1-12 勇者ですが魔王に色仕掛けをしかけることになりまして
その日、勇者・エマに新たな王命が下った。
『魔王に色仕掛けをしかけ、不意をつけ』
無理だよー! そもそも魔王って、肌が溶岩みたいで角とか手足がいっぱい生えてるヤベェ奴って聞くけど!?
王様の無茶ぶりにエマは泣きべそをかく。しかし、戦士に「色気がないから無理」とバカにされたことで腹を括ったエマは、魔王に色仕掛けをしかけることに……!
だが、色仕掛けのためにと近付いた魔王の弱さに触れ、エマの心は少しづつ変化していく――。
「このまま戦いを続けて、わたしは後悔しないかな」
魔王×勇者×色仕掛け!? 王様の無茶ぶりから始まる魔王と勇者、そして世界の平和をかけたラブストーリー!
ヒト族と魔族の戦いは長きに続いた。そして、ついに選ばれし勇者一行は魔王を討伐する旅へと出た。
勇者。魔法使い。戦士。僧侶。四人で組まれたそのパーティーは、何だかんだ言いつつも上手くやっていた。
勇者・エマは十六歳の少女だが、剣術、体術に優れており、栗色の髪の毛は戦いやすいように肩口でバッサリと切られている。翡翠色の瞳はまっすぐと前を見据えている。魔法使い・ミレイユは魔法でのサポートに長けている。すらりと背が高く、スレンダーな体型をしている。戦士・アドルフは体力自慢の良い剣士だ。赤色の燃えるような髪の毛がトレードマークだ。僧侶・ローレンスは年長者として皆をまとめ上げている。海のように穏やかな青色の瞳を持つ。
その日、勇者一行に王から新たな命が下った。
『勇者・エマ。魔王に色仕掛けをしかけ、不意をつけ』
王命は絶対である。勇者一行が魔王を討伐する旅に出たのも、王命だったからだ。
しかし――その王命を見た勇者・エマは泣きべそをかいた。
「無理だよぉー! そもそも魔王ってアレでしょ!? 肌が溶岩みたいで角とか手足がうにょにょーって何本も生えてるっていう! とんでもないよ! 無理だよ!」
「陛下もお疲れのようですね……」
「まぁ、魔王の姿は誰も見た事がないのでそう伝わっていますが、案外美形だったりするかもしれませんよ?」
僧侶の言葉に、エマは「適当言うな!」と噛みつく。他人事だと思って。
僧侶は困ったように笑っているが、困っているのは恐らくエマが魔王に色仕掛けをしかける、という王様からの無茶ぶりについてだろう。
「そもそも色仕掛けったって、エマには魅力的な胸も尻もないちんちくりんだぜ?」
呆れたような戦士の言葉に、エマは抜刀した。
「そこに直れぇ! 流石に失礼だろーが!」
戦士は良い剣士だが、少々礼儀に欠ける。
何より、二人は幼なじみ同士だ。歳が近く、気の置けない仲ということもあり、こうしたケンカは日々の中で起こった。
互いに取っ組み合いの延長でこうしたケンカをする。
だが、エマにとっては気の置けない幼なじみとのケンカの時間はまるで故郷に居るような気分になれる、大切な時間でもあった。戦士には口が裂けても言うまい、と決めている。
「落ち着いてください、エマ。とは言え王命ですよ、故郷に残されたご家族のためにもやらなければ」
これはつまり、王命を聞かなければ故郷にいる家族親戚が無事では済まないということである。
とても僧侶の発言とは思えないが、年長者らしい状況を鑑みた言葉でもあった。
「サラッと人質発言してくる僧侶怖いよぉー!」
「魔王に色仕掛けなんて効くのかしら?」
魔法使いの疑問に答える者はいない。なぜなら思いついたのは王様だからである。
そもそも何で色仕掛け? と皆が思ったが、それは口に出さなかった。なぜなら思いついたのは王様だからである。
エマは「嫌だ~!」と大いに駄々をこねた。
勇者と言えど、まだ齢十六の子供である。
そもそもなぜ色仕掛けをしかけなければいけないのか。不意をつくのは分かる。魔王も魔族も強い。何年もヒト族との戦争が終わらなかった理由のひとつでもある。
