閑話『竜災⑦』
どのような計算を行なっているのか、そこはブラックボックスではあるのだが。
確認されている限りは、一箇所に魔術を重ねると、それは一つの魔術として認識されると言う仕様が、この世界のは存在している。
よってカナタは、受けるダメージが一つであると仮定して防御行動を取ったのだが。
「超威力広範囲多段判定とか無理だろ…………ッ!!」
どうやらシステムに“セーフゾーン”判定を下されたらしい本陣のテントの中、カナタはポツリと呟く。
すぐ横を見ればそこには、甘いものをアニアと食べるノゾミがいた。
戦闘中にサボるなと言うなかれ。
彼女達はこれでも、一騎当千を成し遂げ休養中の軍人のようなものである。
少なくとも、討伐数という面ではカナタより活躍している。
「あれ?おにーさんリスポーン?」
「んれ、お兄ちゃんリスポーン?」
同時に被る声の主は、どちらも目を見開いている。
攻略では常に隣で戦っていたノゾミと、画面の前でその鉄壁度合いを知っているアニアはどちらもかなりの衝撃が走っているようだ。
証拠に、机全面に広がっていたお菓子達へ向かう手が、虚空を掴んだまま停止している。
そんなふたりに、カナタは全身から悔しさを放ちながら、はにかんで笑う。
完全に苦笑いであった。
「ははは……のんのん隊の魔術でね……カッコつけたんだけどね…………」
言いつつしょんもり。肩も落ちる。
そんなカナタを見ながら、ノゾミははてと疑問をひとつ。
「でも、魔術の重ね合わせって判定ひとつでしょ?お兄ちゃんアレあるじゃん」
「ああ、それなんだけどね」
装備の様子を確認しながら、カナタはノゾミの疑問に答えようとする。
その直前、『死んだのでちょっとしたら戻ります』と言う報告を。
戦場で思わずツッコんでしまったプレイヤーは数多くいると言う。
「多分だけど、重ねてできた魔術が多段攻撃の魔術だったんじゃないかなって。もちろんこれは仮定だし用検証だけどね。炎の中で見えたんだけど、何回も飛んでくるような感じがしたんだよ。大量の魔術が一瞬のうちに炸裂するような感じ」
「ほへー。それじゃアレが効果なくても不思議じゃないか」
自分なりの仮定を作り、そして語るカナタ。
しかし実際はのんのんの隠し球である魔術が作用した結果である。
のではあるが、それが判明したのは竜災後の攻略の一幕である。
リスポーンから数分。ノゾミアニアコンビのお菓子類をいくつか頂戴し、少し苦言を呈されながらも休憩を挟んだカナタは、再び戦場に駆け出す。
カナタのビルドは守り特化。速度は超人レベルではあるが、そこまで速くはない。
『戦線復帰まで約20分!一人で耐えると言いながら落ちたのは後で何でも奢って謝るので、今は何とか耐えてください!』
走りながらカナタは前線へ指示を飛ばす。
これを機に出撃を決めたのか、ノゾミも隣で走っている。
「ノゾミ行きます!避けタンクやるよ!」
と、カナタの通信機に顔を近づけひとこと。
マイペースではあるが、なんだかんだ責任感は強いノゾミである。
責任感から飛び出したのは、誰の目にも明らかだった。
『訂正!2分で向かう!』
不甲斐ないなと呟きながら、カナタの走るスピードが上がる。
どこか吹っ切れた様子のカナタは、自身の全力でオーバードライブ状態へ。
遥か高みの化け物どもに比べれば、その倍率は高くはないがしかし。
一般的に見れば相当な無茶をしながら、カナタは前線へと走っていった。
なお、ノゾミは毎度の如く、ひと足先に城壁を飛び越え小物の竜を踏み台に空を跳んでいた。
◇◇◇
カナタが脱落してから数分間。
ルアたちの応援が到着するまでの間は、なんとか現場のプレイヤーが持ち堪えはしたが。
「っは!死屍累々ってか!」
駆けつけたガンゼルは、黒竜の放つ連撃をなんとか捌きながら、生きてはいるがぐったりしているプレイヤーたちを横目に声を上げる。
しっかり連携を取りきれず、デバフを撒かれてしまった一帯には、紫色のモヤが漂っていた。
