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君に深紅の花束を  作者: 小川 綾
■第一章
16/63

第十五節 合流

 スキーゾケイロスが立ち上がらなくなると、遠巻きに戦いを眺めていた人々のざわめきが少しずつ、ニーナたちの周りに戻ってきた。とはいえ、獣の凶猛さを目の当たりにして、もう街の外に出ようという人はいない。代わりに、人々の足は倒れた獣に向かっていた。

 正座のまま惚けていた三人の狩人が、獣に近づく人を止めるため慌てて立ち上がる。


「それはそうと」

 男と並んでその様子を見ていたニーナが、ふと男に顔を向けた。

「お兄さんがいらっしゃるんですか?」

「あー、ああ、うん。それがどうした?」

「いえ、気になったので」

「まぁ、うん」

 なにかやましいことでもあるのか、男は急にしどろもどろで視線を泳がせる。

「あー、あー、うん……ま、血の繋がらない兄なら二人いるぜ」

「血の繋がらない……ですか?」

 その妙な言い回しが気になったニーナは首を傾げた。


 先ほどの会話で「兄貴」と聞いて思い至ったのは、同じ魂を持つアレクと男の繋がりだ。しかし、あまり触れて欲しくなさそうな男の反応が今は気にかかる。

「あの、失礼ですが」

「おーい!」

 もう少し突っ込もうとしたニーナを遮るように、今日たくさん耳にして覚えた声が聞こえた。ニーナは声を辿って流されてきた道を振り返る。


 さっきまでは前しか向けないほど混み合っていた道も、今は地面までよく見えた。獣が出たおかげで自ら街へ戻ったのだろう。

 まばらになった人の合間から小さく覗く、赤と茶色の服を着た二人組が、ニーナのいる方に向けて手を振っている。まだ遠くてはっきりと分からないが、余韻の残るやや高い声とあの服の色はおそらくアレクとクレイグだ。

 ニーナはおーいと大きく手を振り返した。赤い服がそれに気づいたようで、茶色の服を連れて走ってくる。


 どんどん距離が縮まるにつれて、風になびく金髪が、引き締まった体の線が、切れ長のたれ目がくっきりと見えた。赤い制服はさらに速度を上げ、一直線にニーナの真正面まで来ると足を止める。

「やっぱりアレクとクレイグでしたね!」

「その青髪、やっぱりニーナだったか……」


 再会を喜ぶニーナと違って、アレクは見えたらまずいものを見ているかのように、端が切れそうなほど目をひん剥いていた。後ろを追ってきたクレイグも同じ顔だ。

「何をそんなに驚いてるのですか?」

「いや、そりゃ驚くだろう……」

 討伐の場は危険だからと街に置いてきたはずの迷子が、討伐先にいて手を振っていたのだから。しかも、その後ろには魔獣らしき巨体が転がるというおまけ付きで。


 動かない獣の周りには怖いもの見たさで野次馬が群がり、それを三人の狩人が散らしている。

 あれが討伐対象なのは後から来た二人にもなんとなく察せるが、少なすぎる狩人やほとんど傷のない屍体やら、状況は色々と腑に落ちない。その中で最も不可解なのは、この場にニーナがいることだ。


 アレクとクレイグはおろおろうろうろと、青い髪のてっぺんから靴のつま先まで何度も何度も視線を往復させる。

「法衣が土まみれですよ……転んだのですか?」

 クレイグが背中についた土汚れを払い、アレクはニーナの息遣い、顔色、そして瞳をじっと覗き込んだ。

「大丈夫か? 怪我はないか?」

「ええ。ちょっとひっくり返っただけで、痛いところもありません。心配かけてごめんなさい」

 怖いほど真剣な表情の二人に申し訳なくなって、ニーナは大人しく頭を下げる。叱られた方がましと思える沈黙が苦しくてぎゅっと目を閉じると、大きな手がぽんぽんと優しくニーナの頭を撫ぜた。


