70:ネモフィラの花畑での約束~9年前の春~
遥か遠い北の地での約束など、覚えていられない。
私のことは、忘れてしまう。
それに王都には……ヒロインもいる。
だから……。
「クリストファー、ありがとう。その未来は……私が見た夢とは違う。私の夢は、当たることもあれば、ハズレることもある。だからクリストファーが言う、二人一緒の未来もあるかもしれない。でも……6年の間に、何があるか分からないよね。クリストファーのそばには、魅力的な女の子が現れるかもしれない。もしその子のことを好きになったら、私に構わずその子と」
「ニーナ」
真剣な表情のクリストファーが、私の手を握った。
「僕は一度決めた気持ちを、変えるつもりはない。ニーナとの出会いは、運命だと思う。どんな女の子が現れようと、僕の気持ちは変わらないよ」
12歳とは思えない真面目過ぎる言葉に、感動する。
感動しすぎて、胸がいっぱいになる。
こんな愛の言葉、前世で言われたことなんてない。
きっと、一生に一度しか言ってもらえない言葉。
嬉しい、と伝えたい。
私も同じ気持ちと答えたい。
大好きなのだと言ってしまいたい。
でも、それは無理。
相反する喜びと絶望を同時に感じ……。
思わず涙があふれる。
「どうしたの、ニーナ?」
我慢できなくなった私は……泣きながら、予知で見たということで、すべてを話した。
本当は王都にいたかった。でも15歳になり、王立イエローウィン魔法学園に入学すると「悪役令嬢」になってしまう。悪役令嬢とは、自身の魔力の強さ、美貌と家柄を鼻にかけ、自分より劣る女生徒が、学園内の人気のある男子生徒や外部の素敵な男性に近づくと、嫌がらせをするという呪いのようなもの。
そして私は、その悪役令嬢の呪いに既にかかっており、このまま王都にいて王立イエローウィン魔法学園に入学すれば、ユーリアという女生徒をいじめ抜いてしまう。最終的に卒業式後のプロムで断罪され、とても辛い末路が待っていると。
さらにこのユーリアとクリストファーは、王太子を通じて出会い、恋に落ちる可能性がある。そうなれば、悪役令嬢の呪いが、間違いなく発動してしまう。ユーリアとクリストファーの仲を裂こうと、私は沢山の嫌がらせと意地悪をしてしまう。そうなったら間違いなく、クリストファーは、私を嫌いになってしまうと。
クリストファーはこの荒唐無稽も言える私の話を……信じてくれた。
彼を推しに選んでよかったと、心底思う。
それだけでも十分過ぎるのに、最愛の推しは、こんなことまで言ってくれる。
もしユーリアが現れても、なびくことはない、なんなら私以外を愛することはないという魔法を、自分自身にかけてもいいとさえ、言ってくれた。
その瞳は真剣そのもので、言葉に嘘はないと分かった。
分かってはいるが……。
王都へ行くつもりはない。
学校もブルンデルクにある、コンカドール魔術学園に進むつもりである。
なぜなら、本来こんな場所で出会うはずのない、クリストファーと出会ってしまった。ゆえにこの先、何が起きるか分からない。王都へ戻るのは……無理だ。
だがそこで、そもそも論に立ち返る。
ニーナが悪役令嬢になってしまうのは、自身の魔力の強さ、美貌と家柄の良さが原因だった。だからと言って家柄を落とし、路頭に迷うわけにはいかない。でも魔力と美貌を抑えることができれば、プライドの高い女にならないで済む。そうなれば、クリストファーと二人で歩むという未来が、実現するかもしれない。
そう考えた。
そしてその考えを、クリストファーに伝えた。
「分かったよ、ニーナ。では僕の魔法でニーナの魔力を抑えよう。でもニーナの美貌を損なうために、傷をつけたりはできない」
それは私も同感だ。
傷をつけて痛い思いをするのは、さすがに……。
「視力を悪くしてもらっていい?」
「視力……?」
「うん。それで分厚いレンズの眼鏡をかけるわ。そうなったらドレスを着てもイマイチだろうし、高飛車な女性にならないと思うの」
なにせ私は前世で眼鏡をかけると、教育ママかPTAの会長にしか見えなかった。クリングスがないタイプをつけると、鼻が低いから眼鏡がずり落ちる。社会人になって、お金に余裕ができたら、コンタクトレンズをと思ったが、そうなる前に、この世界に転生したわけで。
つまり、私は眼鏡コンプレックス。
眼鏡をつけている。
ただそれだけで、自分が劣っているように感じてしまう。
これなら、プライドの高い悪役令嬢ニーナに、なれるわけがない!
そう、私は確信したのだが。
「そうなのかな。眼鏡のニーナも、可愛いと思うけど……」
クリストファーの言葉に、胸がキュンキュンしてしまう。
前世に、こんなことを言ってくれる男子が身近にいたら、私の人生も変わっていたかもしれない。
「クリストファーが、眼鏡の私でも可愛いと思ってくれるのは……とても嬉しいわ。でも私の気持ちの持ちようが、眼鏡の有無で変わるから。魔法で……遠視にしてほしいの」
前世では近視だったから、今回は遠視がいいという、安直な考えだった。
クリストファーは「そうなんだね」と呟き、一応納得してくれたようだ。
「魔力を抑える魔法も、視力を悪くする魔法も。両方とも、ニーナがコンカドール魔術学園を卒業して、僕と結婚する時に、必ず解除するから」
「うん。それでいいわ。お願い」
「……でも本当にニーナは、それでいいの?」
クリストファーは、本当に真面目だ。
二つの魔法の意味を踏まえ、真摯な顔で私に尋ねる。
一度ではない。何度も。
「それでいいの。そうすれば、悪役令嬢の呪いから逃れられるわ。そして6年後に、クリストファーに会って、私が学園を卒業したら、あなたのお嫁さんになれるから」
この言葉にクリストファーは、心を溶かすような笑顔になる。
「ニーナ、約束だよ」
「分かった。約束する」
再び、天使のような笑みを見せると。
「では約束の証」
両手で私の頬を包むと、クリストファーは魔法をかけるため、呪文を唱える。
ゆっくり私の額へとキスをする。
まさか額へキスされるとは思わず、くすぐったいと私は笑い、悶え死にそうになるのを、誤魔化した。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「夢から醒めて」を公開します。
明日はプチサプライズの予感☆
それでは引き続きよろしくお願いいたします!!
ブックマーク登録いただいた読者様。
いいね!をくださった読者様。
応援、ありがとうございますo(⁎˃ᴗ˂⁎)o