8:その明晰さを私に対して発揮する必要はない
おもむろに私と向き合ったアンソニーは、静かに口を開いた。
「ニーナ、何が心配? ウィリアムさまと知り合いなの?」
「え!?」
「ウィリアムさまがここに滞在すると父上が話して以降、食事が喉を通っていなかったのでは?」
ま、まさか、そこに気づいていたとは……。
アンソニーはウィンスレット辺境伯家の嫡男であり、跡取り息子。
学校の勉強以外にも、早朝には武術を習い、私達との宿題を終えた後は、辺境伯家の嫡男として必要なことを学んでいると聞いている。
つまり、ものすごく勤勉で頭だっていい。
そしてこの洞察力。
ウィンスレット辺境伯家はこれで安泰だ。
アンソニーが跡を取ればなんの問題もないだろう。
しかしその明晰さを私に対して発揮する必要は全くないのに!!
「き、気のせいです。絶対に」
「気のせいなわけがない。実際、ニーナのお皿には沢山の料理が残されていた」
論より証拠。それを言われては……。
「ニーナ」
アンソニーが左手で私の腕をつかみ、右手の拳をドアにつけ、前かがみになった。
次の瞬間、私のおでことアンソニーのおでこが重なった。
「『ネモフィラの花畑の約束』を、使う時が来たかな?」
……!
『ネモフィラの花畑の約束』……!
幼い私の記憶に鮮明に残されているのに、約束した相手が誰か分からず、ずっと気になっていることだ。しかも何を約束したかも覚えていない。
それなのに何度も夢で、この記憶のことを見る。
何せおでこにキスをされたのだ。
どうしたって忘れることが出来ない。
まさかあの時に約束した相手がアンソニーだった……?
しかしそれはそれで妥当だ。
なにせこの地へ来てから、兄妹も同然で育ってきた。
アンソニーとだったら、ネモフィラの花畑で何かを約束していたとしても、違和感はない。
しかし、何を約束したのだろう……?
しかもなぜ今、『ネモフィラの花畑の約束』を持ち出す?
それに「使う」とはどういうことなのか?
それを問おうとしたが、アンソニーが先に口を開いた。
「食事が喉を通らないほど、ウィリアムさまが好きなの?」
「違います。そんなことはないです。できれば近寄りたくないですし、関わりたくないです」
「そうなの……? なぜそこまで嫌うの?」
「なぜ……? 分かりませんが、本能的に無理なのです。無理なものは無理なのです」
掴んでいた腕をはなし、額を離すと、アンソニーは嬉しそうに笑っている。
私は慌ててずり落ちそうになった眼鏡を元の位置に戻す。
すると。
位置を整えたばかりの眼鏡を外されてしまう。
驚く私の顔にアンソニーの顔が近づく。
「みんなが知らないニーナの素顔。眼鏡をはずすとこんなに愛らしいのに」
き、距離が近い。
いくら私が遠視でも、この距離ならハッキリとアンソニーの顔を視認できる。
さすがに驚いて心臓が飛び跳ねてしまう。
「アンソニー」「ニーナさま」
私がアンソニーの名を呼ぶと同時に、私の名を呼ぶ声が聞こえる。
ドアがノックされ、ケイトが来たのだと瞬時に理解する。
入浴の準備をしにきたのだろう。
アンソニーの顔が遠のき、眼鏡が顔に戻された。
王子様みたいな微笑みを私に見せ、アンソニーがドアを開ける。
「やあ、ケイト、こんばんは」
「! アンソニーさま、失礼しました。お取込みの最中でしたか?」
「いや、話は終わった。大丈夫だよ。入浴の準備だろう? もう済んだから」
アンソニーはニッコリ笑顔を向けると、ケイトに部屋の中に入るよう勧め、自身は廊下へと出た。
「ニーナ、おやすみ」
「……おやすみなさい」
ケイトが恭しくお辞儀をして、扉を閉めた。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「私の体はハンサム男子に受け止められた」を公開します。
明日もよろしくお願いいたします。
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『悪役令嬢ポジションで転生してしまったようです』
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こちらはR15作品となるので
苦手ではない方は
ご訪問いただけると幸いです(⌒∇⌒)