1-09 光る! 鳴る! オト・コノーコ育成計画DX 〜ダメ勇者オリジナ・ルクス完全監修〜
このバカ話の三つのポイント!
一つ。オト・コノーコは男らしい勇者になりたい!
二つ。オトは元勇者のオリジナ・ルクスを師匠と仰ぐ!
三つ。ルクスは、オトを立派な男の娘に育てたい!
かつて、この世界には勇者がいた。
性の名の下に平等であるこの世にあって、あくまでノーマルな恋愛を至上とする魔王軍に抗い、人の性癖の自由を守った戦士たち。
おっきいおっぱい夢いっぱい。勇者、オリジナ・ルクス。
ダメ男を探して三千里。闘技場の魔女、クズナ・ヒモガスキー。
隠されし性域。むっつり大聖女、フジョシ・フーケセン。
喪われしオネショタを求めて。老剣聖、オギャルア・マエル。
彼らの武勇は髪フェチから足フェチの間にまで鳴り響き、その雄姿は春画となって巷をにぎわせ。ゆえに、彼らがのちに犯した大失態も、瞬く間にこのホンポー大陸を駆け抜けてしまった。
彼らは世界の恥部として目を背けられるようになり、それを悟った彼ら自身もまた、下着の内に隠れるように姿を消す。生ける伝説と化した勇者一行。
その頭目たるオリジナ・ルクスが王都近傍の森に隠れ住んでいることは、誰も知らない秘密だったりする。
◇◆◇
「いいか、オト。何事も基本が大事だ」
「はいっ!」
沈黙の森に早朝から響く声。
「烈火のように、水流のように、雷のように。とにかく剣を振るんだ!」
「えいっ! やぁっ!」
おっさんを感じさせる渋い声に応えて、演習用の木剣が鋭く空気を裂く。アッシュグレーの、くしゃっとクセのあるショートボブを汗で頬に張り付かせながら、修練に励む少女。森に住む小動物もかくやという愛らしさが、きゅっとウエストの絞られたワンピースの中に詰まっていた。
「目に見えるスピードを超えろ! ネクストレベルを目指せ!」
「師匠……。あの、師匠!」
日焼けを知らない白くしなやかな素足が、ロングスカートの揺れるに合わせてちらちらと覗く。
そして、そんな様子に声援を送るもう一人は。
「師匠! そんな足元にいたら、ふんづけちゃいますよ!」
「気にするな! それも本望だ!」
ローアングルからパンチラを狙う、彼こそは元勇者、オリジナ・ルクスである。
「本望って、怪我しちゃいますよ。危ないんですよ!」
素振りをしていた少女、オト・コノーコはその手を止め、ぷりぷりと怒った。当然である。三十あまりのいい大人であるルクスが、地にあおむけで寝そべり、頭からじりじりとオトに這い寄っていたのだから! ルクスはぷっくりと頬を膨らますオトの顔をじーっとりと眺めたあと、それでも大人の余裕を漂わせながら立ち上がった。諭すように言う。
「いいか、オト。俺はお前の下半身を眺めていたんだ」
「なんでですかっ」
「何度も言わせるな。剣を振る時には下半身の使い方こそ肝要だというのに、お前はその意識が甘すぎる」
「うぅ、でもっ」
「事実、スカートが揺れていた! まったく、けしからんぞ……」
痛いところを突かれたオトはスカートをぎゅっと握ってうつむいてしまう。彼女の視界から外れたルクスは気兼ねなく鼻血を垂らした。変態だった。
「そうか……」
オトはそんな師匠の情けない様子には気づかないのに、別の何かに気づいたらしい。勇者としての直感でルクスが自分の鼻血を拭い隠したのと同時。
「だから、師匠はボクにこんな動きづらい服装をさせてるんですね?!」
「え?」
オトの顔が上がる。キラキラと憧れに溢れた表情。
「こんな、ひらひらした服じゃ、下半身は見えなくなるから意識から外れてしまう!」
「そ、そうだな」
「あえてそうすることで、ボクに無意識下でも下半身を意識させようと、そういうことですね!」
「うん。うむ。そういうことだ」
オトの瞳がいよいよ輝く。ルクスは面食らってしまう。まさかこの状況で「いや、ムラムラするから……」と言い出さないくらいの常識はあるのだ。子供の夢は壊してはいけない。
「やっぱり師匠は流石ですね!」
オトのルクス崇拝ゲージはトップギア。現在進行形でフルスロットルだ。
「……そうだ! 俺は常に、お前のためを考えている!」
「師匠!」
ぐっと拳を握ってみせる元勇者。
「オト、お前は勇者になるんだろう!」
「はい!」
「誰よりも男らしく、カッコよくなりたいんだろう!」
「はいっ! 師匠のようになりたいです!」
「ならば、下半身は任せておけ! ぜっっったいに見逃さないから!」
「わかりましたっ!」
ルクスはオトの純粋さにつけ込んだ!
オトは木剣を握り、ルクスはびたっと地面に張り付く。
すぅっと息を吐くオト。敬愛する師匠に、二度も無様を見せられない。
ひゅうっと風の魔力を練るルクス。見たいのは無様である。
二人の集中は極限までに高まり――
そして今、木剣が振り上げられる!
