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20:騎士(2)



 レオン・ギーズは3つ年上の兄よりも剣のセンスがあった。容姿こそ父であるギーズ侯爵には似なかったが、剣の腕は確かに彼にそっくりだった。

 だからか侯爵も、レオンに目をかけていた。


『将来は私のように騎士の道を歩んでほしい』


 侯爵はよく、レオンにそう言っていた。だから兄を差し置いて、王子であるハインツと引き合わせてくれたし、将来的に彼の側近になるであろうリシャールやライカも紹介してもらった。

 そうして、守るべき主人と友人、そして守りたいと思える大切な女の子を得たレオンはより剣の鍛錬に励んだ。

 

 しかし、14になってすぐのあの日。魔法の適性検査で不幸は起きた。


「…………まさか、俺に魔力があるなんて思わなかったんだ」


 項垂れたまま、レオンは弱々しく呟いた。

 魔力は血によってのみ、継承される。すなわち遺伝だ。

 両親共に適性がない場合、その子どもが規定以上の魔力を有する可能性は限りなくゼロに近い。

 そして、ギーズ侯爵家は両親共に魔法適性がなく、当然レオンにも適性はないと思われていた。

 だが結果は予想だにしないもので、レオンの測定値は彼の世代の中でもトップクラスに高かった。


 この事実はそれまで仲の良かった円満な家庭を簡単に壊してしまった。


「母は不貞を疑われた。だが、母はそんなことをするような人じゃないんだ。だって確かに父だけを愛していたから」

「はあ……」

「検査の後、詳しく調べたら、魔力の因子が亡くなられた母方のお祖父様に似ていたそうなんだ。お祖父様は元は軍属の魔法師で、だから俺の魔法適性は母方のお祖父様からの遺伝だろうってことになった。だけど……、周りはそうは思わなかった」

「……へぇ」


 魔力の隔世遺伝はとても珍しいため、周囲が信じないのも無理はない。侯爵夫人は各方面から責められた。

 そんな中、ギーズ侯爵だけは妻を信じ、謂れのない中傷から妻を守った。

 常に妻に寄り添い、妻を侮辱する者には真っ向から立ち向かう侯爵。それは騎士である彼らしい、理想的な良き夫の姿だった。


 しかし、それが良くなかった。


 周りの目にはギーズ侯爵が“裏切り者の妻を庇う懐の深い男”として映ったのだ。

 皆が侯爵を誉めそやし、評価を上げていく。そんな夫の陰で、夫人の評価は相対的に落とされていった。


「心を病んだ母は俺を拒絶し、何かに縋るように酒に溺れた。今は別荘で静養中だ」

「……」

「父は俺のせいではないと言ってくれた。だが兄は……、家庭が崩壊したのは俺のせいだと罵った。もしかしら昔から、贔屓されている俺のとこが気に食わなかったのかもしれない」


 本来、優遇されるべきは長子である兄だった。だから兄は笑顔で弟の将来を応援しながらも、本当は贔屓される弟を妬んでいたのかもしれない。


「この現実にとうとう耐えられなくなった時、アンネが慰めてくれたんだ」


 昔から誰にでも優しかったアンネリーゼは適性検査以降、屋敷に引きこもって誰とも会おうとしないレオンに毎日会いに来た。レオンが突き放しても突き放しても、毎日会いに来た。彼女は扉越しで他愛もない話をし、レオンが自ら自室の扉を開けて自分を受け入れてくれるのを待った。

 

「大体2週間くらいかな。毎日来てくれて……。そうして根負けした俺が扉を開けた時、アンネは安堵したように微笑んでくれた」

「……」

「それで、『誰がなんと言おうと、レオンは騎士だよ。お父君と同じ、立派な騎士だ』って言ってくれたんだ」


 もしかしたら、魔法師になる事が確定して絶望している男を相手に言う事ではないのかもしれない。けれど言葉にレオンは確かに救われた。


「その時だ。完全に落ちたのは」


 元々、アンネリーゼには淡い恋心を抱いていた。でも自制できないほどに好きになったのはあの時だった。


「アンネは殿下に頼み込んで、学園内での帯剣が許可も取ってくれた」

「……」

「今も、俺が精神的に不安定になってる時とかは誰よりも早く気づいてくれる」

「……」

「この間の試験の時も、勉強が苦手な俺のことを気にかけてくれて……。だから………………って、おい。聞いてるのか!?」


 一人で過去に浸り、語っていたレオンがようやくエルーシアに目を向けると、彼女は室内にある木箱を物色していた。

 とても重めの身の上話を聞く奴の態度とは思えない。レオンはあまり失礼なその態度に苛立ちを覚えた。

 だが、エルーシアはキョトンとした顔で首を傾げる。


「私が聞かなきゃいけないような話、ありました?」

「貴様……!」

「だってそうでしょ?私、あなたの家庭事情に興味ないし。不幸な身の上を話して同情が欲しいのなら、悪いけど他を当たってください。私には無理ですから」


 10才以前の記憶がなく、両親は不明。育った孤児院は日々の食事にも困るほど貧しくて、大人と同様に畑仕事をしながら年下の子どもの面倒を見る毎日。それでも穏やかな日常の中に小さな幸せを見つけながら生活していたところに、突然の魔法適性発覚。1年で必死に文字の読み書きを覚えていざ学園に来てみれば壮絶ないじめの毎日……。

