66:断捨離だ。忘れろ、私~9年前の春~
その瞬間、私は凍り付く。
なんで、という言葉が頭の中をループする。
なんで、なんで、なんで、と。
ここは王都から遥か北の、ブルンデルク。
それなのに、なぜ、ここに、マジパラの攻略対象の一人がいるの!?
しかも、私の推しではないか!!
クリストファー・ウィルヘルム・リーヴス。
今は少年だが、将来彼は、この国の大魔法使いとなる。
マジパラでは王太子と人気を二分する美貌の青年で、魔力の強さのみならず、頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗、性格最高と非の打ち所のないパーフェクトヒューマンなのだ。
唯一ないのが家柄だが、これだけ揃えば関係ない。大魔法使いという肩書がついた瞬間、王族とも同等の立場になるのだから。
はあ、彼を完璧な男にするために、どれだけ課金したことか……。
でも悔いはない。
しかも今日、ゲームでも見たことがない、少年時代を目の当たりにできた。
これはとんでもないボーナス。
ついている私!
……ち、違う。そうじゃない。
そうじゃないでしょう、私!!
ともかく、あれだけ策を巡り、王都から逃れたのに、攻略対象に遭遇するなんて、あり得ない。
回れ右して、撤退だ。
「クリストファーさま、お会いできて光栄です。わたくしは、しがない地方貴族の小娘です。どうぞ、お捨ておきくださいませ。ではご機嫌よう」
優雅にドレスの裾を掴んで一礼し、その場を立ち去ることにする。
……本心は断腸の想いだ。
本当は、ここにいたい。
「待ってほしい」
そう言ったクリストファーに、腕を掴まれてしまう。
建前は、困った!
本心は、きゃぁぁぁぁ!だ。
「その立ち居振る舞いは、君が言う、しがない地方貴族のものとは思えない。その魔力の強さも。聡明さも。それに僕はちゃんと名乗った。どうか君の名前も、教えていただきたい」
クリストファーはそう言うと、その場で片膝を地面につき、ひざまずいた。
その上で私の手を取り、実に優雅な笑みを浮かべ、こちらを見上げる。
彼があの大魔法使いになるクリストファーなのだ、というフィルターもかかり、完全に腰が砕けそうになっている。
それにクリストファーは、私の推しメン。
この手を振り払うことなんて、できない……!
「……私は、ニーナ・コンスタンティ・ノヴァです。王都のノヴァ伯爵家の長女です。持病があり、療養のため、叔父であるウィンスレット辺境伯を頼り、この地に参りました」
観念して名乗ると、クリストファーは、その切れ長の美しい瞳に悲しみを宿し、私を見る。
これは……ファン垂涎ものの表情だ。
「持病……。それはどんな病なの?」
「命に関わるような、病ではありません。それに季節的なもので、その症状も、くしゃみに鼻水程度で、たいしたものではありません。空気が綺麗なこの場所で成長すれば治ると、医者からも言われていますから」
「そうなのか。重い病ではなく、よかったね」
そう言って安堵するクリストファーは……。
本当に優しい表情をしていて、天使みたいだ。
このまま見惚れてしまいそうになるが、気持ちを引き締める。
断捨離だ。
クリストファーが推しであることは、忘れろ、私。
丁度、手を離し、立ち上がってくれたので、再び会釈し、去ろうとすると。
「ニーナ……と呼んで構わないだろうか。待ってほしい」
ようやく離してくれたはずの手を、再び掴まれてしまった。
「この後、急ぎの用事があるのだろうか?」
参った。
澄みきった瞳で問われたことに対し、嘘なんてつけない。
何より、彼は私の推しなのだから……!
「いえ、特には……」
クリストファーの顔が、今度は輝くような笑顔になる。
その瞬間、周囲の景色まで、輝いたように感じてしまう。
ヤバい。
完全に、クリストファーフィルターが発動している。
彼のすることなすことそのすべてが、輝いて見えてしまう。
「用事はないのですね。ではここで、少しおしゃべりをしませんか」
「……」
攻略対象とは、関わりを持ちたくない。
でもここは、王都からかなり離れている(いい訳)。
さらに、まだ私もクリストファーも子供(いい訳)。
ならば少しぐらい話しても……(いい訳)。
「分かりました……」
クリストファーの誘いを、受け入れた。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
建前と本音で揺れ動くニーナ。
お楽しみいただけましたか(*/▽\*)
次回は「ゲームと現実の大きな違い~9年前の春~」を公開します。
明日はプチサプライズの予感が!!
それでは引き続きよろしくお願いいたします!!

























