「何してんだい、このダメ勇者」
瞬間、ルクスは蹴り転がされる。地面にめり込むほどのローアングラーだったから無駄によく転がり、オトがわぁっと悲鳴を上げる。蹴り転がした張本人は、まったくと言わんばかりに赤髪をかき上げた。背にまで流れる艶やかな長髪。ダメ男好きの魔女、クズナ・ヒモガスキーその人である。
◇◆◇
クズナはルクスの首根っこを拾い上げると、そのままずるずる引きずっていき、三人の隠れ家である丸太小屋に放り込む。あわあわとついてきたオトは地面に投げ捨てられたルクスに駆け寄るが、そこは勇者、実はぴんぴんとしている。オトに散々気遣われて気を良くすると、何事もなかったかのように狭い室内の中央にある食卓についた。
「オト、朝ごはんにしよう」
「わ、わかりました! うんと元気の出るのを作りますね!」
オトは壁に掛けてあったエプロンを背伸びして取り、うんしょうんしょと背中で紐を結ぶと、パタパタと台所へかけていった。といっても、区切る壁などないので、火炎魔法で鍋を火にかける小さな背中まで丸見えである。
「今日も今日とて終わってるわね。ルクス」
「何を勘違いしている。俺は師匠だぞ」
「へぇ、何教えてるの?」
「勇者としての、男らしい在り方だ」
「どこがよ」
クズナはオトを見やる。鼻歌まじりで楽しそうに料理をしていた。視線を感じたのか、小首を傾げて振り向くのだが、クズナが何でもないと手をひらひら振ってやると、何の疑いもなく料理に戻る。かわいい。
一体誰が、このオト・コノーコを見て男らしいと思うだろう。しかし驚くべきことに、彼は男の子だ。男の娘なのだ!
ルクスの言葉なら何でも信じるオトは、ダメ勇者に惑わされるまま立派な女の子に育っている。
「どうすんのよこれ。将来外に出たらとんでもないことになるわよ」
「いいじゃないか。純粋な男の娘の恥じらいほどいいものはない」
「ほんと……キモイわね」
クズナが変態から己を守るように身を抱く。そんな軽蔑を示す態度もルクスにとっては些細なことだし、きゅっと身を抱いたことでクズナの豊かなおっぱいがきゅっと寄せ上げられるのだが、それもまた些細なことだ。
かつてはおっぱい教にしておっぱい狂だったルクスも、かつての戦いで性癖改造を受け変わってしまった。今の彼は、男の娘にしか興奮を覚えられない、(歪んだ)愛と(どうでもいい)哀しみの戦士。
そしてクズナは、そんなダメ男しか愛せない、同じくらいに終わった女だった。ポーズとしての軽蔑を取り下げて、彼女は妖しくも美しく微笑む。
「でも本当に、オト君だから騙せてるけど、いつまで続くかしらね」
「騙している? お前は何を言ってるんだ」
「え?」
からかうように言うクズナに、ルクスはまたしても大真面目に反論する。
「俺は、本気でオトを勇者にするつもりだぞ」
彼がそう断言した時。
「ココが勇者の家か! さっさと始末して、夜は焼肉っしょ! シャーッシャッシャッシャ!」
外から誰のものともわからない大声が聞こえてきた。誰と会話するでもなく、本当にテンション上がって声を張り上げているだけらしい。もしかしたらテンションが上がりすぎて変なポーズくらい決めてるかもしれない。
「師匠。今のは……!」
「あぁ、ついに来たな。オト」
「ちょっと。来たなって、一体何がよ」
「魔王軍だ。最初の敵だし、どうせクモ魔人か何かだろう」
「えぇ……」
料理の火を消し、代わりに決意を灯した瞳で、ルクスとうなずきあうオト。クズナ一人置いてけぼりの中、ルクスとオトには男同士、わかってしまうものがあるらしかった。
オトは師匠のもとへ、身に着けていたエプロンを巻き取るように畳みながら歩み寄る。ルクスの手が肩に置かれると、ビクンと体を震わした。
「どうした、オト。震えているのか」
「師匠、ボク……怖いです」
「なんだお前かわいいな」
「本音出てるわよ」
クズナにつつかれて、ルクスはおほんと咳払い。
「大丈夫だ、オト。お前はここで何を学んできた」
「ボクが学んできたもの……」
「そうだ。いつかは十の聖剣を集め、性なる書の導きに従って魔王を滅ぼす勇者として、お前が学んできたことだ」
「剣の扱いに、魔法に……」
「そして、最も大事なものがあったろう」
元勇者の犯罪的な手つきが、可憐な弟子の頭を撫でまわす。側から見れば、弟子を落ち着かせ、勇気づける師匠の姿。震えていたオトの手が、やがて力強い握りこぶしへと変わる。
「そうだ、ボクには」
そう、彼女には――
「ボクには、師匠に習った『変身』があるっ!」
奮い立った彼女に、もはや障害などない。
手に持ったエプロンをクズナへ預け。
壁に立てかけてあった木剣を掴み。
玄関の戸に手をかけ、振り返る。
「師匠、見ててください。ボクの……変身!」
新たな英雄の。新たな伝説の始まりだった。
「いや、何よ変身って」