閑話『竜災⑥』
竜災防衛戦が開始してから、数えて8時間が経過。
現在は星時にして23時06分。
徐々にではあるが、プレイヤーの増援も増え始めたといったところで、特に嬉しかったのは、のんのん含む魔術師隊である。
イベント限定ではあるが、生産系スキルを一定まで上昇させているプレイヤーに限り、ここ“防衛拠点レオートレス”にほど近い──というか隣接──レンブレンの街への転移者がアクティベートされている。
そのため、大量の生産職が、お金稼ぎやコネ作り、はたまた修行のために訪れ、そして大量のマナポーションやその他諸々を生産して行っているのである。
それによって加速した魔術部隊の攻撃によって、そして今も大活躍を続けているカナタ率いる“精鋭隊”によって、“防衛”だけで言えばもうすでに負けはないと思われるといったところまで、レンブレン防衛軍は順調に戦いを進めていた。
しかして倒しているのはどれも小物ばかり。
ルアが会議にて話した“大物”の出る気配は未だなく。
そもそも公式イベントがそんなすぐに終わるのかという疑問は、常識が全く通用しない世界であるから一旦置いておくにしても、随分と出現までの討伐数が多すぎるようにも感じられる。
これが“ボス戦”の一種なら、いくらプレイヤーの数の暴力を叩きつけているとはいえど、長すぎてキレ散らかすレベルである。
さてそんな竜災。繰り返し言うが防衛としてみれば限りなく順調。
すでに“ドラゴン狩り”でしかなくなった戦場に、劣勢の様子は一粒も無く。
今回はエンジン全開では無く、持続力を重視して飛び出したアニアによって、そうそう詰まることもない。
今更ながらに、空を飛んで竜を堕とすノゾミとアニアの異常性に気づいたプレイヤー達ではあるが、この世には理解不能な存在が山ほど眠っていると心底理解しているのが、VRプレイヤー達である。
空を駆ける二つの星には目もくれず、竜を叩くプレイヤーの苛烈な攻撃を受け。
その数を減らしていった竜は、すでに空を埋め尽くすとは到底言えないレベルの量でしかない。
竜災防衛戦開始から9時間と少し。現実時間で6時間ほど。
NPC達はもうすでに起き始め、本陣にて装備の整備を始めていた頃。
それが姿を現したのは、ちょうど魔術師隊が大魔術をぶっ放した直後のことだった。
「カナタ!来た!」
戦場に、どこか気を張ったルアの声が響く。
対してカナタが出した指示は、極めて単純明快。
「退却ッ!!!!」
事前にルアより聞いた、黒竜に備わっているであろう特殊能力。
全体デバフ付与の範囲高火力攻撃は、威力だけで言えば大した問題では無いが、最も厄介なのはその性質。
その場に残留するエリア型のデバフ攻撃は、主戦場となる場所でばら撒かれるといかんせん戦いを運びにくくなる。
おそらく魔術隊の技量的には動く的でも大丈夫ではあるが、できれば照準を合わせる手間は省きたい。
よってクレーター付近で戦うために、そこにエリアを敷かれるのは非常にまずい。
初手からぶっ放すだろう読みでのルア発案の作戦は、見事なまでに綺麗にはまり。
後退した一団に向けて放たれたブレスは、誰もいない場所に突き刺さったが、しかし。
「んな──!?“不退転”!!」
エリア自体は誘導できたがしかし、予想外すぎる威力にて発生した衝撃波は、油断した精鋭隊へと襲いかかる。
防いだカナタのHPバーが大きく削られる。
確実に発生していたであろうノックバックは、スキル効果によって打ち消された。
防御不可。見れば、躱さずライフで受けて生き残ったプレイヤーは、まともに動けていない様子であった。
一撃で消し飛んだプレイヤーは、すぐさま復活する。
あいも変わらずぶっ壊れなスキルではあるが、しかし。
リミットは近い。
「タンクは全員退避!一撃で落ちるディーラーも退避だ!」
「カナタさん!?でも復活できるんじゃ──」
「ここまでの長時間使用は初めてで仕様を把握しきれてなかった!詳しくは要検証だがもうすぐスキルが切れる!」
5時間強続いていたスキル効果が、もうすぐ切れることを察知できたのは、VRゲー特有の脳内インプットによるもの。
時間制限が存在していることは想定外。検証したことも無かった。
失態は巻き返しで補う。的確に指示を飛ばしたカナタは、一撃で落ちなかった者らを一旦後方に下げ、体力の回復の時間を稼ぐことにする。
「本陣にいるみなさんを呼びに戻ってください。到着までは一人でもたせます」
隣へ着地したルアにカナタは指示を出す。
一度何かを言いかけたルアだったが、それを引っ込めて頷き、本陣の方へと駆けていった。
さてと、出撃前と同じく一息。
直後に飛んできたブレスは、上に逸らす。
遥か頭上で炸裂したのは、赤く轟く大花火。
なるほどブレスは発射から数秒で炸裂すると、そう仮定したカナタは全て上に逸らすことを念頭に置く。
接近。カナタから。
反撃に振るわれる爪での攻撃は、読み通り。
