1-13 伯爵令嬢ザマァちゃんはイケメン第三王子に婚約破棄されたいのに溺愛されています
ザマァ・ナンテコッタは王都の貴族学院に通っている伯爵令嬢だ。地元では好き放題食べることができたチーズが、王都では貴族や僧侶たちが設けた関所の通行税で高くなってあまり食べることができない。
不満をいだいた彼女は、自分と民衆のために、貴族や僧侶たちを成敗して王となり、関所をなくそうと思いつくが、大義名分がない。そこでザマァの学友であり知恵袋のメドウに相談すると、婚約者である第三王子のクイツに婚約破棄をさせることで、大義名分が出来るのではと言われる。イケメンで誰からも好かれる性格のクイツに嫌われるようなことを考えてみたり、他の女子を好きにさせたりして、なんとか婚約破棄させるように手を尽くすが、どうしても上手くいかない。
逆に、第三王子はそれまでより馴れ馴れしい。
おかしい。どうしてこうなるの?
これは、伯爵令嬢ザマァが、婚約破棄をさせようとするものの、第三王子に溺愛される物語
脳筋の父親と天然の母親から生まれたザマァ・ナンテコッタは、当然のようにスクスクと天然脳筋娘と育った。三歳から剣の修業を十二年、伯爵である父親から、「ほぅ? 少しは形になったじゃないか」と、そんな褒められ方をするザマァは、国境が近いど田舎で、自由気ままにのんびりと成長し、十五歳の春、王都である貴族学院に放り込まれた。
彼女は、貴族学院に通いたくなかった。世界の壁と呼ばれる山々の麓を駆け回り、領民たちとノンビリと暮らすつもりでいた。しかし、王国の第三王子であるクイツ・イ・ケメェンと婚約したことにより、貴族学院で王族になる最低限の知識、礼儀作法を学び、人間関係を作る必要が出てきたのだ。
貴族学院での約三年間、田舎貴族の令嬢である彼女が、不慣れな生活をなんとかやり過ごせたのは、天真爛漫なその性格によるところが大きかったが、お目付け役の学友であるメドウ・ツンデラの存在のおかげでもあった。メドウは、伯爵家につかえる官僚の娘で、学院での成績は上位五人に入る秀才である。だが、一つだけ欠点がある。
「もう、私が国王になるしか無いのではないか?」
ザマァが、それが当然の事象であるかのように言うと、メドウは溜息をついた。
「お嬢様、発言にはお気をつけください。外で聞かれれば国家反逆罪として、罪に問われ一族郎党処刑されて、脳筋伯爵家の頭脳となっていた我が一族も、大逆の輩に連なるものとして、十年くらい不遇な暮らしをすることになるかもしれません。し、ならないかもしれません」
「何が言いたいメドウ。今、シレッと失礼なことを言われたような気がするが」
「お嬢様、世の中、いくら失礼なことを言っても気づかれなければセーフです。逆に言うなれば、失礼なことを言われても気づけないのはある意味最強と言えます。その意味でお嬢様はまさに最強。無敵でございます」
「そっかー、無敵か。それはいいなぁ。って、流石に、そんなことは言わないわよ。いい加減にしなさいメドウ。不敬罪で斬るわよ」
「伯爵領の至宝である私を斬るだなんて、そんな非道な行為が、どれだけ将来の領地経営に損失を与えるか。ご理解できませんか? それこそ不経済と言わざるを得ません」
シレッと言いたい放題、口癖の悪いメドウであるが、ザマァは言い返しているほど気にしている様子は見せない。ちょっと悪ノリしすぎたときに、強めに叱ることはあるが、しおらしく反省の姿を見せるとすぐに許してしまうのがいつものことだ。
「で、どうすれば、国王になれると思う?」
「その質問の前に、どうしてそんなに頓珍漢なことを思いついたのですか? 躾の悪い犬なみの知能レベルですよ」
「うむ。その言い方はともかく、チーズが食べられないことにメドウも怒っていたじゃないか。私が王になって王都に安いチーズを大量に供給したいんだよ」
「ああ、その件ですか……」
ザマァはチーズを自分の地元の伯爵領から取り寄せている。地元の味が大好きなのだ。居城では好きなだけ食べることができる。もう嫌というほどだ。しかし、王都では満足に食べることができない。何故ならば、値段が高い。一度、ザマァが行商人に文句を言ったことがある。どうしてこんなに高いのかと。
すると、行商人が平謝りをしながら、本来、隠すであろう全ての経費を説明してくれた。話を纏めると、王都に来るまでの道に貴族や僧侶によって設けられた関所で通行税を取られている。そのせいだということがわかったのだ。
「私が王になれば全ての関所を撤廃する。問題ない。貴族学院を卒業し次第、軍事討伐を行おうと思う。それが、チーズ……だけではなく、貴族以外の王国民のためになる」
「ちょ、ちょっと待ってください。関所を取っ払うために、我らだけで王族貴族、それに僧侶までも敵に回すのですか? 流石に無謀かと」
「やってみなければわからないぞ?」
「そもそも大義がありません。大義が」
「だから、関所をぶっ潰そうって大義が……」