「“貫け”……硬い」
ルアによって放たれた銀槍は、硬い鱗阻まれる。
先ほどののんのん隊の一発によって、マナ耐性を取得しているようだった。
ならばとハルバードを叩きつけるルアだが、しかし。
ガンッと高い音を響かせて振り抜かれた紅いハルバードの先は、小さく欠けている。
単純な鱗の硬さもまた、こちら側からの攻撃を弾く厄介な鎧となっていた。
星板をかざしたルアが、苦い目線を向ける先は、緑に輝くHPバー。
爆心地でないのにカナタが落ちるレベルの大魔術を、爆心地で受けてなお5段を残す、圧倒的総HP量。
こちらの守りは盤石。しかし攻め手に欠ける。
清々しいほどの千日手だ。
「ルア!腹にぶち込めるかッ!?」
「了解。7秒後!」
応と返したローガンが、攻撃を捌きつつ竜の位置を誘導する。
腕を振らせ、尻尾を振らせ、そして飛び込んできたガンゼルに黒竜が見せた動きは、首を後ろに下げるもの。
見事ジャスト7秒後にブレスを誘発したガンゼルは、すぐさま横に飛び退る。
長い首をもたげ、喉を赤熱させて発射モーションに入った黒龍に、それを防ぐ手立ては存在せず。
ガラ空きの腹部に突き刺さるのは、祝福された銀の槍。
「“銀槍:連打”」
静かに紡がれた発射の合図は、突き刺さる一本の槍に追従するように放たれる無数の槍となって。
鱗の無い腹部に確かにダメージを与え、ブレスの暴発を引き起こさせたのだが。
「ん……硬いね」
「硬ぇなあ……」
しかして星板が映す目前の竜のHPは、未だ5段目の7割ほどをマーク。
比較的柔らかい腹部にルアの魔術を集中しても、もともとカナタが少しだけ削った分を考えれば、2%ほどしか削ることができていないと考えられるだろう。
もう少し腹部に魔術を撃てば、そこにも耐性ができるだろうことを考えると、気が遠くなるようである。
と、そんなガンゼルとルアのもとに、応援が一人。
派手に土埃を上げて着地したのち、言葉も無く走り抜けるのは夜を閉じ込めたような黒。
またもガンッと音を響かせたそれは、しかしルアの物のように欠けることはない。
「ノゾミ、ただいま復帰しました!」
振り返りVサインを送るノゾミの背後に、鋭い爪。
ルアはガンゼルが声を上げるよりも早く到達するであろうそれは、しかしノゾミを切り裂くことはなく。
カウンターとばかりに突き刺さった黒の大剣は、やすやすと腹部に縦に走る傷跡を作り出した。
「アニアも来たよー!」
そしてさらに応援。
竜を足場にこの戦場に降り立つは、防衛軍が誇る三大殲滅兵器が一人。
のほほんとした声色で、しかしアニアは黒竜の額に大太刀を突き刺す。
特性に“魔蝕”を持つアニアの刀を、まさしく体の中に突き立てられた黒竜に、斬撃ダメージとは別の特殊ダメージも追加される。
それでも未だHPは多く残るが、しかし。
残存HP量による設定なのか、それとも他の何かが作用したのか。
さらに強い紫に光った竜の瞳は、相対する戦士4人を見回して。
大きくひと吠えした竜の声は、戦場全体に響き渡り。
それを聞いた途端、空に広がる竜の群れは一斉に日の昇りかける北東の空へと飛び去っていく。
あっけに取られるプレイヤーたち。
それよりも一段早く動き始めたNPCは、飛び去ろうとする竜を追おうとはするのだが。
空を進む竜の群れに追いつけるはずもなく。
プレイヤーでもっとも早く復帰したアニアだけが、去る竜を空中で叩き落としながら空を駆けていくが、しかして途中で黒竜のいる戦場へと戻ってきた。
「……やっぱり、そう……だよね」
呟いたルアの声は、轟く竜の咆哮にかき消されていく。
明らかに“逃げ”の姿勢を取り出した竜達に、どこか驚愕の感情をないまぜにしながら、プレイヤーも続々とこの地へと集結してきている。
強い紫の光を宿した竜の瞳は、内に秘める殺意をとうとう剥き出しにして。
推定オーバーユニオン級のエネミーとの戦闘が、今始まろうとしていた。