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星神の箱庭世界  作者: 藍々瀬。
閑話:竜災
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閑話『竜災⑤』

 北東から侵攻する竜たちが、最初にぶち当たる城壁にあたるのが、今かなりの戦力が集う“北城壁”である。

 ゆえに作りは他よりも強固であるのだが、しかしそれでも、質と量の乗算には勝つことはできず。

 最も早く陥落したとしても、これを作った者らが責められる謂れは、どこにもないと言うものである。

 むしろここまで耐えてくれたことに、正直カナタは驚いていた。


「優秀な職人が多いようで、未来は明るいな」


 本陣からそう遠くないここまで、走って向かったカナタは、崩れながらもしかし足止めとしての効果を成す瓦礫の山に一言。

 崩れることで発動するように設定されていた範囲デバフ付与の魔術は、例の虫を捕まえるグッズのように竜を引き寄せ、そしてことごとくに超強力な麻痺を付与していた。


 それは戦力が到着するまでの時間稼ぎであり、そしてここに再び集う職人たちへの支援でもある。


 すでに集まって、城壁を再構築し始めた職人プレイヤーの、肝の座っていることといえばもう凄まじく。

 普通、痺れて動けないだけで生きている状態の自分よりも強い存在を前に、建築作業なんてできないとそう思うのだが、しかし職人たちはそれをやってのけている。

 それをできる者ばかりがここに集っていると言った方が、順番的には正しいかもしれない。


 さあ、そんな北城壁。

 すでにカナタ到着から5分ほど。


 麻痺で痺れて動けないドラゴンを、まるで作業のように潰しながら、着々と集うメンバーと共に、その時を待つ。


 ドラゴンの麻痺解除の瞬間は、シーカーが戦いの中調べていてくれた情報と合致。


「職人の皆さん、退避してください!!!」


 もぞもぞと動き始めたドラゴンたちを見た瞬間、飛んだのはカナタの号令。

 そそくさと退避している職人だが、この短時間で第二城壁までを再構築している。恐ろしい限りである。

 塔も補助魔術もありはしないが、壁ができただけ重畳と言ったところ。


 地に落ち痺れていたドラゴンもほとんど狩り、次に相手するのは新手と動き始めた狩り逃し。


 東も随分とまずい状況ではあるのだろうが、そちらには魔術隊の見張る“丘”がある。

 何もないこちらよりも、幾分もってくれるだろう。

 それに土属性の大魔術は、かなりの高さの壁を作り出せると耳にした。

 ならばあちらを信じる。注力するは北城壁の防衛。


「カナタ、だっけ?どう、どこまでできそう?」


 再起の近いドラゴンを前に、急速に陣形を固め始めるプレイヤー群を尻目に、カナタの元へと歩いてきたルア。

 そんなルアは、すこし不調を抱えたかのように見えるカナタへ具合を聞いた。


「シエルさん、目がいいんですね。まあちょっと疲労はありますが」


 前を見据え、カナタはへらとルアへ苦笑い。

 それを受けたルアが止めようと口を開くが。


「じゃあ──」


()()()()()()()()()。ここは」


 強く断言するカナタが告げるのは、すでに確定した事。

 調子は悪いがそれはそれ。

 VR最古参であり、ありとあらゆる映像媒体で、誰も倒れたところを見たことがない絶対不落のプレイヤーは、それだけでなく。


「なんて言うんでしたっけ?……ああそう、悪いがここは通行止めだ、ですね」


 一体も通さないことを宣言するカナタと言うプレイヤーに襲いかかるドラゴンの牙は、しかし受けるまでもなく躱して対処され。


 しかして本領、発揮ならず。


「ってことで、30秒稼いでください」


 カッコつけた直後に一旦下がると発言したカナタに、飛んでくるのは総ツッコミ。


「締まんねぇなぁ!?」


 にこりと笑ったカナタが、この場の全員に“お願い”した瞬間、緊張感あふれるはずだった城壁防衛戦は、しかし和んだ空気が少し漂い。

 その直後締まった全員は、ドラゴンの攻撃を捌きながら着実に反撃を開始した。


「ってなわけで、みんな強いし頼りになるので、安心して背中は任せてください。姫さま」


 なぜか薄く虹を纏うルアに笑いかけたのち、カナタは戦場の中心へと歩いていく。

 そして発動するのは、現状アステリアにおいて最も貴重とされるスキル。

 そしてそれを最大限発揮できるビルド構成。


 妹とは別のユニークを持つ兄は、完全なる“個”に対し究極の“群”。


 どんな超技術か、範囲内のキャラクターを“そのまま再現して複製する”なんてことをしてのける、別ベクトルでのぶっ壊れである。


「“解れ落つ双子星(リア=カストル)”」


 途端、足元に広がるは白色の魔法陣。

 見上げれば天を貫く、幾十にも重なるそれは、一際大きな光を放ち。


 そしてそれが明けた頃に現れたのは、大量の紺色の人影。

 それはこの場の一人一人の分身であり、30秒にしてこの場の戦力は本人含めて3倍にまで膨れ上がった。


 そしてその一つ一つは、挙動もステータスも、本人と完璧に同じ強さを持っている。

 選抜されたレイドメンバー、ルア、カナタ、そして少数ではあるがここで戦い生き残っていたプレイヤー。


 無条件にそれらを複製した結果、現れた分身の数は40と少し。

 範囲内限定という制約はあるが、しかしその範囲は決して狭くはない。

