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線香の香りは好き?

 「はい、よく頑張ったね」

看護師さんがやんわりと笑って、注射した腕に絆創膏を貼ってくれた。母にホルモン注射を打ちたくないと話して以来、ニ度目の注射だった。

「看護師さん、私、胸が大きくなったりしていくのどうしても気持ち悪いの。変かな?」

なよなよと話す私に、注射器を片付ける手を止めて言った。

「あら、楓ちゃんもそうなのね。最近そういう子多いみたいよ。大丈夫、みんなやってることだし楓ちゃんもそのうち慣れるわよ」

やっぱり、言うことは同じか。楓はまだ少し痛い気がする腕をさすりながらバレないようため息をついた。

 楓はあれから、男子の目線が異常に怖く感じるようになった。注射は逃れられないとわかったので、せめてもの抵抗としてネットでサラシを買い、学校に行く際はそれを着けるようにしていた。毎日、毎日、締め付けられる圧迫感に気持ち悪さを感じていたが、あいつらの性の対象になるよりは遥かにマシだと思った。

 楓には、男子の性的関心は日増しに強くなっているように見えた。教室で卑猥な話題を大きな声で話すことなど当たり前で、「クラスでヤるなら誰ランキング」などもノートに書き起こし、授業中に男子だけで回して遊んでいたのを教師に見つかり、クラス全体指導されたこともあった。だが性的関心があるのは男子だけではないようで、一部の女子も興味を持ち始めているのを楓は知っていた。特に、男子からクラス一の巨乳だなんだと陰で言われている吉岡静香は、男子とも積極的に関わることが多いためかなりの人気のようだった。そんな彼女は3学期が始まる前に学校を辞めた。噂では、他校の男子との子供を妊娠したなどと言われていたが、本当のことは誰もわからない。


 「楓、そんな格好で寒くないの。受験まで一ヶ月切ってるんだから、今風邪なんて引いたら大変よ」

朝からバタバタと支度しながら母が私に言う。

「分かってるよ、もう。今ダウン出そうと思ってたの」

母の圧に当てられた私も口調が強くなってしまう。季節はもう12月。私の住むところは雪こそ降らないが、今から行くおばあちゃんの家は雪が降っているかもしれない。

 お父さんのお母さん、つまり私の祖母が亡くなったと知らせを受けたのは昨日の夜のことだった。60歳まではあと2年あったはずだが、食べ物を喉に詰まらせ誤嚥性肺炎でぽっくりだったらしい。天寿まで後少しだったのに。父がポツリとこぼした言葉を楓はこっそり聞いていた。

 母は義母と仲が良くなかったらしく、私も親戚付き合いなどはほとんど記憶にない。しかし父が線香だけでもというので、家族4人で朝からおばあちゃんの家に向かっている。

「何でお母さんはおばあちゃんと仲が悪いの?」

中学生の頃、父に聞いたことがある。

「お母さんはさ、楓を産んだ後、体調を崩しちゃってね。それで、2人目が産めないかもしれないってお医者さんに言われたんだ。でもどうしても子供が欲しいって言うから、人工授精って形をとったんだよ。それをおばあちゃんは自然に反する行為だなんだって大揉めしちゃったんだよ」

父はゆっくりと説明をしてくれた。私には、どこまで話していいのか探りながら話しているように聞こえた。

 線香あげたら、とっとと帰るからね。お母さんはすでにピリピリしていて、こうなった母を誰も止めることはできないと知っているので私達はただ黙ってついていった。記憶より小さく感じたおばあちゃんの家にはたくさんの弔い客がいた。4人で線香をあげ、母は父と一緒におじいちゃんのところへ挨拶に行った。なんだかんだそういうことはするんだなと思いながら、私は部屋の隅に座り忙しく動く黒い人たちをぼうっと眺めていた。

「あなたも、千夜子さんのお知り合いかしら」

いきなり声をかけられ、反射的に背筋が伸びる。振り向くと背の高い女の人が立っていた。さらさらな黒髪を後ろで一括りにしている。こちらをまっすぐ見ている目はぱっちりしていて少し潤んでいる。肌は白く、つんっと上がった鼻先がどこか日本人離れした雰囲気を纏わせている。

「驚かせてしまったわね。私、大宮花子。千夜子さんのお姉さんの孫よ」

おばあちゃんのお姉さんの孫…?私からしたら何になるんだ?考えてもピンとこずとりあえず答える。

「河谷楓です。えっとおばあちゃんの息子の子供です」

言い終えると、そう、なら遠い親戚なのね、と花子さんは笑った。私はなんだか、この人の目から視線を外せなかった。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。長いまつ毛。綺麗、その言葉以外浮かばなかった。

「ねえ楓ちゃん。あなた、線香の香りは好き?」

なぜ今そんな質問を?なぜ私に声をかけたの?色んな疑問が頭に湧いたが、もうどうでもよかった。今はただこの人と話してみたい。何かが変わる予感が、楓には確かにあった。

「はい、好きです」

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