74:希望そして最後の賭け
「3年前、アンジェラに追い詰められた時。絶対にアンジェラと、結ばれたくないと思った。だから咄嗟に解除を放棄し、解術の方法を、ニーナとの愛が込められたキス、としてしまったけど……。とんでもなく難易度の高いものにしてしまったと、後から気付いた。何せ僕は銀狼の姿だ。しかもニーナと僕の出会いの記憶は、ほぼすべて隠した状態。これでは再会できても、ニーナが僕であると気付かないし、心の通ったキスをしてくれる可能性は……かなり低いと」
それは……。
確かにその通りだ。
アンジェラが、クリスであるという前提で、あの縦穴に落としてくれたから、まだ私は銀狼が誰であるかと分かったわけで……。
「……クリスって、パーフェクトヒューマンかと思ったけど、そんなことはないのね」
「パーフェクトヒューマン!? ニーナ、当然だよ。僕はまだまだ未熟だ」
未来の大魔法使いは、驚くほど謙虚だった。
マジパラでどれだけすごい魔法を使い、イベントでも大活躍したかを、話したくてウズウズするのを我慢する。その代わりで「希望を見いだせた件の続きを聞かせて」と促す。
クリスは「分かったよ」と優しく微笑み、話を再開する。
「ニーナが縦穴に落ちてきて、僕のことを、クリスと認識していると分かった時は、まだチャンスがあると思った。でもまさかそんなに早く、アンジェラが戻って来るなんて……。これは難しいことになったと思ったよ」
その時のことを思い出したのだろう。
クリスはため息をついた。
「アンジェラに黒い森に閉じ込められた3年間。僕自身、何度も絶望的になって、諦めかけたこともあった。でも僕は銀狼と同化していた。つまり僕だけで運命を決めることができない。そう思っていた。でもあの裂け目に向かった時は……。銀狼がもういいと言ってくれていた。最後に愛しい人に会えた。でも二人とも助かる見込みはない。ならば二人で旅立てる方が幸せだろう、ってね」
私から体をはなすと、足元にいる銀狼のことを、クリスは優しく撫でた。
あの時、銀狼がそんな風に思っていたなんて……。
思わず目頭が熱くなる。
「でも、ニーナは最後の瞬間に僕と……銀狼と一緒にいたいと言ってくれた。ニーナには、僕との出会いと、そこで深めた絆の記憶が、あの時はない状態だったのに。それでも、そう言ってくれた。だったらまだチャンスがあるかもしれないと思えた。でも鉄砲水が発生するなんて、想定外だった。あの時はいろいろな意味で、怖い思いと辛い思いをさせてしまい、すまなかったね、ニーナ」
クリスが再び私を抱きしめた。
「私の方こそ、クリスの気持ちを深く考えないで、恐ろしい提案をして……本当にごめんなさい。あの裂け目で一人になって、私も冷静になれた。それにあの鉄砲水。もう死ぬことが確定しているのに、鉄砲水で死にたくない、と思ったの。その瞬間に、なんというか物理的にアンジェラには勝てないけど、心では負けない!って強く思えたわ」
私の顔をのぞきこむクリスの瞳は優しさに満ち、ドキドキを通り越して、涙が出そうになる。
「伝わってきたよ。あの後、すべてのクリスタルが揃い、ニーナはそれが何であるか気付き、何度も召喚を試みた。僕が魔法で魔力を抑えこんだせいで、召喚なんて無理なのに……。最初は申し訳ない気持ちで、いっぱいだった。でも次第に諦めない姿に、心を打たれた。だから日没が迫ったあの時、僕も最後の賭けに出た」
「……私、ウルフに迫られたなんて、初めてのことだったわ」
「銀狼だよ。ただのウルフじゃない」
「銀狼と、ファーストキスをするとは、思わなかったわ」
「僕だって最愛の人と、銀狼の姿で、キスをするとは思わなかったよ」
そう言った後、クリスは付け加える。
「僕だってファーストキスだった。でも……どんな姿であれ、ニーナと真実の愛を確かめるキスができて、よかったよ」
「それは私だって……」
こんな会話をすれば、当然キスをすることになる。
キスをされる。
そう分かった瞬間に心臓が高鳴り、全身が熱くなる。
私の頬に手を添えたクリスは、優しく唇を重ねた。
「……それでニーナ、僕と11月に結婚する件は? ご両親のこととか、一旦おいて、ニーナの気持ちを聞かせて」
私の気持ち……。
気持ちだけで答えていいなら、それはもちろん「イエス」だろう。
だって。
大好きなのだ。クリスのことを。
もう一生離れたくない。
ずっと一緒にいたい。
クリスが、あのマジパラのクリストファーであり、大魔法使いであることとは関係なく。本当にクリスを、大好きになっていた。
「結婚ということに、実感はまだないわ。でも、私はクリスが大好きだから……。結婚……する」
「本当に!?」
「本当に」
クリスが再びキスをする。
今度は、さっきより長いキス。
クリスの唇のぬくもり、柔らかさを感じ、もうドキドキが止まらない。
「僕と結婚すれば、もう悪役令嬢の呪いは、なくなるよ。大丈夫」
「……そうかな」
「だって、王太子と婚約するそのユーリアという女性を、邪魔する理由がある?」
「ない」
「だろう」
そこで二人で顔を見合わせ、笑いあった。
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次回は「いろいろ解決して、本当によかったな」を公開します。
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