閑話『災いの兆し』
しばらくプロローグもとい前日譚です
レオール平原に“竜災対策本部”通称本陣を設立してから、今日で一週間。
現実世界で言うならば、ゴールデンウィークはもう直ぐ終わりを迎える頃合いだ。
メタ読みで行くならば、イベント開始は近いであろうと言った時期。
はたして予想通り、明日から平日が始まると言うのに、イベント開始の兆しをなかなか見せなかったアステリアの世界が、とうとうその牙をチラ見せさせた。
レオール山脈の偵察に駆け回っていた“ランナー”から『ドラゴン型エネミー発見』の報告が届いたのである。
そんなわけで、日はまだ昇り切っていない時間帯。
現地民……つまりはNPCには悪いが、朝早くから警戒レベルの引き上げを、本陣全体に、そしてレンブレンの街にも告げるため、大声と爆音と強烈な光を放つことになった、今日5月5日である。
「さて、早朝から申し訳ないですが、皆さんに集まっていただいたのには、理由があります」
「前置きはいいさ。どうせもう、ここにいる奴らなんて全員やる気満々だろ?」
「ははッ。じゃあもう、単刀直入に言いましょうか」
そうして一拍を置いたカナタが告げるのは、報告の、さらに詳しい内容。
「レオール山脈中腹にて偵察を行なっていたランナーの方々から、ドラゴンの姿を確認したとの報告が入りました。数は数十体、色は緑と赤、そして水色。一番奥から竜を追っていた黒。なにやら気が立っているようで、周囲の木を意味もなく倒していたり、狩りではなく魔獣を殺していたりしていたそうです。また、ドラゴンたちは黒含め何かに怯えているようだった、と。逃げる途中で見つかって、そのまますり潰されてリスポーン……再誕したそうです」
「ふむ……」
報告の後、しばしの沈黙。
そんな中一人手を挙げたのは、寝間着のままこの場に参加したガンゼルであった。
「質問いいか」
「ええ。答えられるものなら」
「安心しな、星位だとか手札だとか、そんなモンは聞きゃしねぇよ。んで質問っつうか確認なんだが、ランナーやってたやつは“喰われた”か?」
その質問に対して答えられるのはカナタではない。
現に、ガンゼルの目が向いている先は、カナタの後ろに控えた軽装の男だった。
そんなランナーの男性プレイヤーが手を挙げ、カナタが先を促す。
「俺はプレイヤー……星の子なんで、喰われるかどうかもわかんないんすけど、少なくとも、俺が死んだ時は喰われませんでしたね」
「答えてくれてありがとな。あと、プレイヤーでもいいぞ。他は知らんが、ここの奴らならだいたい伝わるだろ」
そう言ってガンゼルは、一口コーヒーを啜る。
「うまいな。これ誰が……と、会議だったな。さて、ドラゴンってのはな、高度な魔力保有生命体……まぁ簡単に言えば、馬鹿でかいマナを体内に持ってるんだよ。んでもって、生きるにはマナが必須なわけだ。奴らは生きるだけで、大量のマナを消費する」
言いながらガンゼルは、大中小三つのコップを土魔術で作り出した。
そこへ水を注いでいく。一番小さなコップには、虹色の水が注がれていた。
「普通ははこう、大物の魔獣を喰って、肉とマナを同時に体内へ取り込むんだが……マナってのはなぁ、言うなれば思いや願い、そんなんが魂から湧き出た力なんだわ。その量が多い、いわば知性の高い生物ってのは、大抵マナの密度が高い。星位に差があっても、魔力量だけなら差を埋めるくらいにな」
宙に浮かせた虹色の水も色が抜けたと思えば、それは一気に膨らんで、中くらいのコップから溢れてしまうほどの量になった。
机から落ちる直前で、もう一度水を圧縮する。
不思議と、机は全く濡れてはいなかった。
そしてガンゼルは虹色のコップの水を、大きなコップに注ぐ。
途端に大きなコップの水は、虹色に変わっていった。
「そして一度その“味”を知っちまったドラゴンは、もう今までのマナじゃ満足しねぇ。積極的に人を襲うようになる。人に対する執着も増せば、凶暴性も増して、なんとしてでも喰おうとしてくる。その分攻撃が読みやすかったりもするんだが……今回は防衛戦だしな。何より人死には無い方がいい……ってもう、一人死んでんのか」
かははとガンゼルは笑う。
プレイヤーはくすりと笑ったが、死ねばそれで終わりであるNPCは、少し苦い顔をしていた。
「まぁなんだ、あれだな。今回はまだ喰われた奴はいねぇみたいだが、今後気をつけてくれってこった。5体くらいまでなら俺たちで抑えられるだろうが、それ以上になるとちと厳しい……いや、いざとなったら“姫さま”が暴れるだろうけどな」
そんなガンゼルに、ルアの視線がチクリと刺さるが、会議の最中ガンゼルに注目していたこの場のひとは、それに気づくことはなかった。
ルアの視線を無視して、ガンゼルがカナタに進行を促す。
「情報、ありがとうございます。さて、前提条件の確認が済んだところですが、他に質問は?」
ルアが手を挙げる。
この場に集まった冒険者NPCは、みな意外そうな顔をした。
ルアの目は、どこか剣呑な色を秘めている。
「話にあった黒い竜。何か、装飾みたいなのはついてた?こんな形の紋章は?目は赤紫に光ってた?」
