閑話『竜災①』
開戦早々大火力を叩き込んだのも束の間、竜たちはしかし、怯むことなく防衛軍へと向かってきた。
しかしてそれは想定内も想定内。狙い通り。
むしろ狙いが上手くいきすぎて、少し怖いくらいである。
直接関係はないが、戦略ゲームなんかで自分の作戦が完璧にハマった時のあのどうしようもない全能感と、そしてそれに対抗してくるかのように不安感は一体なんなのだろうか。
上手く行ったことを喜んでいる中で、しかしどこか何か重大な間違いを犯しているのかも知れないと、慎重かはたまたビビリなのか、不安に不安を重ねてしまうきらいがカナタにはある。
そんな完璧にハマった作戦だが、ゲーム的にそしてドラゴン素材集め的に言えば、ヘイトは街が吸ってくれている方がずっと楽である。
がしかし、今回の目標は『レンブレンの街の防衛』であり、ドラゴンの討滅ではない。
つまりは極論、ここでドラゴンをどれだけ倒すかと言うのは、レンブレンの街の防衛さえ達成していれば、目標達成に成果が足されると言うだけなのである。
もちろんやるからにはキルスコアは稼がせていただくが。
しかしやはり最優先は街の防衛。その点で言えば、初手の行動とそれがもたらした結果は、まさしく最善であったと言えるだろう。
何度も言うようであるが、カナタとしては上手くいきすぎて怖いのである。
そんな最善を叩き出した中での、影の功労者たる『生産研究会』の一人であるホイポイに、カナタを通じて魔術班から大量のマナポーションの増産要請が届いていた。
要請には伝令のランナーではなく、カナタが向かっている。
理由はただひとつ。
どこかの炎属性を極めし者が、後先考えずに全魔力を注ぎ込んで魔術をぶっ放したからである。
そしてそれに対し、忠告だけで手綱を手放してしまい、面倒を見切れなかったカナタが、申し訳なさを感じたからである。
「のんのんさん……やっぱ残念魔術師でしたか」
「いや戦果は出してるんです……ただその、ねぇ?ほんと、すみません……」
一応友人ということもあり、のんのんのフォローをしたカナタではあったが、しかし頭の中で『本当にただのバカなのでは』と言った思考がないわけでもない。
というか、実際8割ほどはカナタものんのんのことを、“残念魔術師”扱いしていた。もしかしたら10割かもしれない。
普段はしっかりしているだけ、その分残念な部分が目立つのかも知れない。
ちなみにのんのんの初手ぶっぱによって、防衛軍の士気は最高潮である。
おそらくそれもしっかり考えてのことではあるのだが、いかんせん残念感が拭えないのが可哀想なものである。
日頃の行い、言葉選びは、すごく大事であると痛感したカナタである。
「まあわかりました。仮にも攻略組のエース様ですし、そりゃもうお気に召す物を大量に作って差し上げましょうとも。資金も潤沢ですしね」
「お金に関しては気にしないでください。いざとなれば俺らも払いますので」
「ははっ、そりゃ頼もしいですね。攻略組の有り余る……わけでは、残念ながら装備のメンテナンスとかあるから、ないんでしょうけど。それでも一般より格段に稼いでいる額の支援となれば、みんなきっと張り切りますよ……では、僕はそろそろ、ずっと張り切ってるみんなのところへ」
「ありがとうございます。今回の戦い、生産職の皆さんが鍵と言っても過言ではないですから」
「それを言うなら全員が、でしょう?みなさんすごく頑張ってます」
伝令には知っているランナーをチラリと見ながら、ホイポイはカナタに言う。
それを受けたカナタは、どこかはにかんだような笑みを浮かべて頭を掻いた。
そうして、少し弱気な言葉を吐く。
「そうでしたね。やっぱ俺、上に立つの向いてないです。ひとりひとりにまで気が回せてないですし」
珍しい、本当に珍しいカナタの戦場での弱音を聞いたホイポイは、相当背負い込んでここに立っているのだろうと。
そしてこういう時、カナタはなんと言えばまた頑張れるのかを、記憶を頼りにせずとも即座に導き出し。
「僕はカナタさんがリーダーやってくれるのは嬉しいですけどね。では」
そうして言葉を紡ぐ。
他の世界で一緒に攻略や戦争に励んでいたときも、ホイポイはこうやってカナタのことをよく持ち上げ、そしてことあるごとに作戦のリーダーを任せてきた。
今回だって、そして最近の攻略はずっとそうである。
ホイポイとノゾミ、そしてのんのんの熱い推薦によって、ここらの攻略ではずっと指揮官として盾で攻撃を受けながら攻略メンバーに指示を飛ばしていたような気がする。
