閑話『竜災⓪』
「……日暮れと同刻って聞いてたけど、随分と早い日暮れだな?それともなんだ、偵察ってところか?」
彼方空を見据えながら、自身の獲物たる刃付きの盾に体重を乗せるガンゼルは、遠く一体のみ突貫してきたように見える竜を、どこか嘲笑するような声色でこぼし。
「どのみち遅くても5時間後には来るんだし、そこまで変わらないでしょ」
そんなガンゼルの冗談9割の言葉にもしっかり律儀に反応したのは、ハルバードの刃と石突を磨くルア。
本陣の前方、簡易的な砦と防壁が増築され続ける防衛拠点の第三城壁の上にて。
たった一体だけその影を見せるドラゴンを、遠くの空に発見したガンゼルとルアは、互いに獲物を携えて、未だ遠いその姿を見据えていた。
しかして、動く様子は見られない。
なぜならこの先に出ていく者がいることを確信しているから。
嬉々として、そして笑顔で素振りを繰り返し。
きたるドラゴン襲来を、まだかなまだかなと何度も呟きながら虚空を殴り。
時にここ防衛拠点『レオートレス』に集う戦士たちと、戦いとも呼べないような一方的な試合を繰り返しながら。
竜を待つ無邪気な狼獣人の戦闘狂が、これに気付かぬはずがないと。
そんなふたりの予想は、見事的中し。
「おーおーすげえなあの嬢ちゃん。ドラゴンと空中戦してらあ」
ひゅうと口笛を吹いて、遠く見える超人的な戦闘を眺めながら、ちょっと頭のおかしい子を見るような目でガンゼル。
「どうなってんだろ。すごいね」
空を蹴ることができる共通点を持つゆえに、しかし翼はできれば出したくないため、空中での翼なしでの機動戦を、後学のためとじっくりと観察するはルア。
はるか後方から吹き飛んできた大剣使いの少女が引いた軌跡は、スキル発動の燐光にて彩られ。
遥か空に羽ばたくドラゴンへと飛び込んだその影は、どういう訳か空を蹴りながら竜と斬り結んでいた。
そんな一幕も、“攻撃するたびに速さと重みが増す”ノゾミの剣を前にしては、互角で始まった戦いなど決着はほぼ決まっているものであり。
フルスロットルで回り始めたノゾミの連続攻撃を前に、なすすべなく敗れたドラゴンが堕ちたのは、戦闘開始からわずか20秒後のこと。
最後に堕ちる体を蹴り飛ばして防衛拠点へと跳んで帰ってきたノゾミに所感を聞けば、返ってきたのは『手応えを感じない』との言葉。
普通ならば恐れ慄き戦うことすらままならない初めてのドラゴンで、少し満足げな顔をしているノゾミを、助っ人NPC最強格の二人は苦笑いでチラリと見送り。
これはまだ、ただはぐれた不幸な一体の竜が、たまたまこっちへと流れてきただけなのだろう。
そう結論づけた二人は、伝令にもこのことは伝えず、しかし北第三城壁の上で警戒は怠らず。
まだ少ない星の子が、高い城壁の外で空を駆ける少女の姿をその目に焼き付けることはなく。
箱庭世界での、プレイヤーによる初めての竜殺しは、ひっそりと行われたのだった。
◇
ノゾミが人知れず暴れてきてから5時間後。
レオール山脈の山々の中へ、この世を照らす太陽が沈んでいくのもあと数えるほどの時間となった頃。
予測されていた時刻はもうすぐそこまで迫っており。そしてその予想は大きく外れることなく。
いつもどこでも元気に走り回り続けるランナーによる伝令兼偵察部隊が、その情報を本陣へと持ち帰ったのは、ほぼ予告されていた通りの時間だった。
伝令が走っていた時間を考えれば、もしかしたら寸分違わなかったのかもしれない。
星時15時04分。レオールの山々に太陽が隠れる頃。
「北の空にドラゴンの大群を発見!繰り返します!北の空にドラゴンの大群を発見!!」
本陣の中まで駆け込んできたプレイヤーが告げるのは、敵軍の襲来。
知性あるドラゴンという生物の、大群による侵攻。