 そして何よりの強化は、ルアとカナタという圧倒的な戦力が、3人分のいることである。


「分身のことは気にするな!俺か俺の分身が一体でも残っていれば、解除するまでは復活する!」


 そしてこれがぶっ壊れたる最たる所以。

 カナタ自身に復活の効果は発動しないがしかし、特に硬く落ちないカナタを落とすなどまず不可能。

 故に今ここにあるのは、無敵と化した軍団である。


 目の前に見えるドラゴンは、瞬時に把握できる数でいえば15体。

 体力を温存していたとしても、なんとか余裕はある程度残して勝てる量だ。

 もっともっと増えるとは思うが。


 ガブリと、一撃牙での噛みつきをあえて受ける。

 左側から続けて尻尾による薙ぎ払い。流石にノックバックはライフで受けたくないので、盾を構えて“反射”を発動。

 物理攻撃を反射するスキルをまともに受け、悶える竜を無視してカバーするのは、まさに攻撃を受けそうになっていた軽戦士プレイヤー。


「スイッチ!立て直せ!」


「了解っす!」


 一定距離内の目視した座標まで短距離ワープするスキル“ジャンプ”にて、角の一撃の間に入り、それをパリィ。

 弾いた勢いをそのままに、体を回転させ、放つスキルは体術カテゴリ“旋車(つむじぐるま)”。

 本来は回し蹴りの挙動だがしかし、アクティブスキルの挙動を“改変しすぎないように改造する”技術は、システムアシスト付きの挙動があるゲームでは一般的な技術。

 盾を持った右腕に力を乗せて、仰け反る顎に強打を見舞えば、強力な打属性を頭部に受けた生物型エネミーが起こすデバフは大抵これ。


 しかし流石はドラゴン。

 スタン状態をものの数秒で治し、こちらへ向いたのは確かに強力なエネミーとしての威厳あふれる姿だが、しかし。


 そもそもタンクとは、エネミーのヘイトを買いディーラーその他戦場のキャラクターが動きやすいようにエネミーの動きを縛るのが主な役割。

 近年は殴りタンクとかタンクしながらヒーラーやったり、魔術型タンクなんて奇抜な型も生まれてきているようだが、カナタはその点王道を歩く生粋の“壁役”。

 火力もデバフも、なんかやってたらついてきてるだけの、副産物だ。


 つまりはそう、この場でダメージを与えるのは真にカナタではなく。


銀の裁き(ジャッジメント)!」


 カナタがヘイトを買っていたドラゴンも、そうでないドラゴンも、まとめて貫くは虹纏う銀弾。

 当たり前かのように複数体を同時撃破するところは、流石助っ人NPCといったところか。


「シエルさん、ナイスです!」


 言いながらカナタが駆けるは最前線。

 今まさに攻撃をくらい、追撃をその身に受けようとしているプレイヤーを抱き留め。

 体術スキル“旋車”を今度は普通に発動したカナタは。


「ごめんなさい!」


「ふぇ?にゃぁぁぁぁぁ!?」


 勢いのまま腕の中に収まっている棍使いの女性プレイヤーを投げ捨てて、空中で乱回転しながら乱れ打つは盾による打撃の嵐。

 まともに眉間を打たれたドラゴンがのけぞった瞬間、その頭の上でカナタが振り下ろすは、両腕で構えた盾。

 どすりと突き刺さる盾に断末魔を上げるドラゴンだが、しかしカナタはそれを無視して再び“ジャンプ”。


「スイッチ!尻尾跳ね返す!3秒後!」


「はい!」


 尻尾をしかと盾で受け止め、そして“反射:麻痺”を発動させて、跳ね返したのは宣告通り3秒後。

 秒で体勢を立て直したプレイヤーによる反撃に、再び動き出そうとするドラゴンに、一撃。


「させねぇよ!」


 投げられたナイフは、見事片目へと吸い込まれ、柔らかなドラゴンの瞳に突き刺さった。

 痛みを受け暴れ出すドラゴン。しかし考えの無い攻撃など、カナタに通じるはずもなく。


 対人戦で磨かれた読みと反応速度によって、そのことごとくを潰されて体勢を崩したのは目をつぶした数秒後。

 もう出番はないと再び別のプレイヤーのサポートに“ジャンプ”していく、赤い影。


「ブレス!下がれ俺が受ける!」


 いつも外れない敬語はどこへやら。

 むしろこっちが本性ではあるのだが、そんなカナタの変化よりも、気にすべきは戦いの様子。

 撤退を命じられたプレイヤーがいそいそと隠れるのは、カナタの後ろではあるがしかし、体の後ろではない。


 火炎放射のように浴びせられるブレスを受けるには、カナタの持つ盾では背後のプレイヤーまで庇い切ることはできないが。

 大盾カテゴリ範囲防御系スキル“星の帯”により現れた、オーロラのような結界に阻まれたブレスは、どんどんと吸収されていく。


「お返しだ、“解放リリース”!」


 受けた攻撃をマナへと変換して放出する、カウンター系スキルにより放たれた高威力の光線は、ブレスの主のみならず、周囲のドラゴンも焼き払い。

 余波で翼をやられたが、しかし生き残ったドラゴンには銀の槍が降り注ぐ。


 戦闘開始から数分ほど。城壁に近づけるドラゴンの影は未だなく。

 それどころか、ぐんぐんと前線が押し上げられていく戦況。


 そしてその流れは止むことは決してなく。

 北第二城壁が破られてから2時間が経つ頃には、北だけでなく東の城壁までも第五城壁まで再構築を成していた。


 そしてそれを支えたのは、今北城壁で戦うプレイヤー群。

 そのリーダー格であるカナタは、竜災発生直後から固まっていたその顔を、存分に笑みの色に染めていた。

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