“反射”にてカウンターを試みるが、大したダメージは無い。
量の関係か表示がなかった小物とは違い、輝くHPバーが表すのはほぼ満タンの緑。
7段積みの総HPは、一体数値化すればいくつになるのか想像もしたくない。
現状最前線ですら2段であると言うのに。
「もっと下がれ!一人で守る!」
前を向きつつ、隙を見て声を上げる。
もはや普段の柔らかさは皆無ではあるが、仕方ない。
後退していくプレイヤー達をチラリと横目で見て、再び注視するのは竜の顔。
鱗は黒。瞳は赤紫。ところどころに金の装飾。
紋章は、ルアが見せたそれと同じだ。
暫定、今回の竜災の原因。
「おっと……考えさせてはくれないか」
少し思考を逸らした瞬間に、両前脚での爪撃の嵐。
受けは間に合う。弾きは不可能。
小物とは比べ物にならない重さ。
小物を第二から第三下位とするならば、第四上位から第五と言ったところか。
そんな見立てははたして是か否か。確認する余裕など今はない。
頼みの“剣”はどちらも静養中。
冒険者が到着するのは、距離を考えれば数分から十数分後。
プレイヤー達の回復は、ポーションの回復量と戦闘中の自動回復量を考えればおよそ10分ほどだろう。
踏ん張りどころだ。カナタは気を張り詰める。
右からの尻尾へ盾。ノックバックは軽度。
続けざまに振るわれる爪は体に掠らせる。少量のダメージと引き換えに戦闘終了までVIT上昇。
前進。“シールドバッシュ”で攻撃するが、しかしダメージは極微量。ヘイトは稼いだ。
「厳しい……なッ!」
弾きを試みるが、しかし重い。抵抗できた気がしないでもないが、たいして意味はない。
ブレスの予備動作。カナタは盾を構え備える。
2秒数えて……発射。
「ッ!“不退転”!!!!」
着弾後、違和感。瞬時に“不退転”発動。
クールタイムが少し痛いが、必要な犠牲。
直後、着弾と同時に炸裂。ダメージは少量。
予想される激しいノックバックも、スキル効果で踏み倒す。
感想。バカみたいに強い。
せめてノゾミかアニア、欲を言えば、なぜか飛びつきそうなのに全くフレンドリストにも現れることのない元パーティメンバーが居てくれれば、火力面でかなり戦えるようになっていただろうに。
もう一人の化け物でも戦えただろう。彼女の始める時期が悪かったと言える。
ジリ貧だ。もたせることは出来るだろうが、その後どれくらいのスピードで狩ることができるかにかかってくる。
最後まで戦い抜けるか。そう問われれば、答えは“予測不可”。
援軍到着後も攻撃を一手に引き受ければ、答えは“不可”である。
“反射:麻痺”発動。しかし当然の如くレジスト。
ほぼMAGに振っていないカナタのステータスから繰り出されるデバフ付与は、効果なし。
と、ここで背後から小さな魔力の弾。視界の端に映るだけで、大きく竜からは外れている。
低威力の初級魔術。無属性。NPC風に言えば、マナを飛ばしただけ。
大型集団戦での、NPCもとい戦闘職共通の合図。
表すは、“大魔術準備完了”の意。
アステリア世界はフレンドリーファイアが存在する。
したがって発動には前衛の後退が必須……だが。
「ッチ!ブレイクは厳しいな──!」
ならばとスタン狙いのシールドバッシュは、そもそも黒竜の頭の高度的に狙うことすら不可能。
“不退転”発動には接地必須。空中に身を投げれば、ノックバックを防ぐ手段がカナタには無い。
空中ではそもそも気合いでノックバックを耐えるのも、素のアバター制御に関しては物理法則が割としっかりしているここでは不可能。
ならば取れる手段は一つ。
後ろを振り返ったカナタが見たのは、共にさまざまな仮想世界を渡り歩いてきた遠距離ロマン砲バカ。
遠く小さく見えるはずのその姿ではあるが、超人仕様の仮想世界産アバターの超視力なら捉えることも可能。
こくりと小さく頷いたカナタに、手と首を振り一度否定の姿勢に入るのんのん。
しかしもう一度頷き盾を少し動かせば、カナタの意図はしっかり伝わった。
のんのんが立てた指の数は5本。
できる限りの妨害を、攻撃を受けながらカナタは行う。
そして4コンマ7秒後、後ろへ視線を向けたカナタが、“ジャンプ”先に指定した地点は転移可能最大距離。
確実に攻撃範囲からは逃れられないが、爆心地からはどうにか遠ざかる。
クールタイムは40秒。連続転移は不可能だ。
よってカナタは、ここでMAG全振り魔術師を筆頭に、その他多数の魔術師が放つ大魔術を、その身で受け止めるしか無い。
そして、カナタとのんのんの意思疎通から5秒後。
この戦場でもう何発も放たれたであろう大魔術が、また顕現する。
一瞬の高密度のマナがもたらす光の後。
竜を焼く局所的煉獄は、ふた回りほど大きな黒竜と、たった一人退避のできないカナタを飲み込み。
のんのんが本気を隠していたのか、それとも単純に魔術隊の攻撃参加人数が一気に増えたのか。
今までとは比にならない威力で、再び世界を赤く染め上げた。






