73:そんな可愛い顔をしても、ダメだよ
昨晩から気になっていたこと。
それをクリスに尋ねることにした。
「私にかけてくれた魔法、全部解除してくれたでしょ。でもまだ卒業していない。大丈夫かな……」
「うん、その件を考えていたよ。悪役令嬢の呪い。ユーリアという女生徒が、本当にいるのかウィルに聞いたら……。なんとウィルが、恋仲になりかけた女生徒だった」
「……! 婚約するかもしれないって、ウィルが言っていたの。でもその話はなくなったと聞かされて。もしかしてユーリアとの、婚約だったのかしら……?」
クリスは「そうみたいだよ」と頷く。そしてさらに、こんなことを教えてくれた。
「ウィルはどうも、そのユーリアから『付き合うなら婚約を前提に』と言われていたらしい。だからまだ交際をスタートさせたわけでもないのに、婚約うんぬんを、口にすることになったようだね」
なるほど。婚約をする予定だと聞いていたのに、あっさりなくなったと聞かされ、私は驚いていたのだが。婚約の予定がなくなったというより、交際はしないことになった、ということなのね。
そんなことを考える私に、クリスは話を続ける。
「ユーリアは、確かに魅力的な女性なのだろうね。ウィルと恋仲になりかけながら、筆頭公爵家の嫡男とも、仲が良かったとか。でも最終的に、フランシス王太子との婚約を、決めたそうだよ」
「……! そうなのね! それなら悪役令嬢の呪いから、逃れられるかも……」
これは驚きの情報だ。
今、私は間違いなくクリスにゾッコンで、王太子であるフランシスに、これっぽっちも恋心がない。
ユーリアとフランシスの正式な婚約が発表されても「おめでとうございます!」の気持ち以外、何も感じないだろう。
「ニーナ」
「何、クリス?」
思わず胸から顔をあげ、その整った顔を見てしまい、くらっと眩暈に襲われる。やはり美貌のこの顔は、直視不可能……。
「11月に、ニーナは18歳になるだろう。メリア魔法国では、18歳で結婚が認められる。ニーナのお義父さんにはこれから話すけど、11月に結婚しよう。盛大な式はニーナが卒業してから挙げることにして。まずは婚姻関係を結ぼう」
驚きで声が出ない。
まだ婚約の話もしていないのに、いきなり婚姻関係を結ぶ!?
しかも、私はまだ学生なのに。
え、いきなりクリスの奥さん!?
奥さんって言えば……エプロンでお玉片手に「あなた、お帰りなさい」みたいな?
なんか日曜日の夕方の、ファミリー向けアニメみたいだけど……。
奥さん……かぁ。
いや、待って。
え、本当に、私が!?
あのマジパラの大魔法使いのクリストファーの奥さん!?
軽くパニックになりかけたが、クリスが私の頬に触れた。
その瞬間、心臓が飛び出そうになり、思考が一旦停止する。
その上で顔をあげてしまい、美貌の顔を直視してしまう。
あっさり意識が飛び、クリスの胸にもたれる。
クリスはそんな私を抱きしめ、耳元で囁く。
「ニーナが悪役令嬢の呪いで不安なように、僕だって心配だよ。ブルンデルクには、あと数日はいられるだろう。でも黒い森に3年間も閉じ込められ、王命に背く形になってしまった。僕は王都に戻り、国王陛下と話さなければならない。でもニーナは学校もあるし、何より悪役令嬢の呪いがあるから、王都に戻るつもりはないのだろう? 僕は片時もニーナから、離れたくないのに」
離れたくないという思いをアピールするかのように、私のことをぎゅっと抱きしめた。
透明感のある清楚な香りに包まれ、今度は全身から力が抜ける。
「でもニーナは……いざとなったら自分のことを忘れ、アンジェラのことを受け入れて生き延びて欲しいなんて言っただろう? そんなこと、僕がするわけがないのに。ニーナが二度とそんなことを言い出さないよう、もう結婚してしまいたいのだけど」
「それは……」
確かに私は……アンジェラに殺されると絶望的になっていた時。せめてクリスに助かって欲しいと思い、そんなことを口にした。でも、それは状況が状況だったからで……。
それにしても冷静沈着なクリスが、こんなにも焦った表情で「もう結婚してしまいたいのだけど」なんて言うなんて。
それはそれほど私を好きということであり……。
自然と頬が緩んでしまう。
「ニーナ、僕は真剣だよ」
「そうよね。ごめんなさい。……あの時は、もう本当にそうするしかないと思い込んでいて……」
上目遣いでクリスを見ると……。
「そんな可愛い顔をしても、ダメだよ、ニーナ。アンジェラの手でニーナが……。それだけでも胸が張り裂けそうな事態なのに。その上でアンジェラの求婚を受け入れろなんて、本当にヒドイことを、ニーナは言ったのだから」
「ごめんなさい。今はそんなことは思っていないわ。……まだ怒っている……?」
「……怒ってはいないよ。ただ、あの時は……本当に悲しかった」
そう言ったクリスは、私のことを、さらに強く抱きしめる。
今までで一番力強く抱きしめられ、顔がクリスの胸に、ピッタリとくっついた。
すると……クリスの心音が聞こえてくる。
私と同じぐらいドキドキしていた。
こんなにクリスも、ドキドキしていたの……?
信じられなかった。私のことを想い、こんなに胸を高鳴らせてくれていることに。
クリスに愛されていると実感し、喜びで体が震える。
「あの時、私のことを大地の裂け目に連れて行ったでしょう? クリスはどうするつもりだったの?」
大きなため息だった。そして長い沈黙。
「ニーナが言っていた通りだよ。反撃をしようと思っていた。ただ少し違うのは、僕が狙っていたのは、黒猫だ。アンジェラはキットゥのことを、自分の子供のように可愛がっていた。だから僕がキットゥを手に掛ければ、僕のことを許さず、怒りのまま、手に掛けると思った。アンジェラに一矢報いてから、ニーナと共に旅立てるならって……。僕も相当追い込まれていたのだろうね。そんな考えをしてしまうなんて。……でも、あの場所での一件があって、結果として、希望を見出すことができた」
「希望……?」
クリスが私を抱きしめる腕に、力を込めた。
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次回は「希望そして最後の賭け」を公開します。
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