82:学園には近寄りたくないのだが
ああ、クリス……。
ベッドに横になった私は、クリスのことを思い出し、胸が熱くなる。
薔薇園では、本当に何度もキスをしてしまった。
馬車に乗ってからも、クリスは何度も私を抱きしめ、キスをした。
揚げないドーナツを手に入れた後は、お互いにドーナツを食べさせあって。クリスは私の指についた砂糖まで舐めてしまうので、もう心臓が止まるかと思った。
しかも宝飾品店に立ち寄り、ライラックの花モチーフのペンダントとイヤリングを、プレゼントしてくれた。「明日の舞踏会につけてきて」と言って。
イブニングドレスは用意していたものの、宝飾品は、ネックレスぐらいしか用意していなかった。それもシンプルなパールのネックレス。でも今回クリスがプレゼントしてくれた宝石は、ライラックの花を細部まで表現し、とても美しい。
こんなに甘やかされていいのだろうか。
黒い森で過ごした日々が過酷だった分、平和な今の幸せが身に染みる。
早くクリスに会いたい……。
クリスを思いながら眠りについた。
◇
目覚めると、ケイトが昨日と同じく、一輪の花とメッセージカードを渡してくれた。
それはクリスから贈られたものだ。
昨日も贈ってくれていたが、何せ王宮に出向くということで、大騒ぎでゆっくり眺めることができなかった。でも今日は違う。
明るい黄色のガーベラに添えられたメッセージを眺める。
愛しているの言葉と共に、今日一日を健やかに過ごせるように、そして夜会えることを楽しみにしていると綴られている。
愛しているという言葉を反芻し、クリスと過ごした甘い時間を思い出し、誰にも見せられないようなデレ顔になった後。
しみじみ思う。
クリスは達筆だと。文字さえも、ため息が出るほど美しい。
このまま額縁に入れて飾れば、一つのアートにできそうだ。
「ニーナさま、着替えをしましょう」
ケイトに促され、着替えを始める。
黄色のガーベラに触発された私は、クリーム色のドレスに着替えることにした。カスタードクリームに近い色で、繊細な白いレースが飾られた、春らしいドレスだ。
着替えを終えると、朝食のために部屋を出る。
朝食は楽しく、にぎやかだった。
セスが饒舌だったし、兄も母親も父親もよく話した。
セスは学園生活について、楽しそうに話している。兄は宮殿で事務官の仕事についていたので、宮殿の噂話をした。母親は最近見たオペラの話、父親は乗馬や競馬の話だ。
そして食事を終えた私は、思いがけない提案をされる。
一つ目の提案は、セスを馬車で王立イエローウィン魔法学園まで見送るというもの。本来通うはずだった学校を、遠くから眺めてみてはという、セスからの提案だ。
二つ目の提案は、兄と一緒に宮殿まで行き、併設されている王立図書館へ行くというものだ。提案してくれたのは、もちろん兄だ。
この二つから選べと言われれば、当然後者、兄と共に宮殿へ行き、王立図書館へ行く。
これしかないと思ったが……。
セスがとんでもない目で、私を見た。
いつものセスなら怨霊のような眼差しで、自分のプランを選ばないと呪う……みたいな顔をするはずなのだが。
今回は、ヘーゼル色の瞳を大きく見開き、うるうると潤ませているのだ。
それはつぶらな瞳のチワワのようで、とても「兄と宮殿へ行き、図書館に行きたい」とは言えなかった。
セスはいつの間に、こんな甘え方を身につけたのだろう!?
ちゃんと美少年に成長しているし、こんな愛らしさを出せるなら、十分学校でモテるはずだ。ぜひともその魅力を私以外の女子に発揮し、素敵な彼女を作って欲しいと願う。
それにしても。
セスのうるうる瞳に負け、見送りプランを受け入れてしまったが。できれば王太子やユーリアがいる王立イエローウィン魔法学園には、近寄りたくない……。
でも馬車から降りるつもりもなければ、学園の敷地内に足を踏み入れるつもりもない。ただ、馬車から学園を眺めるだけだ。
……それぐらいなら、大丈夫だろう。
私はセスと一緒に、馬車へ乗り込んだ。
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