1-05 ガスマスクの一般化した日常
顔も声もわからない世界。顔や声の美醜の問われる事のない世界。そんな世界にゲーム好きの平成の学生が転生した。VRゲームをしつつ、混沌とする日常を過ごす。現実の人間関係重視。時々VRでハクスラ。10万字区間の焦点は人間関係。
何時からか分からないけれど、始まりは花粉症対策だったらしい。
顔を隠したいというニーズが混じり、自分の声が嫌いという層を巻き込んでいき、感染症対策も合わさった。
そうしてある時期から一気に流行し、今ではガスマスクをしていない人を探すのが難しい。
いや、ガスマスクを買えない層やガスマスクが気に食わない危ない連中、ガスマスクをしなくて良かった時代の高齢者層などいるにはいる。
そういう層と同一視されるのを嫌い、たいていの人はつけるのが普通だ。
そういう層の人は大概攻撃的で、社会生活をまともに出来なさそうなヤバさがあるし。
「やほやほー! 元気ー?」
猫型フルフェイスマスク。ピンクのぬいぐるみ風。声は女性声優モデル。
体格や服装などもこいつは女性に寄せた。だがしかし本人は男だという。
実際女好きで、ゲームとかの話とかも、色々と話が合う。そういう記憶がある。
記憶がある。この言葉が意味するのは何の因果か、この体の主人格が俺に変わってしまった事だ。
きっかけは何か分からないが、とりあえず平成に学生だった俺がこの時代に転生したという事だけ把握してくれたら嬉しい。
知識チートとかは出来そうにない。俺の方が過去だし。俺の現状はただ現代との相違に悶えているだけの輩でしかない。
「あー、元気だよ。おはよ」
変声機を通した俺の体の声は三枚目な感じだ。
うだつが上がらない感じで、やる気のない声とも言える。
だがまぁ、いい声だろう。声優さんがいいのだから。
「昨日は盛大に頭打ったよね? 今日のテストは大丈夫そ?」
テスト。マスクによるカンニングが横行した事があるので暗記科目はほぼなくなった。ほぼほぼ記述問題。
ちゃんと考えないと解けない様にされたので、日頃の勉強が物を言う。
この体はしっかり勉強していた様で、理解度は申し分ない様だ。
「教科書25ページ辺りだったかな? まぁ、たぶん大丈夫」
マスクと無線で繋がったスマホをいじればAR画面が出てくる。
ゴーグルに映るARモニタに半透明なスケジュールを表示させてれば歩きながらでも諸々の情報が確認できる。
VRゴーグルになっているものもあるが、普段使っているこのマスクはあくまでもARなどを表示するだけの安物。
VR表示のマスクは通信量が多くて普段使いには向かないし。
「そそ。良かった~」
可愛い女性声優を元にしたボイスチェンジャーがいい味を出す。
マスクの下がブサイクな男だったとしても、それを見る機会はないし、男という事を気にする意味はないのか。
いや、だがしかし、俺の股間が男子に興奮しているというのは精神衛生上良くない。やはり女子にしか女子してほしくない。
小学校の頃からの知り合いだし、話自体よく合うのも悩ましい。
中学になった頃に「実は僕、男子なんだよ?」って言い出してきたのがホントなんだかな。
そもそも男子女子の違いが分かりやすい場所ってどこだろう? 小学校の頃の性差って小さくて分かりづらいし。変声機で声も分からないからなおさら。
俺の知っている過去の学校は男子トイレは男子トイレでまとめていたけれど、今じゃ個室がポツポツと手洗い場の近くにあるくらいだ。
昔は何で集まってトイレに行っていたのだろう?