 現在進行形でそこそこ不幸な日々を過ごしているエルーシアがレオンに同情するのは少し難しい。

 自分の方が不幸だなどと言うつもりもないが、衣食住に困らない贅沢な生活を送り、家が没落したわけでも家族に暴力を振るわれたわけでも、はたまた使用人に虐められいるわけでもない男の不幸話を親身に聞けるほど、エルーシアは大人ではないのだ。

 エルーシアはそう説明すると、ごめんなさいねと肩をすくめた。


「というか、結局何が言いたいのです?さっぱりわからないんですが」

「なっ!?だ、だから……!」

「僕は可哀想だから主人の婚約者と浮気しても許されるんだーってこと?」

「違っ……!殿下は俺がアンネを想うことは許してくれている!」

「まあ!王子殿下は懐が深いのですね。では、浮気が王子殿下に知られても問題ないというわけですね」

「ち、ちが……、それは……!」

「ああ、なるほど。僕はこんなに可哀想な男で、アンネちゃんはこんなにも優しい子だから、どうか浮気のことは王子殿下に言わないでくれーってこと?」

「……」

「私が言わなくても本人にバレるのは時間の問題かと思いますけど。もしかするともう本人に届いているかもしれませんね?」

「……そ、そんな」


 レオンは顔を青くした。だがそれは今更すぎる反応だ。

 多くの人間が二人の関係に気づいている現状でエルーシアだけを口止めしたところで意味はない。


「……可哀想な王子殿下」


 エルーシアはポツリと呟いた。

 幼馴染が自分の婚約者に横恋慕しているのを知っても怒ることはなく、それどころか、幼馴染の気持ちの整理がつくまで見守ってあげてるなんてそう簡単にできることではない。きっと本人の中で葛藤があったはずだ。そしてそれを呑み込んで、レオンに赦しを与えたはず。

 帯剣のことだって、実際に学園側と交渉したのはアンネリーゼではなくハインツだろう。それなのにレオンが感謝しているのはアンネリーゼの方。


(報われないなぁ)


 エルーシアはレオンを見下ろし、呆れたようにため息をこぼした。

 ハインツという男は、エルーシアにとってはナルシストクソ野郎だが、レオンにとっては友人想いの優しい男であったのだろうに。こんな裏切りを受けているなんて、流石にちょっとだけ可哀想に思えてくる。


「なんか、考えれば考えるほど、私は貴方が気持ち悪く感じます」

「はあ!?」

「平気な顔して友人の婚約者と一線を越える男が騎士を名乗るなっての。穢らわしい」

「こ、越えてない!」

「まだ、ってだけでしょう?」

「……それは、」

「大体さぁ?貴方って何のために騎士になろうとしていたのですか?」

「え……?」

「主君を守るため、大切な幼馴染や大切な女の子を守るために騎士になりたかったんじゃないの?」

 

 “騎士”という職業に憧れていたのなら、お気の毒だとしか言いようがない。けれど、自分の持てる力を最大限に使って大切なものを守る父の姿に憧れていたのならば、彼の夢は潰えたとは言えない。


「騎士は手段であり、目的ではありません」


 エルーシアはしっかりとレオンを見据えた。


「近衛の中には魔法師も存在します。その魔法師たちは王家に忠誠を誓い、高い志を持ち、主君を守るために戦うのです。お父君のようになりたいというのであれば、宮廷魔法師を目指せば良いではありませんか」


 魔法学園卒業後の進路は様々だ。軍属の魔法師になる者もいれば、魔法省所属の魔法師になる者もいる。宮廷魔法師は難易度が高く募集人数も少ない狭き門だが、元々魔法師は実力主義だ。本気で目指したいと思う人には全員、平等に受験資格が与えられる。


「自分の置かれた環境を嘆くばかりで何もしないより、与えられた環境の中で自分ができることを探すべきでは?」


 逃げるな。甘えるな。エルーシアのエメラルドの瞳はそう言っていた。

 その瞳の力強さと、背後にある窓から入り込む柔らかな陽の光も相まって、レオンの目にはエルーシアが女神のように神々しく映った。

 レオンは今まで自分の中に巣食っていた闇がスッと消えてなくなるのを感じた。


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