉の前から三人の法衣がニーナに歩み寄ってきた。

 三人とも法衣は白だが、赤い糸で派手な刺繍が施されている。この街で見るのは初めてだが、アレクとロディはその装いに馴染みがあった。


「第四位様、お帰りなさいませ」

 その中の一人が一歩前に出てニーナに頭を下げる。刺繍のせいで、肩にかかった薄紅色の髪までやたらとうるさく目に映った。

「ええ、夜月国は変わりありませんか?」

「はい、問題なく」

 頭を上げた法衣はニーナが微笑みかけたのに頬を紅潮させ、薄紅色の髪をかきあげながら頷く。

「女王様から着いたらお連れするように申しつかっております」

「わかりました、お願いします」


「あの……」

 薄紅色の髪の後ろにいた法衣の一人が眉をひそめアレクを指さした。

「後ろのそれも同席するのですか?」

 ニーナが短く「()()」と繰り返した。

 笑顔は崩さないものの、青い瞳が無機質に光る。

「こちらは私の……いえ、夜月国の大切なお客様です。無礼のないようにお願いします」

 ゆっくりと静かで、温もりの失せたニーナの声を聞くなり、三人の法衣が縮み上がった。

「か、かしこまりました……どうぞこちらへ」

 薄紅色の髪が慌てて木の扉を開く。


 三人の法衣の後を追い木の扉をくぐれば、白い廊下に赤の絨毯がまっすぐ奥の扉まで伸びていた。途中にもいくつか扉はあるが法衣が脇目も振らず歩いていくのをみると、どうやら奥の扉が女王様のいる部屋らしい。


「すみません、不快な思いをさせて……」

 三人の法衣の後ろを歩きながら、ニーナが声を落として「それ」と呼ばれた二人に謝る。

「大丈夫、気にしてないよ」

「そうそう。あれこそ聖女って感じだしな!」

 そう、アレクとロディの知る聖女とは、まさに前を歩く三人の法衣そのものなのだ。

 ニーナをみていると記憶を疑ってしまいそうになるが、煌びやかな装い、人を見下す態度……彼女たちはアレクたちの覚えているとおりの聖女で、むしろ変に安心してしまう。


「返す言葉もありません……」

 ニーナも昼日国で狩人を癒した時にその印象の悪さを思い知らされており、しゅんと首を垂れた。

「こらロディ! そんな言い方したらニーナが気にするだろう」

 言葉を選ばないロディをアレクがたしなめる。ロディはごめんごめんと軽く謝りながら、ニーナの頭をぽんぽんと撫ぜた。

「でもさ、俺はニーナのおかげで嫌な聖女(ヤツ)ばっかりじゃねぇって知ったからな。感謝してるぜ」

「それは俺も同じだな」

 アレクもふふっと肩を揺らしてニーナの背を優しくさする。ニーナはぽかんと顔を上げて……頬を真っ赤に染めた。

「え、それ、いま、ここでいう!?」

 必死に腕で覆って顔を見られないように隠すが、照れているのが丸わかりだ。余裕のないニーナの仕草が可笑しくて、アレクとロディは忍び笑いで肩を震わせる。


 そんな穏やかな空気を打ち消すように、先に立ち止まった法衣が扉を叩いた。

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