7:王子様のようなもう一人のいとこ
夕食を終えると普段であれば、勉強部屋に集合し、ジェシカとアンソニーと三人で宿題をやるのだが。
今日はそれどころではない。
ジェシカに呼ばれ、ドレス選びに付き合うことになった。
「も~、どうしたらいいかしら。晩餐会は、ローブ・デコルテのドレスよね。舞踏会は、ボールガウンのドレス。でも明日の夕食会は何がいいかしら?」
ジェシカのこのはしゃぎよう。
明らかにジェシカは……ウィリアムのことを気に入っている。
もしウィリアムがマジパラの攻略対象でなければ、心から喜んでドレス選びに付き合えるのだが。正直私は、今後のウィリアム対策を考えたくて、それどころではない。可能な限り迅速にドレスを決めてもらい、自室に戻れることを願っていた。
だがそこに、救世主がきた。
アンソニーだ。
私の胸中を知らないアンソニーは、ニッコリ笑顔で部屋に入ってきた。肩にはちょこんと守護霊獣のモズが乗っている。
アンソニーとジェシカは珍しい異性一卵性双生児で、容姿がそっくりだ。
ジェシカ同様、アンソニーも輝くようなブロンドの持ち主で、澄んだ碧い瞳をしている。ミルク色の肌は艶があり、身長は平均的で、一見すると優雅な貴公子。
だが実際は、父親から毎朝武術の訓練を受けているだけあり、筋肉もついている。でも父親のようなマッチョではなく、程よく筋肉がついている感じ。
そんなアンソニーとジェシカが並ぶと、それはもう童話の世界の王子様とお姫様だ。
ということでまさに私のために部屋に来てくれたとしか思えないアンソニーに、ドレス選びの役目を、申し訳ないが押し付けることにした。
「ねえ、ジェシカ、ドレス選びはアンソニーにしてもらった方がいいと思うの。男性がいいと思うドレスと、女性がいいと思うドレスは違うと思うから」
「なるほど……。それは一理ありますわね。ねえ、お兄様、明日の夕食会のドレス、どれがいいと思います?」
「うーん、そうだな」
ジェシカに話をふられたアンソニーは、つかつかとウォークインクローゼットの中に入った。そして、ハンガーにかかるアンティークグリーンのプリンセスラインのドレスを取り出した。胸元、袖、ウエスト、裾、スカートの前面に、金糸で繊細な刺繍が施されているドレスだ。
「ウィリアムさまは、瞳がオパールグリーンだろう。だからグリーン系のドレスがいいと思う。初対面となる夕食会の席で、自身の瞳の色に合わせたドレスを着ていれば、自分に関心があるのかと、ウィリアムさまも気づいてくれるのでは?」
アンソニーの指摘は完璧だ。これならジェシカのドレス選びは彼にまかせて間違いない。現にアンソニーの指摘にジェシカ自身、「なるほどですわ」と大きく頷いている。
私は一歩、また一歩と後退する。
ドアの近くまで行ったら、「ドレス選びはアンソニーの目利きに従うのが一番いいと思う!」と微笑み、部屋から飛び出るつもりだった。
それなのに。
動き出した私の腕を、アンソニーが掴んだ。そしてこんなことを言う。
「ニーナはどう思う? ドレス選びは男性だけではなく、女性の意見も必要だよね」
うーん。正論過ぎて、反論できません。
仕方なく私は思ったことを口にする。
「アンソニーと私も同意見よ。何より、色も落ち着いているから、ウィリアムさまを意識しつつも、やり過ぎた感じがないのがいいと思うわ」
「ニーナもそう言ってくれるなら、これに決めるわ。それで晩餐会は……」
結局。
晩餐会と舞踏会のドレス選びも付き合うことになった。
ただ、アンソニーが即決し、それに私が意見を添え、それでジェシカがすぐに納得してくれた。だから予定よりはうんと早く、ドレス選びは終わった。
今日はもう、宿題は各自でやる感じだろう。
役目を終えた私は、ジェシカの部屋を出た。
自室に戻ろうと歩き始めると、アンソニーが後ろをついてきていることに気づいた。
「え、どうしました?」
「ニーナのことを部屋まで送ろうと思って」
「!?」
勉強部屋で宿題をやり、終わった後でも、アンソニーが部屋まで送ってくれたことはない。
いや、何度かある。でもそれは宿題の魔法で使った道具が沢山あり、持ちきれなかった時だ。今は身一つ、荷物もなく、しかもジェシカの部屋は私の隣の部屋。勉強部屋に比べ、すぐそこだ。
ただ、ウィンスレット辺境伯家の屋敷は広い。
だから部屋が隣、といっても、結構歩くのは事実。
そうであっても送ってもらう必要などないのだが……。
そんなことを私が思っているうちに部屋に到着した。
ドアノブをつかみ、扉を開け、アンソニーを見る。
「……わざわざ送ってくださり、ありがとうございます」
ウィンスレット辺境伯は、礼儀を重んじる。
理由は不明だが、部屋まで送ってくれたのなら、きちんと御礼をする。
それが常識。
私の謝意を聞いたアンソニーは頷いたので、そのまま自室へ戻るだろうと思った。アンソニーの部屋は、渡り廊下を渡った私の部屋の向かいだ。
「おやすみなさいませ」
部屋に入り、ドアを閉じようと振り返り、アンソニーが扉の内側にいることに気づく。
なぜ、部屋に入ってきたの?
訝し気に見上げると、アンソニーは右手でドアをパタンと閉じた。
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次回は「その明晰さを私に対して発揮する必要はない」を公開します。
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