その報せを受けたカナタは、かねてより準備していた武器防具を纏い、そして生産プレイヤーにより造られた信号弾を空に構える。
「敵襲ッ!!これより作戦を開始する!!!!」
バンと音を立てて打ち上がった弾は、遥か頭上にて炸裂し。
赤い光を、後方の街まで届けながら、最後に剣の紋様を作り霧散した。
意味は“戦闘開始”。そして続いて打ち上がったのは気をつけの姿勢で表された“待機”の青色信号弾。
そして三発目に上がったのは、走っている人の模様の黄色い信号弾。意味は“ランナー作戦行動開始”である。
この場にて、恐れ多くも指揮官を任されたカナタによる、襲撃の合図と、作戦行動の合図。
それを受けたランナーは、いの一番にのんのんが作り上げた焦げついたクレーター、もといトラップエリアに駆け込んでいく。
走るのはランナーの仕事とでも言うように、小さな武器でファーストアタックを次々にもらいながら、AGI特化のキャラクターたちは、ドラゴンとの鬼ごっこを開始した。
捕まれば最悪胃の中。そうじゃなくても、耐久に成長することが珍しい高速戦士がドラゴンの攻撃をくらえば、ほぼ確実に一撃である。
それを眺めながら、今後の動きを組み立てていくカナタ。
横に立っているノゾミは、今か今かと出番を待っていた。
そんな大型犬のような小柄な少女は、背負った大剣を揺らしながら、カナタへ問う。
「ねぇお兄ちゃん?そろそろ私出てもいい?」
「だめだな。ヘイト管理は大事なんだよ。ただまぁ、爆弾ぶちかましたら、そのあとは斬り込んでやれ」
爛々と目を輝かせるがしかし、大人しく待てはできる妹であるが故に。
しっかりと手綱を握れる戦闘狂は、この数日間待機にて溜めに溜めたフラストレーションを解放するのが待ち切れないのか。
種族を“獣人”、それも“狼獣人”で始めた結果生えている耳と尻尾が常に揺れていることに、本人は気づいていないのだろう。
しかしそんな“待て”の時間は、プレイヤーが誇る正真正銘最高“火”力が放たれるその時まで。
条件次第ではノゾミの一撃をも上回る火力を叩き出す、圧倒的ステータスから繰り出される超高出力の炎属性上位魔術を、さらに火薬と爆薬と、ついでに研究勢が開発した魔力地雷によって増大させた一撃。
天をも貫く、局所的煉獄がこの世に顕現した瞬間、“よし”の令が出された。
瞬間、ノゾミは自身の持つ力をだんだんと解放していく。
それはただ静謐に、しかし力強く明るく、戦場に響く声となって放たれた。
「“勇ある者の拍動”」
プレイヤー初のユニークスキルにして、現状においてノゾミが最強と謳われる所以。
現在のステータスの合計値を、どこか一つのステータスに加算する、まさしくぶっ壊れのスキルにて。
攻略組もよく目にする、赤いオーラを纏ったノゾミが増加させたステータスはSTR。
「“顕現:昏きを照らす星明かり”」
そしてもう一つ。ノゾミが持つのは一振りの剣。
それは仮の姿である普段の大剣から、本気を出したかのように昏く明るい巨剣となって。
そしてノゾミの纏う鎧をも、その姿を変えていく。
ノゾミの纏う武具は全て、鎧も剣もアクセサリーも『昏きを照らす星明かり』である。
夜空のように濃紺に染まった剣に光るのは、星のような“マナの輝き”。
顕現前の今までのスペックをそのままに、“マナによる80%の威力の追撃”を付与する、これまた極度のぶっ壊れ。
さらにシステム的には二連撃判定であるといえば、その強さはさらに磨きがかかると言うものであろう。
ノゾミという最強プレイヤーを象徴する二つを起動した、そんな当の本人は。
どこまで強くなろうとも、決して色褪せぬことはないだろう輝く笑顔を残し。
陽が沈み切った中、煌々と輝く星の如き眩さで、この戦場を照らし上げた。
『風雷一心/パッシブ』
疾く駆け、剛く轟く風雷を心に宿した証
STR、AGIの数値が、どちらか高い方と同値になる