自分なんかのどこがリーダーシップに溢れているのか。
そう思い口にしようとしたカナタに二の句を継がせず、いつだってホイポイは立ち去っていく。
それを見送るカナタは一言。
「かなわないなぁ……」
自分よりも随分と年上な、元直属の部下であった優秀な生産職人の背を見送りながら呟く。
そんな静寂の中でも、伝令の走る音と張り上げた声、そして信号弾の音と光が止むことはない。
ここは戦場。感慨に耽る余裕は、どこにあるわけでもなく。
常に命を張り続ける場で、気を抜くなど言語道断。
実際に死亡したプレイヤーは、本陣の中で状況報告を聞いているカナタの耳にする量よりも、ずっとずっと多く。
一度死ねばそれっきりのNPCにも、すでに被害は小さいながらも出ている状況だ。
ふうと一息つき、再び本陣の最も見通しが良い場所へと戻ったカナタは、忙しなく現在の戦況をまとめ、マップの駒を動かし続ける者らに休憩を言い渡し、自身がその役目を担うこととした。
休憩から人が戻ってくるまで、カナタのワンマン体制である。
現在開戦から30分。
現実とは違い、ここはファンタジー極まる幻想世界。
まさしく人間サイズの兵器が、縦横無尽に暴れ回り、戦況は目まぐるしく変わり続ける、異世界の戦争だ。
相手もドラゴンと、非現実の極みである。
そんな戦いに、自身の持つ戦いへの知識が有用なのかと言えば、答えは是。
『西第五城壁損壊率20%!』
『北第五城壁陥落!救援求む!』
『魔術隊雷属性範囲魔術第五射!30秒後いきます!』
『ドラゴンのプレイヤー捕食確認!応援ください!』
『もふもふ男爵のとげまるくん到着!』
『重装歩兵隊、一部装備損壊!撤退します!』
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竜災開始直前に生産研究会が完成させた、遠隔通信型魔道具から絶え間なくもたらされる大量の情報を聞き、マップの駒を配置し直し、カナタは指示を出していく。
しかして声と悲鳴と爆音は、鳴り止まない。
超人と化け物に付き合った結果身についてしまった、戦況を把握し的確にサポートを合わせる技術は、奇しくもこういう時に大活躍する。
そんな、求めてはいない技術をフル活用し、そしてときにオーバードライブで脳を超稼働させ。
脳の負荷など考えずに、副官として任命した複数人戦略ゲー経験者が、平日の仕事から帰ってくるまでの間は、ここはカナタが保たせなければいけない。
趣味でやっていた、参謀になって戦況を有利にしていく戦略シュミレーションVRゲーで鍛えられた状況判断能力が功を奏したのか、戦況が不利に傾くことはなく。
しかしてのんのんと作戦の大元を練っていた時にも話した通り、特記戦力が足りない状況。
火力も足りず、城壁の再構築も間に合わず、ジリ貧に追い込まれ、すられている状況だ。
いよいよ前線が下がり始めたタイミングで、しかしカナタはまだ動かない。
それは果たして逆転の一手に賭ける気分だったのか、はたまた限りない信頼からか。
気合いを入れ直し、そして最善手を打つために、常人の数倍の速度で脳を回し続けるカナタは、今この場で誰よりも多くの駒の様子を把握している
ただ一人、押され気味な状況を打破できるプレイヤーが、そろそろ限界まで血を吸い、あったまってきた頃だろうと読んだカナタの、“待ち”の姿勢は、結果的には見事ハマったと言えるだろう。
「さぁノゾミ。見せつけてやれ!」
頃合いかと、見事ドラゴンの討伐数とノゾミの位置から“重ね具合”を予測してのけたカナタは、爆発力を秘めに秘めた“剣”に命令する。
VR歴4ヶ月にして最強と呼ばれるようになった、どこか親友を思い起こさせるそんな妹への言葉は水晶に乗り。
いつも敬語を崩さないカナタの、テンションの上がった様子に、どこかできゃーと黄色い悲鳴を沸かせながら、その声はノゾミの元まで無事届き。
「見せつけてくるよ!お兄ちゃん!」
制御可能な上限として設定したところまで重さと速さを重ね、そしてマナの輝きを増した巨剣を携えたノゾミは、夜空をも埋め尽くす竜の群れに飛び込んで。
虹色の光を増し、煌々と白く光る巨剣は、あまねくひとの頭上にて天を照らし。
「“解放:闇夜断つ輝煌剣”ッ!!!!」
溜めたマナを解放して、最大火力の二連撃を竜の群れの中央にて解き放った。
『昏きを照らす星明かり』
闇を喰らう光であり、光を喰らう闇であり、そして全てを還す武具である
輝き無くして、しかしなおもこの身は永遠に輝く星の導
我が体に輝きが戻る時、それは輝きを失う時であろう