9:先輩の地下室(1)
ライカに連れられ、学園内にある立入禁止区域の手前まで来たエルーシアが目にしたのは、人ならざるものが出そうな古びた煉瓦造りの小屋だった。その建物は何故か異様に長細く、エルーシアは違和感を覚える。怪しい。
ライカは当たり前のように、その得体の知れない小屋の古びた扉の鍵穴に錆びた鍵を差し込んだ。そしてガタガタッと乱暴にドアノブを回す。
(立て付け悪いなぁ……。どうしてこんな場所が学園内に?)
魔法学園はその存在自体は古いものの、施設は新しいはずだ。一昨年の改装で敷地内は以前にもまして綺麗になったと聞いている。
また、清掃員や庭師などの下働きの人間も多く雇っているため、基本的に学園内は常に清潔に保たれている。
そんな学園の中に、こんな小汚い小屋があるとは思わなかったエルーシアは怪訝な顔をした。
「何?ここ……」
「僕の研究室だ」
「研究……室?」
エルーシアの記憶が正しければ、魔法研究のための施設は学園内の研究棟を除くと、魔法省の魔法学研究課の施設しかないはずだ。それは魔法の悪用を防ぐために必要な措置であり、許可なく魔法の研究をした者は厳しく罰せられる。
つまり、ただの学生ごときが、学園内で非公式な研究室を持つことなど不可能なのだ。
(……こいつ、隠れて呪術の研究でもしているのかしら)
この男は危険だ。本能的にそう察した彼女はさりげなくライカから距離をとった。
「おい、何故離れる」
「この暗黒の魔法師め」
「は?暗黒?」
「もしくは神に背く不届き者め」
「何言ってんだ?」
「違法に研究小屋を持つとか。先輩はやばい人ですか?信じたらお金を騙し取られる感じですか?ああ、変態ですもんね。納得です」
「おい、勝手に納得するな。お金は騙しとらないし危ない人でもないし変態でもない。何を勘違いしているのかは知らないが、ここは魔法省から許可を得て作った場所だ」
ライカは、こいつは馬鹿なんだろうか、という視線をエルーシアに向ける。
エルーシアはそんな彼の視線の意味を読み間違えたのか、『変態』とつぶやきながら、また3歩ほど後ろに下がった。失礼なやつだ。
「はぁああああ」
ライカはとてつもなく大きなため息をこぼすと、彼女の手首を掴み、強引に小屋の中に引き込む。
「きゃあ!変態!」
「変態いうな」
「離して!」
「離したら逃げるだろうが」
エルーシアは掴まれた手を振り払おうと、上下に左右に動かすがびくともしない。
不健康そうな顔をしていて意外に力は強かった。腐っても男の子らしい。
「わ、私を生贄にして悪魔でも召喚するつもりでしょう!?」
「んなわけあるか!」
ライカはドアを乱暴に閉めると鍵をかけ、近くにあったランタンに火を灯す。外は昼間なのに、窓がないせいでかなり暗い。通気口をつけるなら窓の一つくらいつけろと思う。
「え、暗……」
あまりの暗さにエルーシアは怖気付いた。ライカはそんな彼女の手をパッと離す。
「え?え?先輩?」
「触らないでと言ったのは君だ」
「え、ちょ……。そんなぁ……」
「ちなみにだが、足元に何が転がっているかわからないぞ?」
「な、わからないって?何があるの?」
「何って……、人骨、とか?」
ライカは意地の悪い顔でわざと大きな音を立てて床を踏んだ。
エルーシアは『ヒィ』っと声をあげ、飛び跳ねる。普通に幽霊の類は苦手な彼女に、これは辛い。
「生意気言いました。ごめんなさいぃ……」
「では、僕に手を引かれて素直についてくるか?」
「い、行きます行きます」
「よろしい」
「うう……」
エルーシアは渋々ライカの手を握っ……、いや、違う。手を握るどころか腕にまとわりついてきている。
肘のあたりの柔らかな感触に、今度はライカが怖気付く。
「……おい。そうまとわりつくな」
「だって私、幽霊とかの類いは本当無理で……」
「死んだ人間より生きた人間の方が何倍も怖いだろう」
「生きた人間は殴ればどうにかなるけど、幽霊は殴れないじゃないですかっ!」
「脳筋かよ。……あー、悪かった悪かった。人骨とかないからとりあえず離れろ。大して無いモノを無理に押し付けるな。不愉快だ」
「………は?脱いだらそこそこありますけど?」
ライカの失礼な発言にムッとしたエルーシアは、わざと胸を押し当てるようにして彼の腕をぎゅっと抱きしめた。
普通ならここでライカが顔を赤らめて……、という展開になるのだろうが、何故か彼は顔を真っ青にした。
「い、いたたたたたた!痛い痛い!力強ぇーよ!?」
脳筋怪力娘の力は思ったよりも強かった。
アンネリーゼが手に包帯を巻いたのは、あながち嘘ではないのかもしれないとさえ思えてしまう。
「ありゃ?ごめんなさい?」
悪びれる様子のないエルーシアにライカは舌を鳴らす。
「君といると疲れるな」
「まあ、失礼な!」
「君に友人ができないのは、実は平民とかアンネリーゼのこととか関係なくて、君自身に問題があるからじゃないのか?主に性格の面で」
「先輩に言われたくないんですけど。先輩だってどうせ友達いないでしょ?」
「失礼なことを言うな。友達ならいる。三人ほど。……い、今は微妙な関係だがいるにはいる。うん……」
「それはつまり、今はいないと言うことでしょう?可哀想、先輩」
「現在進行形で誰よりも可哀想なやつに可哀想と言われてもな」
ライカはフッと小馬鹿にしたように笑う。エルーシアはそれにキーッと金切り声を上げる。これぞまさに底辺の争い。無意味極まりない。
そんな無意味な言い合いをしながら2人は先へと進み、建物の端まで来た。
ライカはエルーシアを振り払い、彼女にランタンを渡すと、横の壁に手を触れてひつだけ色の違うレンガを押す。
するとゴゴゴッと地鳴りがした。
「な、何!?」
驚いたエルーシアがランタンで床を照らすと、そこには地下へと続く階段が現れていた。
「…………先輩」
「ん?」
「やっぱり暗黒の魔法師でしょう」
「…………」
ライカは蔑みの眼差しを向けてからエルーシアの頭に無言で手刀を降ろした。しつこい。