勇者としてこうして戦いに出ているわけだが、エマは何も真っ向から魔王、及び魔族たちと戦う気などサラサラなかった。
闇討ち、不意打ち、汚い手だろうとなんでもござれだ。要は勝てばいいのである。
王命は魔王を討ち取れ、だった。今まで何人もの勇者一行が魔王に屠られてきたか。真正面から戦いに挑むなんて、バカのすることだ。
「こちらから王様に意見は出来ないしねぇ……」
魔法使いは一応エマの気持ちを汲んで何か別の方法はないかと首を捻るが、良い案は浮かばない。
「王命は絶対だしな。でも、エマにゃ無理だろうなぁ」
戦士は丸っきり他人事である。王命に背けばタダでは済まないのは何も故郷に残された家族親戚に限らない。もちろん、勇者一行も、である。
何も戦果がなく国へ帰れば物理的に首が飛ぶ可能性が大いにありうる。
エマはしばらく「嫌だ嫌だー!」と駄々をこねたが、戦士のバカにした言葉にカチンと来たのか、覚悟を決め腹を括った。キッと戦士を睨みつける。
「チクショウ! テメェら骨は拾えよ!」
「行くんだ」
「アレでも勇者ですからねぇ」
そんなわけで、勇者・エマは泣く泣く魔王に色仕掛けをしかけることとなった。
しかし、色仕掛けとは何たるか。こちとら悔しいかな戦士の言う通り、魅力的な胸も尻もないちんちくりんの小娘なのである。
そもそも、女性の勇者に色仕掛けをしかけよとはセクハラではないだろうか?
王様は戦争に疲弊し脳みその代わりに糞でも詰まっているのではないか?
そんなことを悶々と考えながらも、エマはどう仕掛けるか頭を悩ませた。
魔王城の近くで人間の女が一人で居るだけで魔族に切り捨てられる可能性はあるが、そもそも魔王に近づかなければ色仕掛けも何もないのだ。
せめて魔王が一人になる時間でもあればよいが、そもそも誰も姿を見たことがないのだから誰が魔王かも分からないのである。
魔族は皆頭に角が生え、鋭い爪や牙を持った、人とかけ離れた見た目をしている。
通りかかった魔族に聞くしかない、とエマはごくりと唾を飲んだ。
最悪、単独で行動している魔族なら襲われたら切り捨てればいい。これも故郷に残された家族親戚と己の首のため……!
エマは色仕掛けとは何たるかも分からないまま、ひとまず魔王城のそばで待機することにした。
魔王城のそばはひどく冷える。これは魔族が発する瘴気が冷気を帯びているからである。
普通の人間であれば、瘴気の漂う魔王城のそばに近付くだけで体力を奪われてしまうことだろう。
通りかかる魔族が居ないだろうかとエマは居てほしいような、居てほしくないような何とも言えない気持ちで待った。
すると――
「――おい、人の子がこんなところでどうした」
声を掛けてきたのは、見目麗しい男だった。陶器のようにつるりとした肌に、切れ長の目。すっと通った高い鼻に、薄い唇。海のように深い色をした髪の毛は鎖骨のあたりでひとつに括ってある。頭には二本の角が生え、とても人とは思えない美しさだった。
単独で行動している魔族であるが、ずいぶんと人に近い見た目をしている。襲われたら切り捨てる、とこっそり剣の柄に触れながらも、エマは魔族に声をかけた。
「あの、わたし魔王様にお話が――」
「我に何か用か」
そう答えた魔族だったが、予想外のことにエマは混乱する。
「え……? あ、あなたのような美しい人が魔王様なの!?」
「美しい……だと? 我が……?」
魔王はチョロかった。美しい、というエマの言葉に気分を良くしたのか、にぃ、と口角をつり上げ嬉しそうにエマに笑いかける。
「おい人の子。我はお前を気に入ったぞ。話し相手として魔王城へ来るがよい」
なんと言うことだ。まさかの出会い頭に魔王、さらに何だか気に入られた様子。これはとても幸先のいいスタートが切れたのではないだろうか!?
「よ、喜んで……!」
ラッキー。これで魔王城に入り込める! エマは内心にやりと笑い、ご機嫌な魔王の後ろを付いて行った。
飛んで火に入る夏の虫となるか、エマは未だ色仕掛けとは何たるか、に頭を悩ませていた。