 手のひらからじんわり伝わる少し湿った温もりは、はぐれた後ろめたさと、隠していたわずかな心細さまで丸ごと包んでくれるようで……頬と、ほんのちょっぴり涙腺が緩んだ。

 らしくない、とニーナはいつもの能天気な笑顔を作って顔を上げる。

「ここで待っていて正解でしたね。魔獣と聞けば、きっと名乗りを上げるだろうなって」

「俺はニーナがいるなんて思ってなかったけどな」

 無い胸を得意げに張るニーナに反し、アレクは手を引っ込めながら苦笑いを浮かべた。

「なぜこんな所に?」

「はぐれた後、ここまで流されちゃいまして……で、すったもんだありまして……」

「二人が聖女サマのお連れサマってわけか」

 ニーナがもにょもにょと言葉に詰まったとたん、妙につっけんどんな声が被さった。


 アレクとクレイグが誰だと同時に目をやる。皆より一歩引いたところでむすっと腕を組んで立つ姿が、近寄り難いほどいかめしく……この気迫に今まで気付かなかったのが謎だ。

「ロディ!」

「ロディ様!」

「気づくの遅せぇよ!」

 男性(ロディ)は仲良く声を上げた二人をじーっと睨んだ。


 言い訳を考えるより先に、アレクの両手が勢いよく合わさる。

「すまない! 気づかなかった! 本当にごめん!」

「いいよもう。しばらく会わないうちに、俺の顔なんて忘れちまったんだろ」

「お前の顔を忘れるなんてあるか!」

 誤解を解こうと必死になるアレクをははっと笑い飛ばし、ロディは組んでいた腕をほどいた。


「冗談だって。でも、ホント久しぶりだな! もしかして応援に来てくれたの?」

「そのつもりだったんだが……」

 アレクはニーナの後ろで転がる巨体にちらりと目をやる。

「なるほど、魔獣を倒したのはロディか」

「あー、まぁ、確かにトドメをさしたのは俺だけどさ」

 ロディは歯切れ悪く答えて、ニーナを指差した。


「二人ともこいつと知り合い?」

「リアムがお願いして昼日国にお力添えいただくことになった聖女様だ」

 素性を聞いたロディが件の聖女を見てあんぐり口を開ける。

「リアムが? じかに? こいつそんな偉い聖女サマだったの!?」

「別に、王様の頼みだから偉い聖女が来るってわけではないんですが」

「どえらい聖女サマなのは違いねぇがな」

「失礼な」

 ニーナは鼻で笑うロディに思いっきり膨れっ面を返した。


 その掛け合いがあまりに気安くて、アレクがきょとんとする。

「ロディとニーナは……どこかで面識があったのか?」

「いいえ」

「さっき会ったばっかりだぜ」

 二人揃って首を横に振った。

「その割には……なんか、仲よ」

「くねぇよ!」

 それ以上は言わせるかと、間髪入れずロディが遮る。


「聞いてくれよ! こいつさ、しょぱなから人を食ったような口きいてくんだよ!」

「それはこっちのセリフです。まったく……アレクの爪の垢でも煎じて飲ませてもらっては?」

 負けじとやり返したニーナを見るロディの眉がきっと上がって……見守るアレクの頭の中に、かーんと開戦を告げる鐘の音が聞こえた。


「だいたいさっきは、お前があんな状況で訳分かんねぇこと言うからだろ!」

「あら、言語は通じていたと思うのですが」

「ほんっっと! かわいくねぇな!」

 このままだと取っ組み合いをはじめそうな二人を、アレクとクレイグは遠い目で眺める。

「……喧嘩するほど仲よくなったってことかな?」

「同族嫌悪じゃありませんか?」

「どちらにしろ、賑やかな旅になりそうだ……」

 アレクの手がひとりでにこめかみを押さえにいった。


「はい、お二人ともそこまで」

 呆れて頭を抱えた主人を気遣い、クレイグがぱんと手を打ち鳴らす。ニーナとロディは鏡に映ったような同じ動きでその音を追った。

「先ほどから聞いていて気になったのですが、まだお互い名乗ってもいないのでは?」

「「あ」」

 同時に声を上げた二人はお互い顔を見合わせる。


「えっと、聖女のニーナです。魔力が視えるのでお呼ばれしました」

「俺は」

「狩人のロディさんですよね? どうぞよろしくお願いします」

「あれ? 俺のこと知ってんの?」

「アレクが探していましたから」

 ああ、と納得したロディに代わり、アレクがきょとんとニーナを見る。

「ん? なんで俺の探している狩人がこいつだって分かったんだ?」

「アレクと同じくらい眩しい魂をお持ちでしたし。絶対この人だな、って思いました」

「ああ、そうか。なるほどな」

 アレクが大きく頷いたと思えば、次はクレイグが不思議そうに首を捻っていた。

