45:生きて。お願い
縦穴に戻り、焚火を用意すると、私はすぐに銀狼のそばにいった。
驚いたように私の顔を見ていたが、前足の近くに腰をおろすと、昨晩のように寄り添ってくれた。
温かい。
柔らかい毛に包まれ、このまま一気に眠りに落ちそうになったが、必死に目をこじ開ける。
「ねえ、クリス、聞いて欲しいの」
銀狼が、顔を私の方へ向けた。
「とても大切なことだから、最後まで聞いて」
「分かったよ」と答えるように、首を縦に振ってくれた。
ふうっと息を一度はいてから、口を開く。
「不可抗力とか運命とかってあると思うの。そして私は今まさに、その真っ只中にいる。残念なことだけど、明日のこの時間、私はこの世界に存在していないと思うの……。ごめんなさい、クリス。話していなかったのだけど、明日、オリエンタル美女がここに来るの」
銀狼の瞳が、動揺していることを物語っている。
オリエンタル美女にこの縦穴に落とされ、銀狼の背中で人間の姿に戻った時。
驚いた銀狼に、私は投げ飛ばされるような形になった。
つまり、あの時の銀狼は眠っていた。
だからオリエンタル美女の言葉を聞いていない。
つまり銀狼は、二日後に美女が来ることを知らなかった。
そして美女が来ることを話したのは、今が初めてだ。
「落ち着いて、クリス。オリエンタル美女は明日来なくても、いつかここに来るでしょう? そうしたら、ね。どの道、私は……。あの美女、規格外で強いから、倒せない。だからごめんね、クリス。私はあなたを置き去りにすることになる。でも、生きて欲しいの。クリスに。分かる?」
銀狼は微動だにしない。
でも聞こえているはずだ。だから話を続ける。
「私がいなくなれば、あなたはまた独りぼっちになる。こんな場所で、魔獣の姿で。孤独にここで一生終える必要なんてない。クリスには生きて欲しいけど、それはここでなんかじゃない。王都には、あなたの帰りを待つ人が沢山いる。だからそこに戻って欲しいの」
一気に話して、苦しくなり、深呼吸をする。
「不本意なことかもしれない。到底受け入れ難いことかもしれない。でも私がいなくなったら、オリエンタル美女を受け入れて。あなたが美女を受け入れれば、人間に戻れる。そうしたら魔法だって使える。逃げて。転移魔法で。できるだけ遠くへ。そして生きて。お願い」
最後まで言うことはできたが、その瞬間、感情が昂り、涙が溢れ出た。
せっかくクリスに出会えたのだ。
たとえ過去の記憶がなくても。
これから新しい思い出を二人で作って。
クリスと一緒に生きていきたかった。
オリエンタル美女の求婚など。
受け入れて欲しくなかった。
ウィルは。
オリエンタル美女の圧倒的な強さを瞬時に見抜いた。
僕が死ねば全て終わる。逃げきれば勝ち。
そう言っていたのに。
あの美女には勝てないと気づいていたのに。
立ち向かった。
私だってウィルのように。
勝てる見込みがなくても。
立ち向かいたかった。
悔しい。
最弱ちゃん。
オリエンタル美女は私のことをそう評した。
たいした魔力がないから。
でも魔力があったとしても。
ウィルで勝てない相手。
私では到底勝てないと、諦めていただろう。
そう。
もう既に私の心は折れている。
ウィルが召喚した不死鳥。
召喚できる霊獣の中では、最強の部類に入る。
それがほんの数十秒で消されていた。
何度切断されても、脅威の回復魔法で。
首を再生させていた。
あんな一方的で、暴力的な魔法は、初めて見た。
美女の圧倒的な魔力と強さ。
あれを目の当たりにした時に。
何よりも『奇跡の子』であるクリスが。
メリア魔法国で最強の魔力を持つクリスが。
魔獣の姿に変えられていると分かった瞬間に。
私の心は、もう折れていたのだろう。
だから。
こんな手段しか思いつけない。
自分では太刀打ちできない、でもクリスは生きてと。
オリエンタル美女を受け入れてと。
自分の不甲斐なさに、呆れてしまう。
自分の愚かさに、情けなくなる。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
こんな弱い人間で。
ごめんなさい、クリス。
私は銀狼に抱きついた。
涙が止まらず、気づけば私は……そのまま眠りに落ちていた。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
(。T-T。)
次回は「最後の日」を公開します。
それでは明日もよろしくお願いいたします。
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