そんなこんなでトイレで分かるという事もなかったようだ。
「ねぇ、放課後何する?」
マスクの下を見るのはベッドの中でだけとは誰が言ったか。
ただまぁ、マスクをする習慣がインフルエンザなどの流行をなくした。
流行り病での学級閉鎖という現象が昔はあったそうだが、現在はない。
安物のマスクで髪が蒸れて抜けるとか、皮膚が荒れてかぶれたとかが今の悩みの主流である。
ハゲが増えたらしいがマスクしてるので分からない。また髪の話をしている。
「ゲームのイベント走るつもり」
マスクを外すと花粉症などで酷い目に遭う人のために、食事もマスクを外さなくて済む流動食、ストローで食べられるモノが増えた。
この世界の俺もそうだが、食への執着がそんなにない世代は飲むように食べてしまうので、食事の時ですらマスクを外さない。
まぁ、食料のフレーバーの数は万とも億とも言われるくらいにあるのだが。
年々生まれる子供の顎の筋肉が落ちているとか、歯の数が減っているとか、SNSで騒がれているらしい。
声すらも自分のモノを使わない世代がいるのだからある意味当然なのかもしれない。
「えっとMASだっけ?」
マジック&ソードでMAS。数学とかマスとか呼ばれる。
やっている事を勉強しているとか、マスかいているとか宣われる代物だ。
剣と魔法の世界という王道中の王道のゲーム。
マスクの視界と連動させる事で、実際に体を動かしながら遊ぶ事ができるというのが面白いところだろうか?
レベルを上げてお終いではなく、運動するスパンなどでプラスボーナスがあるというのが憎い。
肉体派プロゲーマーなんていう言葉が出来たくらいだ。
「そう。大技決めようとしてコケたのは黒歴史だわ」
でこの体はそれを好んでやっていたと。
ベルトの固定が甘く、筐体の中で宙返りしてたらハーネスが外れて落ちて、頭から床にドタンと。
マスクをしてなければ頭から血が出ていただろうな。何針か縫っただろう勢いで倒れたわけだ。
だがしかし記憶を見る限り、これ程楽しそうなゲームはそうはない。
筐体が予約制なのが難点だが、家に置ける様なサイズじゃないから仕方がない。
通信量を考えても強い固定回線がなければ対応出来ないのが問題か。
「じゃあジムに行くんだ?」
回線以外の設備は正直大した事はない。
球形の鉄網に、頂点から紐を垂らし、バックルで体を固定するだけ。
紐の長さは床から50センチぐらい。そこに機械的な要素はない。
だがマスクを被れば縦横無尽に駆け回れる最高の空間になる。
ちゃんとバックルを締めてれば体をどこかにぶつける心配もない。
本来はバックルが外れたとて、普通にコケるのとさして変わらないくらいのモノだ。
「予約は入れてるしね」
ゲームと連動するサポーターを着けると、ゲーム内で硬いモノを握った時の反発なども再現出来る。
でもまぁ、そんな仕様だから、全力戦闘は十分と持たない。リアルの体がついてこなくて。
インターバル含めつつ一時間もやれば冬でも汗まみれになる。楽しいからやるんだけどさ。
戦闘はともかく、生産に関しては家でも出来る。
菜園で食材やポーションの材料を手に入れたり、ペットを愛でたりとかも出来る。
ちなみにゲーム内で教科書など持ち込み勉強するとステータスが上がるので、親御さんにも怒られない。
「体を動かすの苦手だし、私にはキツいかなぁ」
にへへと笑いながら彼? 彼女? は伸びをした。
肉襦袢か何かで膨らませているらしい、大きな胸が強調された。
香水か何かで匂いまで女性らしくしているのが凝りすぎている。
彼だとしたら何を思ってここまで拘っているんだろう?
可愛いのが好きとかなんだろうな。正直よく分からないけれど。
彼、出雲井優はたぶんきっと好きだからしているだけだ。
「そっか。まぁ、好き好きだしいいんじゃない?」
いつも通り、記憶にある通り、ゆるく返事をする。
それがこの場合の正解だと思ったから。
この関係における当たり前を現状はやっておきたかった。
そうすれば自分が変わったことを悟られないで済むと思ったから。
この「楠野 悠希」という男の人生になれると思ったから。
そうすれば前世がどこの誰かも分からない自分が生きられるから。
「うん。そうだね」
柔らかい声で彼? は言う。楽しそうに、でもどこか寂しそうに。
何か選択を誤ったのかもしれない。わからないけれど。
転校か何かするのだろうか? どうなんだろうか?