「謁見室でも思ったのですが、大聖女様以外にも魂が見える聖女がいるのですか?」

「ええ、私の他にも何人かいますよ。とはいえ、魂の誕生を祝う儀式は全て大聖女様が取り仕切りますから、あまり知られていませんけどね」


 ニーナがクレイグの疑問に答えている隙に、アレクはロディの隣に歩み寄ると、後ろから腕を回してロディを肩ごと引き寄せる。

「こうすれば分かるかな? 俺に似ていい男だろう?」

 どうだと促されて、ニーナは正面でふたつ並んだ顔を見上げた。


 同年代の聖女の中でもとりわけ背の低いニーナからすれば、アレクもかなりのっぽだ。が、ロディはアレクの頭の先からさらに顔半分くらい高い。

 てっぺんから比べていくと、髪の金色はアレクが淡く、ロディは濃く。瞳はアレクが浅黄色でロディは黄土色。濃淡は違えど同系色だ。

 顔の輪郭はしゅっと細いアレクに対し、ロディはがっしりと角張っている。その中にあるのは、同じ切れ長の垂れ目と均整の取れた鼻筋、薄くて形の良い唇。


「なるほど。顔を構成する部位がそっくりだってことは分かりました」

「ははっ! 顔だけじゃなくて、流れてる血も同じだよ」

「あ、そういうことですか」

「ちょ! それ言っていいのか!?」

 ロディが慌ててアレクに顔を向けるが、アレクは平然と笑う。

「魂が見えるなら隠しようないさ」

 みなまで言わずとも理解したニーナを楽しむようなアレクに、ロディはしばらく首をかしげていたが、考えるのに飽きたのかにっと笑ってニーナに手を伸ばした。

「ま、兄貴がいいならいっか。俺はロデリックだ。でもまぁ、ロディでいいや。よろしくな」


 こうしてじっくりと見比べれば、どうしてもっと早く気づかなかったのだろうと疑問に思うほど二人は似ている。ということは、ロディの顔立ちもかなり整っているのだが、がさつさからか美青年という印象は全く受けない。

 振る舞いって大事なんだな……ニーナは差し出された手に応えながら、昼日国に来てからの自分をそっと反省した。



 握手を終えたロディが、再びアレクに顔を向ける。

「そういや、兄貴は俺を探してたの?」

「ああ。頼みがあって」

 アレクはロディの肩から手を外して、正面から向き合うと背筋を正した。

「……帝国に潜ませていた間者が戻った」

「まじか! で、どうだったんだ?」

「危惧していたとおり、最悪の状況だった」

「そっか」

 ロディの口が歪んで、ぎりっと歯の軋む音が漏れる。

「俺は英雄の魂を持つ者としての役目を果たそうと思う」

「帝国をやっちまうのか? 兄貴」

「ああ。ロディ、頼む。お前の力も貸してほしい」

「もちろん!」

 重々しい顔つきで頭を下げたアレクに、ロディはドンと胸を叩いて軽快に笑う。

「もともとそう言ったじゃん! 置いてかれてたら泣いてたぜ!」

 力強い返事が頼もしく、アレクもつられて頬を緩めた。



 気がつけば、辺りが騒がしい。いつの間にかまた街から人が流れてきたようで、倒れた獣の周りは野次馬で溢れていた。もう巨体はちらりとも見えない。

「さて、そろそろこの状況について、ぜひご説明いただきたいのですが?」

 クレイグがまずニーナを見る。

「ニーナ。私たちとはぐれていた間、一体何があったのですか?」

「すったもんだです」

 答えを聞くなりすぐロディを見た。

「ロディ様、教えていただいても?」

「あー、説明するよ」

 ロディがニーナと出会ってから獣を倒すまでのいきさつを、かいつまんでクレイグに話す。戦いの報告に慣れているロディの説明は分かりやすく、状況を把握したクレイグが大きく頷いた。


「……なるほど、そういうことでしたか。お二人ともご苦労様でした」

「いや、俺はかるぅく一発撫ぜただけだ」

 ロディは困ったように頭をかいて、ニーナを指さす。

「ほとんどそこの聖女様がやっちまいやがった」

「何言ってんですか、私は獣に触れてすらいませんよ。そのかるぅい一発で倒したのはロディでしょ?」

 ニーナはジト目で返すが、ロディも負けじと折れそうにないまっすぐな視線を返した。


「何言ってんだはこっちの台詞だよ。トドメ刺す手段がないだけでさ、おまえ、すげぇ強ぇよ」

 その言葉を聞くなり、アレクとクレイグがものすごい勢いでロディを見る。

「お前がそう言うの、久しく聞くな!」

「だってさ、こいつの聖法がなきゃ、今頃あそこに倒れてたのは俺だ。癒しも強力だし、野獣にもビビらねぇ。なにより、ちゃんと芯があって、ちゃんと貫く。こんな軸の太ぇやつ、狩人ん中にもそうそういねぇよ」


