5:ニーナお姉様の公認ストーカーです
「ニーナお姉様! 嬉しいです。連絡をくださるのは、3年ぶりですよね!」
受話器の向こうから、天使のようなソプラノ声が響き渡る。
「……そ、そんなに経つかしら?」
「ええ。厳密には3年6カ月と12日と、えー、1時間ぶり、ですね」
「……。セス、あなた相変わらず……」
「ボクはニーナお姉様の公認ストーカーですよ」
「違う、実の弟だから。それに認めていないわよ!」
セス・コンスタンティ・ノヴァ。
私の弟で、王立イエローウィン魔法学園の2年生で現在16歳だ。
子供の頃、私に懐いていたが……。
私は8歳、セスが7歳の時に、離れ離れになった。
私がブルンデルクに旅立つ時、セスは自分も行きたいと懇願した。
だが、そんなこと許されるわけもなく。
大好きな姉と突然引き離されたセスは……。
何かのリミッターがはずれてしまった。
そして、こじらせてしまった。姉への愛情を。
私に会いたい気持ちが募りに募り、一時は毎日手紙が届いていたこともあった。しかもその手紙には、私のことが大好きで、王都に戻ってきたら一生一緒に暮らしたいと切々と書かれており……。
さすがに両親に報告し、手紙は止んだが……。
その後は毎日のように電話が鳴り、手紙同様の想いを、あの美しいソプラノボイスで切々と私に訴えた。これもこのままではヤバイと思い、両親に連絡し、止めてもらった。
以来、私はセスと連絡を取ることに慎重になっていたのだが……。
今、私は未曽有の危機にある。
悪役令嬢になれと、ゲームの抑止力により、最後の追い打ちをかけられているかもしれないのだ。
だから。
背に腹は代えられぬということでセスに連絡をとった。
数年前のセスは、背も私より低く、少し太り、身だしなみもあまり気にしていなかった。
が、王立イエローウィン魔法学園は風紀に厳しい。
当然、身だしなみにも清潔感が求められた。
その結果。
学園の制服を美しく着こなすため、身だしなみを意識するようになった。
かつ、セスは成長期に入っていたこともあり、ぐんぐん背も伸び、なんでもテニスを始めたとかで、体も引き締まってきた。元々輝くようなブロンドに、私と同じヘーゼル色の瞳、肌はもち肌。目鼻立ちも整っていた。
先日送られてきた、両親の手紙に同封されていた家族写真のセスは……。
驚くほどの美少年に変貌していた。
これなら学園でもモテるに違いない。
彼女の一人でもできて、私への執着も収まるだろうと思っていたのだが……。
「それで、ニーナお姉様、ボクの声を聞くために電話をくれたのですか? それは嬉しいな。本当に。でもお姉様、声だけではなく、会いたいのですが……」
相変わらず、こじらせた状態が続いている。
とりあえず用件を切り出し、早めに電話を切ろうと心に誓う。
「セス。重要なことなの。聞いて頂戴。セスが通う学校の3年生に、ユーリア・ブランデという女生徒がいるのだけど、知らない? メリア魔法国第三王子のウィリアム・フィリップ・ブルーム、筆頭公爵家の嫡男グレッグ・M・ディクソンとかとつるんでいるから、有名人だと思うのだけど」
「知っていますよ。学園で有名ですよ。フランシス・ニール・ブルーム、この国の王太子と付き合っていると噂されていますよ。筆頭公爵家の嫡男グレッグとの噂も、一時あったみたいですが、本命ではないと。それとウィリアム第三王子は転校したと聞きましたよ」
ううんんん!?
ヒロイン・ユーリアは、王道ルートの王太子を攻略しているの?
「なるほど。そのユーリアが転校するとか、そんな噂は?」
「聞かないですけどね。王太子とうまくいっているのに転校するとか、ないと思いますけど。それより、何でお姉様はユーリアのことが気になるのですか? というか、そもそもなんでユーリアや第三王子や筆頭公爵家の長男のこととか、知っているのですか?」
あ、これは面倒なことになる。切ろう、もう切ろう。
「あ、セス、ごめんなさい。お夕食の用意ができたって、呼ばれてしまったわ。そう、オステオスペルマムで押し花を作って、栞を作ったの。セスに送るわね。ではご機嫌よう」
有無を言わせずで電話を切った。そしてメッセージカードに御礼の言葉を書き、オステオスペルマムの押し花で作った栞を同封し、封をする。一方的に切る形になったが、手作りの栞が届けば機嫌はなおるはず。
それにしても。
ユーリアが王太子に向かっているのなら。
ブルンデルクにユーリアがやってくる可能性は限りなく低い。
となると、もしゲームの抑止力が、私に悪役令嬢になることを求めているなら……。
私が王都へ行き、王立イエローウィン魔法学園に転校する必要がある。
え、もしや私を王都へ連れ戻すために、ウィリアムはここへやってきた?
ユーリアが王太子を攻略しているなら、ウィリアムは恋に破れたことになる。しかもユーリアが選んだのは、ウィリアムの兄だ。ウィリアムは、ハートブレイクで悲しむのではなく、気持ちが怒りへと向かったのだろうか? 兄である王太子とヒロイン・ユーリアとの恋を邪魔してやろうと考えた?
そしてウィリアムの考えとゲームの抑止力が呼応し、私がいるこの地に、ウィリアムを導いた……?
悪役令嬢である私を担ぎ出し、二人の恋路を邪魔させるつもり!?
もちろんウィリアムは私が悪役令嬢とは知らない。だがゲームの抑止力がウィリアムを私に向かわせ、ウィリアムは自然と私が王都へ向かうよう導くことになるのだろう。
もしそうであるならば。
絶対にウィリアムには近づかないようにしよう。
卒業まであと1年を切っている。
絶対に、逃げきって見せる。
悪役令嬢になんかならない。
「ニーナさま」
扉をノックする音が聞こえ、私付きの侍女のケイトが顔をのぞかせた。
ケイトはリスみたいな顔立ちをしている。
大きな黒い瞳、緩くウェーブしたモカブラウンの髪。
メイド服がよく似合っている。
「あ、ケイト、丁度よかった。この手紙、お願いしてもいい?」
「もちろんでございます。ニーナさま、お夕食の準備ができましたよ」
「分かりました。今、行くわ」
私は封筒をケイトに渡し、ダイニングルームへ向かった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「逃げ場がない!!」を公開します。
明日もよろしくお願いいたします。