「ルアちゃん?ちょっと、一気に──」
「できれば正確に。思い出して答えてほしい」
言いながら、ルアは氷で紋章と装飾を形作る。
その質問に答えたのは、再び先ほどのランナーだった。
「記録は撮ってないんで、確かじゃないんすけど……確かに、金色の装飾、防具みたいなのは付けてた気がするっす。目までは覚えてないっすね……なにぶん、子分どもに蹂躙されてきたもんで……」
「そう……ありがと」
その報告を聞いたルアは、俯いて考え込んでしまう。
そんなルアの落ち着きのない様子に、付き合いの長い冒険者たちは、再び目を丸くした。
いつも冷静に戦況を眺め、ときに殲滅火力にて大群を薙ぎ払い、ときに単騎強敵に突撃し、圧倒的な槍捌きで撃ち倒して見せ、ときに負傷した仲間の深い傷を癒して見せる。
銀聖、銀華の姫、戦場の白薔薇、瞬間斬滅お嬢様、そんな通り名がつくルアの、初めて見る取り乱した姿。
ただ一人装飾を見てなるほどと小さく呟いたガンゼルを除き、みなが驚く中、カナタは再び進行に戻っていた。
「……では、作戦会議に移りましょうか。と言っても、冒険者の皆さまは喰われないように各自自由で、と言ったふうになるんですけどね。俺たちよりもよっぽど戦い方わかっているでしょうし」
「まぁそれはそうだが、罠をどこに張るか、どこへ大魔術を撃つかくらいは知っておきたいところだな。魔術師も戦士も、知っておいた方が動きやすいだろう?」
そう発するのは、会議が始まって以来口を開いていなかったローガン。
その横でアニアも、うんうんと頷いている。
アニアの場合、もし運悪く大魔術の中に飛び込み巻き込まれたら、一瞬で消し炭になることは見えているのである。
「そうですね……のんのんさん、それに他の魔術師さんも、何かありますか?」
そうした意見の先に、カナタが目をやったのは魔術師が集まっている一角。
のんのんを中心にできている魔術攻撃部隊の大半は、大火力の範囲魔術を保有している。
そんなのんのんたちが指定したポイントは、のんのんのやらかしによってできたところだった。
「あーあの、あれあったじゃん?私がこう、どかーん!!ってした場所。あそこ地面焦げててさ、そこがいいんじゃないかなーって。別にやらかしをなんとかいい方向に持ってこうって訳じゃないからね?ええ」
目を泳がせながら語るのんのんに向かうカナタの視線は、のんのんの二つ名“煉獄”をも消し去るような冷たくジトっとしたもの。
一つため息をついたカナタはしかし、それを有用な意見であるとし、その方向で進めることとした。
「じゃあもう、あそこに火薬類もばら撒いときましょう。生産職の皆さん、ポーションだけじゃなく火薬や爆薬もお願いします。そして、初手は魔術隊の高火力炎属性範囲魔術で焼き払ってもらいます。その後はもう、遠距離から殴ってください」
「了解しました。素材全部使ってかき集めてきます」
「おっけ任せて!炎属性を極めし者の全力見せてあげる!」
「のんのんさんはペース配分考えてくださいねー」
「大丈夫!マナポーションたっぷり用意してきたし、なにより私MAG全振りだから!」
カナタに向けて、腰に手を当てて胸を張るのんのん。
しかしそんなのんのんの事を無視し、カナタは進行を再開した。
「さて、魔術隊の動き方は決まったので……まぁ、各班の動き方を詰めていきましょう」
「ねぇ無視!?無視なの!?」
「主にこの防衛戦で要となるのは盾を持ったひと……にはなるんですが、もちろん守っているだけではジリ貧になるので、ドラゴンの討伐は必須です。飽和する前に叩き潰すとなれば全員で殴ればいいのですが……先ほどの話にもあった通り、人を喰ったドラゴンは、絶対に阻止したい。ですので、レンブレンの街にも相当な数の守りを置いておきたいんです。これは、騎士団や街の人たちとの関係が良好なもふもふ男爵さんにお願いします」
「任された。存分に守りを固めてこよう」
カナタからの指名に、カチコチな金属鎧に身を包んだもふもふ男爵が、渋い老人の声で答える。
ちなみにテイムスキルで連れているペットは、トゲトゲのアルマジロとスベスベな鳥である。
そして詰めること3時間。
終わる頃にはすっかり日は昇り、本陣にも目覚めて活動する者が多くなり、魔術師隊に慰められたのんのんがカナタのガン無視から立ち直ってきた頃。
「伝令!解析班より、ドラゴンの到着予想時刻が出ました!」
「お疲れ様です。いつ頃なんです?」
「星時にして明日の15時、現実時間で、5月6日の午前10時頃です!」
「明日の15時……日暮れと同刻ですか……」
ウィンドウを出し、アステリア世界の天気予報を見ながらカナタは呟く。
冒険者たちも、スマホのような板を覗きながら、少し苦い顔をしていた。
「いよいよか………」
誰かがポツリと呟いた、そんな言葉。
着々と進む竜災の足音は、もうすぐそこまで迫ってきていた。
『望みの星板』
システムウィンドウを実体化させたもの
NPCや一部プレイヤーがよく使用している
NPCの場合、ログアウト以外の操作は全て行える