「それだけでは、民衆はともかく貴族や僧侶はついてきませんよ。直接関所を設けていない彼らも敵になるだけです。自分の利益がいつ潰されかわからないのですから。それよりいい方法がありますよ。お嬢様は王族になられるのです。さすれば、王になったも同然。それで良いではありませんか」
「何を言っているのだメドウ。私が婚約しているのは、第三王子だぞ。王じゃない。それに、あいつが王になったとしても、私は王妃だ。私の命令など誰も聞かないのでは? だからと言って、あの八方美人のクイツが関所を廃止する。なんて言い出すはずもない」
ザマァは王国の第三王子であるクイツ・イ・ケミェンと婚約をしている。ザマァは、伯爵領に避暑に来た十四歳の時のクイツに、何故か気に入られてしまったのだ。丁度、同じ年齢ということもあり、国境を一手に引き受けている伯爵との姻戚関係を強めたい王族の意向もあり、トントン拍子で話が進んだのだ。
「それでも、王族でございます。王位継承権は第七位。十分に王になれる可能性はあります」
「そんなこと言っても、王になるかならないかなんて、運次第じゃない。その前にチーズが食べられなくて、民衆は餓死してしまうわ」
「チーズが食べられなくても餓死しませんが。とは言え、確かに、王都の物価が異常に高騰しているのは、関所のせいでもありますね。確かに、運任せなら、王になるには時間がかかるでしょう。ですが、他の方法もあります。お嬢様が得意な方法が」
「ちょっと待て。暗殺とか卑怯な方法は駄目だ」
「ですが、上手く行けば、軍事的行動を行うより、犠牲者はよっぽど少なくてすみます。お嬢様ならチャチャッと」
「暗殺で王になってそれこそ大義と言えるの? 他の方法を考えなさい。私としては、はじめに言った、伯爵領の軍の力で関所を破壊しながら王都まで攻め上るのが良いと思う。た、大義は無いかもしれないけど」
ザマァに否定されたメドウはニヤリと嗤う。
「ならば、クイツ殿下に婚約破棄をさせる。というのはいかがでしょうか。婚約破棄をされたお嬢様が復讐のため、王都に乗り込む。これならば、同情して我らにつく貴族も現れるかもしれません。ですが、一つだけ問題があります。お嬢様がクイツ様とご結婚されるのを諦めなければいけません。王族として三食昼寝付きの生活。憧れているんですよね。私」
「もしかしてメドウ。私が結婚してもついてきて寄生しようとしている? って、とりあえず、関所を潰すためなら、結婚しなくても良いけど。向こうも、私のことが好きなんだかよくわからないし」
クイツは女子からモテる。第三王子という血筋だけではない。顔がいい。背が高い。頭も悪くない。そして、優しい。貴族学院の誰にでも親切だし、腰も低い。勿論、女子だけでなく男子にも。それに加え、彼が現れるだけでその場の雰囲気が明るくなる。
当然のように、女子の取り巻きが出来る。男子が近づけないほどの威圧感がある。その場で女子同士のコロシアイが発生してもおかしくないほどの険悪さがあるのに、クイツがいるだけで、不思議なことに争いは発生しない。
「確かに、クイツ殿下ほどのかたがお嬢様を好きになるなんて裏があるに違いありません。なにかの間違いでしょう」
「なら、すぐにでも婚約破棄がされるな」
「いえ、逆です。裏があるのですから、そう簡単に婚約破棄がなされるとは思えません。ですから、その他の手を考える必要があります。例えば、クイツ殿下の取り巻きの一人、公爵令嬢であるレジョーさんに嫌がらせをするのです。靴に毒蜘蛛を入れるとか、階段から突き落とすとか、茶会で無視をするとか、決闘を申し込んでコテンパンにやっつけるってのはどうでしょう。それで、殿下に嫌われてもう顔も見たくないと思わせて……」
「なんで嬉しそうなのよ。それに、レジョーさん、いい人よ。取り巻きの中ではかなり。そんな人を虐めてどうするのよ。婚約破棄されたとしても、単に私が悪者になるだけじゃない」
「それなら、殿下と決闘をしてボコボコに」
「駄目だって! それに、殿下、強いよ」
剣の腕ではザマァはクイツを圧倒する。だが、魔法込みではわからない。クイツは、秘匿されているため、あまり知られていないが、王国屈指の魔法の使い手。ザマァといえども、簡単に倒せる相手ではない。
「なら、やっぱり美人局しかありませんね。他の女子を惚れさせて婚約破棄するように仕向ける」
「メドウが誘惑するのか?」
「まさか。私がお嬢様の相手を奪ったりしたら、それこそ脳筋伯爵にボコボコにされますわ」
「いい加減、脳筋、いうの禁止ね。で、上手くいくの? 裏がある政略結婚を破棄させるほどに誰かを惚れさせる作戦」
「作戦はありませんが、色々と試してみればいいと思います。お任せあれ」
メドウはニヤリと嗤った。ザマァは、そのなんとも複雑な笑みの下に隠された不吉さを感じ取ったが、何も言わなかった。ただ、今は、チーズをたらふく食べるために、関所をぶっ潰す。その大義を得るために婚約破棄をさせることだけしか考えていなかった。