 常に強さを求め厳しい鍛錬をこなすロディは、狩人の中では肩を並べる者がいないほどの実力者だ。

 ロディ自身も鍛錬のすえ手に入れた強さだからこそ、自他ともに強さの基準が厳しいのをアレクとクレイグはよく知っていた。


「あ、そういやこいつ聖女サマだっけ? なら、かしこまった方がいいの……デスカ?」

 それと同時に、腕っ節を鍛える過程で知性が筋肉に吸収されたのもよくわかる。

「……今さら、っていう言葉を知ってます?」

「だよなー」

「もう! かしこまる気なんてなかったくせに!」

 ニーナのねちっこい視線をしれっと流し、ロディは豪快に笑った。



「見世物じゃないぞ! 離れろ!」

 ふと、獣に群がる人だかりから狩人の怒号が響く。それでも、国の象徴にも用いられる希少なスキーゾケイロスで……しかも、綺麗な姿のまま討伐される魔獣などもう二度とお目にかかれないと、ひと目見たい人の波は途切れない。

 ひそひそとささやきあう声も重なりだして、これ以上見世物にすれば、さらに変な噂が広がりそうである。


 ロディはやれやれと人垣を割って入り、倒れている獣の巨体をまるで布団を持ち上げるように軽々と担ぎ上げた。周りのささやきが歓声に変わる。

「俺はこいつをギルドに報告してくる。後頼んでってもいいか?」

 集まってくる街の人を散らしていた狩人たちに声をかけると、三人の内のひとりがさっと手を上げた。

「もちろんだとも! むしろ癒してもらったのに、これくらいしかできなくてすまない」

 どうやら彼らは、聖女の好意に報えるものはないかと気にしていたようだ。

「そんなことありませんよ。ありがとうございます」

 そんな律儀な三人に、ニーナは深く頭を下げた。


「兄貴たちはもう準備できてんだな」

 ロディは獣を担いだまま、アレクの膨らんだ背負い袋に目をやる。

「俺もこいつをギルドに下ろしたら荷造りしてくる。街のどっかで待っててくれない?」

「ああ。俺たちもまだ買うものがあるんだ」

 アレクはそう言いながら、商店もロディの家もギルドから近かったな、と思い出し、

「なら、用意が終わったらギルドの前に来てくれ。そこで落ち合おう」

 と告げると、ロディは快く頷いた。


「じゃあ俺、先行くな。また後で!」

 ロディはひとり獣を抱え、街の中心へ向かって歩き出す。その後ろを、餌に群がる魚のように野次馬がぞろぞろとついていった。

 入れ替わりに今さら増援の狩人が来たようで、はじめからいた三人の狩人と言葉を交わしたあと、まだ残っていた人を散らしはじめる。



 ニーナはどんどんと小さくなる後ろ姿から目を離さず、ぽつりと呟いた。

「とてもお強い方なのですね」

「ああ。今や昼日国であいつの右に出る狩人はいないよ」

 同じように顔を向けたまま、アレクが誇らしげに笑う。ニーナはそっと、隣の英雄を盗み見た。兄弟だと知ってしまえば、笑う横顔も本当によく似ている。

「ロディが弟なんですよね? いくつ離れているのですか?」

「あれ? 気づいたかと思ったんだけどな……双子だよ」

「え! 双子っ!?」

 その答えにニーナは目を丸くする。ただ、驚いたものの一番腑に落ちて、うんうんと頷いた。

「そっか。だからあんなに魂がそっくりなんですね、納得です」


 アレクがははっと笑って、ニーナの耳元にぐっと口を近づける。

「もう少し周りに人が居なくならないと詳しくは言えないけど、王家に双子は駄目なんだ。俺たちにその気がなくても、争いの火種になる。だからあいつは洗礼を受けてすぐ、騎士団長のところに養子に出されたんだ。当然、継承権もない」

