46:最後の日
最後の日の朝は、ハヤブサの「キッ、キッ、キッ」という鳴き声で目覚めた。
私のところへ降りてきたハヤブサは……。
嘴にくわえていたネモフィラを渡してくれた。
「……もしかしてこの森にも、ネモフィラが咲いている場所があるの……?」
そばにいる銀狼を見るが、プイっとそっぽを向かれてしまった。
……怒っているのかな。いや、怒っている。
それはそうだろう。
オリエンタル美女に、私は亡き者にされる。
それなのに。
私を殺したオリエンタル美女の求愛を、受け入れろと言ったのだ。
その上で「生きて、お願い」と告げた。
残酷だ。
もし自分が逆の立場で、そんなことをクリスに言われたら……。
到底受け入れることなんてできない。
あまりにも残酷な提案をしてしまったと思う。
「クリス、ごめんなさい。昨晩、私が言ったことは……あなたの気持ちを、これっぽっちも考えていなかったわ。クリスの立場になって考えたら……。無理だよね。オリエンタル美女の求婚を受け入れるなんて」
銀狼の体をギュッと抱きしめた。
「怒っている気持ちは分かるわ。でも今日が最後なの。図々しく勝手なお願いだと分かっている。……でも仲直り、してもらえない?」
しばらく沈黙が続いたが、銀狼が唐突に立ち上がった。
そしていつもの背中に乗る時の姿勢になってくれた。
「ありがとう、クリス」
ハヤブサがくれたネモフィラを耳に飾った。
ポケットを見ると、ちゃんとアマガエルもそこにいる。
銀狼の背に乗った。
◇
昨日と同じ。
泉で顔を洗い、焚火をして魚を食べて、ペパーミントの葉で口の中をすっきりさせて。
移動しながら木の実を集めた。
「ねえ、クリス、お願い。ネモフィラが咲いている場所に連れて行って欲しいの」
今日が、私にとっては最後の日であり、最期の日。
そして奇しくもこの黒い森に、ネモフィラが咲いている場所があると分かった。
ネモフィラが咲く場所。
二人の思い出のネモフィラの花畑には、行くことができない。
黒い森からは……出られない。
でもネモフィラが咲く場所に行けるなら……。
ネモフィラが咲く場所で、私とクリスは出会った。
ならば最期のお別れも。
可憐なこの花の咲く場所でできたら……。
「クリス……?」
反応がないので、もう一度その名を呼ぶと。
銀狼は鳴くことも頷くこともないが、背中に乗れるよう、身を屈めてくれた。私はお礼を言ってその背中に乗る。
移動を始めると、ハヤブサが先頭を切って飛んでいる。
まるでネモフィラの花が咲く場所に、導いてくれるようだ。
銀狼もそれに気づいたのか、ハヤブサの後を追うように走り出した。
その背中につかまりながら。
もう、許してくれないのかな。
そんな思いで頭が占領される。
そう簡単には、許してもらえないよね。
それでもちゃんと、私の希望を聞いてくれている。
これ以上を求めては、ダメだよね。
泣くつもりはないのに。
泣き虫な私は、またも涙をこぼしていた。
しばらく移動を続けていた時。
ポケットの中から「ゲロゲロゲロゲロ」とアマガエルの声が聞こえた。
どうしたのかと思い、ポケットを見るが、銀狼は走り続けており、手を離すことはできない。ふと顔をあげると。
先導していたハヤブサの姿がない。
銀狼の頭に止まっているかと思ったが、そこにもいない。
もしかしてアマガエルは、ハヤブサとはぐれたことを伝えてくれた……?
「ねえ、クリス」
声を出すが、銀狼は気づいてくれない。
どうしよう……。
でも。
どの道、今日の夕方には、ハヤブサともお別れしないといけない。
お別れするのが少し早まってしまった。
そう思うことにした。
思うことにしたが、心にぽっかり穴があいてしまったようだ。
心に痛みを感じる。
ハヤブサと共にいた時間はわずか。
それでも、絆を感じ、思い出ができていた。
私を失ったらクリスも
この痛みを感じるのだろうか。
……当然、感じる。
9年間待ち続け、ようやく再会できたのだ。
少しずつ新しい思い出だって、作ってしまった。
目の前で私が命を落とした時。
クリスが感じる心の痛み。絶望的な苦しみ。
それを想像すると……。
その瞬間。
全身から力が抜けそうになる。
慌てて手と太股に力を込める。
しっかりして、ニーナ。
ちゃんと銀狼につかまるの。
自分で自分にエールを送り、歯を食いしばった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
今のクリスの胸中は……。
次回は「ダメ。それだけはダメ。」を公開します。
それでは明日もよろしくお願いいたします。
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