11:逆転の策(1)
「先輩。私はこれからどうすればいいのでしょう?」
アンネリーゼの妄想を信じ込んでいる第一王子とその他2名。
何年もかけて頭に刷り込まれてきたこの妄想は、そう簡単に排除できるものではないだろう。だからきっとこれからも、自分に対する嫌がらせは終わらない。そう思うとエルーシアはちょっと泣きそうになった。
「まあ確かに、基本的にアンネリーゼが君を敵視しなくならない限り、こういうことは続くだろう。ここでは教師もアテにならないから」
「本当、腐ってやがる!!生徒を正しく導くことができないなんて、教育者の恥ッ!」
「ここはある意味で別の国だと思った方が良い。ここのルールは身分の高い生徒が決める。今年からハインツやアンネリーゼがルールだ」
「身分関係なく皆平等の建前は何処に……」
「そんなものあるわけないだろ。さしずめ、今のアカデミーはまだ人間として成熟しきっていない子ども達がやりたい放題する無法地帯……。世話係のいない動物園といった所だな」
「地獄じゃん……」
「まあ仕方がない。ここで教わるのは魔法のみだから。人間としての道徳は教えてくれない」
「それは入学前に身につけている前提だからでしょうね」
「そうだな。普通は、そういうのは家で教えるのもだから」
「つまり最近の貴族家庭では道徳を学ばないということですか?そんな国滅んでしまえ」
「貴族が皆、そういう奴らではないから偏見は持たないでほしい。まともな奴もいるよ。一応。ごく稀に」
「ごく稀に……」
ごく稀にしかいないのなら、やはりこんな国は滅んでしまえばいとエルーシアは思う。
「せんぱぁい!こんな風にずっと嫌がらせされてたらまともに魔法の勉強なんて出来ませんよ!」
「そうだな」
「そうだな、じゃなくて!どうにかすることは出来ないのですか!?私は研究室所属の魔法師になって、お金たくさん稼ぎたいんです!」
「研究室所属とはまた高い目標だな。てっきり、君は軍属希望なのかと思っていた。養父は軍人らしいし、なんか脳筋っぽいし」
「脳筋言うな!養父が元軍人だからこそ、軍属は嫌なんです!
ねー!アカデミーは魔法省の管轄なのでしょう?例えば先輩のお父様に告げ口するとかできないんですか!?」
「外部に助けを求めようとしても無駄だ。ここは一応、権力とは無縁の『独立した機関』だから、たとえ魔法省長官であろうと王であろうと、そう簡単には内部の出来事に介入できない仕組みになっている」
「ぐぬぬ。ここにきて、無駄な建前が邪魔をしてくるとは……」
なんて面倒くさい環境なんだ。エルーシアは両手で顔を覆い、濁った声で『あー』と叫んだ。
打つ手なしではないか。今のところは現状を甘んじて受け入れるしかないらしい。
しかしライカは、簡単ではないがどうにかする方法が一つだけあると言う。
「君もアンネリーゼと同じように人心を掌握し、自分の派閥を作ればいい」
「………………は、派閥?」
「どうだ?エルーシア・ヘルツ。どうせなら、アンネリーゼの言う『ヒロイン』になってみないか?」
ライカは物語の悪役のように、ニヤリと口角を上げた。
エルーシアは大きく目を見開き、彼を見た。
暫しの沈黙。次に口を開いたのは彼女の方だった。
「………………む、むむむむむむ無理ですよ!!こちとら、ただの平民ですよ!?バカなんですか?先輩はバカなんですかっ!?」
「バカバカ言うな、失礼なやつだな」
「だって、そんな提案してくるなんてもうバカでしょ!?絶対無理ですよ!」
「無理じゃない。君にはカリスマ性があるようだし、十分見込みあるさ。僕でよければ協力するぞ?」
アンネリーゼに大きく劣らないほどには整っている容姿と、平民のくせに無駄に備わっている度胸と忍耐力。意外にも気品ある立ち居振る舞いが出来るところも良い。
ライカは動揺するエルーシアに対し、確信を持って『大丈夫だ』と告げた。
「ま、どうしてもやりたくないのなら別に無理にとは言わないが、よく考えたほうがいい。ここでは誰も守ってはくれないぞ?」
「誰もって……、先輩は私の味方ではないんですか?」
「いや、そりゃ味方をしてやりたいとは思っているけど学年が違う以上、何があっても必ず守るとは断言できないだろう」
「むむむ、そうですね!」
「君はもう、一度反撃してしまっている。きっと明日からはアンネリーゼ一派からの当たりがさらに強くなるだろう。今後、平穏無事に過ごしたいと願うのなら、自分の味方を増やしてアンネリーゼに対抗する他に道はない」
「うう……」
「言っておくが、アンネリーゼは君が完全に潰れるまで止めないと思うぞ?」
「なんでそんな……」
「君の存在が自分の命を脅かすと本気で信じているからな」
アンネリーゼは死にたくないから必死に足掻いているのだとライカは話す。
妄想に取り憑かれて死を恐れる彼女はきっと、自分を守るためなら卑劣な手段も厭わないだろう。
「どうする?エルーシア・ヘルツ」
ライカはエルーシアの瞳を覗き込むようにして決断を迫った。
彼の真紅の瞳が心なしか楽しんでいるように見えるのは、おそらく気のせいではないだろう。
選択権などあってないようなものであるエルーシアはまたしてもチッと舌を鳴らした。
「……やられたら3倍返しでやり返すのが神父様の教えなので」
「それは素晴らしい教えだな」
ライカは仕方がないから全力でサポートしてやるとエルーシアに手を差し出した。
エルーシアはその手を力一杯と握ると、少々不服そうによろしくお願いしますと頭を下げた。