 声を潜めたのは、この話が公にされていないからだろう。そうでなければ、英雄の魂を持つロディの名が知られていないなど考えられない。


「あの……揉めたりしなかったんですか? 騎士団長だってそこそこ偉いと思いますけど、それでも王様とはだいぶ身分差ありますよ?」

 勝手に壮絶な過去を妄想してそわそわと視線をさまよわせるニーナに、隣のクレイグが笑いを堪えている。

「ご安心を。私も気になってお聞きしたことがありますが、ロディ様自身は全く興味がないご様子ですよ。逆に、自分があんな面倒な立場でなくて良かった、と言っておられました。まぁ、学び舎でもずっと座学から逃げ回っていたとうかがってますし、その気があってもアレでは……」

 それを聞くなりニーナは吹き出した。確かに今のロディを見れば、逃げ回った結果が最大限に現れている。


「でも、その分あいつは凄くまっすぐなやつでさ、俺が王位を辞退するって言ったら必死に止めてくれて……自分の決心をはじめて声にしたのは、あの時だったな。そうしたら、俺も強くなる!って言って、ロディは狩人になる道を選んだんだ」

 アレクはもう見えなくなった背中に顔を戻し、懐かしそうに目を細めた。

「ロディは騎士に……あ、武器が使えないんでしたっけ」

 野獣と対峙したロディの姿が頭をよぎる。武器を持たずともあれだけ強いなら――今ならアレクの言葉が、よく分かる。


「そうなんだ。そういう血筋なのか、かくいう俺も槍以外は扱えないんだ。まぁ、あいつの場合、規律が厳しいのも性にあわないってさ」

 アレクはやれやれと肩をすくめるが、ロディを語れるのが嬉しいのか顔はにやけっぱなしだ。もう二十歳はとうに過ぎたいい大人にみえるアレクだが、いまだ弟が可愛くて仕方ないといった様子である。


 でも、そんなアレクをニーナは微笑ましく思う。

 生まれすぐ引き離され、いつ互いの存在を知ったのかは分からない。しかし、分けた血は昼日国を治める王の、分かちあった魂は英雄の、世界でただ二人しかいない特別な存在だ。その絆はかけがえのないものに違いない。


「それでも、剣も槍も斧も全部だめってなった時はさすがに凹んでたよ。でも、諦めず拳という武器を見つけた。そして今も、得た力を最大限に発揮できるよう、努力を続けてくれているよ」

「素敵な弟さんですね」

 ニーナが感心すると、アレクはちょっと照れくさそうに鼻をかく。

「本当に、逞しく成長してくれたなって思うよ。頼りがいのある自慢の弟だ」

 そう言って誇らしげに目を輝かせる兄を見守るうちに、自然とニーナの口元にも笑みがこぼれた。



「実はさ、ちょっと心配してたんだ」

 ニーナの笑顔に誘われて顔を向けたアレクが、ぽつりと呟く。

「あいつ、強さに尋常じゃないこだわりがあって……あんまり女性という存在をよく思ってないんだ。だから一緒に来るのを嫌がるかもって思ってたけど、取り越し苦労だったな」

「ははぁ……だからあんなにバカにしてくるんですね」

「違う違う、逆だよ。家族とクレイグ以外には、あんな風に軽口を叩いたりしない。ニーナを認めたんだよ」

「あれで、認められてるんですか……?」

 ニーナは信じられないと思いっきり眉をひそめた。それを面白がるようにアレクが忍び笑いを漏らす。


「あいつ、単純で人懐っこいんだけど、実は他人を見る目が格段に厳しいんだ。その場の雰囲気は楽しんでも、認めていない人間には絶対踏み込まないし、踏み込ませない。そんなロディが強いって褒めたんだ、間違いないさ」

 なんだかんだ突っかかってくるのが彼なりの信用の現れだと知れば、頬がくすぐったい。きゅっと引き上がる口の端に手を当てて、ニーナが思い返したのは……街の外れで初めて出会ったあの失礼さだ。

「……そういえば、散々かわいくないっていわれましたね」

「ロディ様の肩は持ちませんが、応酬した貴女も大概ですよ」

 呆れるクレイグへの返事代わりに、「てへ」と可愛いつもりで舌を出した。それを見たアレクがわざと大きくため息をつく。


 ニーナは聞こえないふりで、ギルドの見張り台に目を向ける。

「さぁ、私たちも行きましょうか」

「ニーナ、今度は私の後ろについてください。絶対、見失わないでくださいよ」

 そう念を押して先に歩きだしたクレイグの後を、はい!と気合を入れたニーナが追った。

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