43:今という時間を大切にしよう
銀狼が寄り添ってくれたおかげで、ぐっすり眠ることができた。
まだまだ眠ることもできたが「ケロケロケロケロ」の鳴き声で目覚めることになった。起きた私を銀狼は、昨日の泉に連れて行ってくれた。そこで顔を洗い、手足を洗い、さっぱりできた。
アマガエルも嬉しそうに泉で泳いでいる。
私が水浴びしている間に、銀狼は川で魚を捕まえて来てくれた。焚火をして魚を焼いて食べた。ペパーミントの葉で口をスッキリさせると。
今日の夜に備え、焚火に使う木の枝を集めた。それを縦穴に運んだ時だった。
縦穴に何かが入ってきた。
「!?」
ものすごい勢いと速さで縦穴の中を旋回した後……。
銀狼の頭の上に何かが止まった。
「ハヤブサ!?」
「ゲロゲロゲロ」
「!!」
私は慌てて地面にいたアマガエルをポケットに隠した。
だがハヤブサはじっとしている。
銀狼も頭にハヤブサがいると気付いているのに、おとなしくしている。
てっきりアマガエルを狙って飛んできたかと思ったが、違うようだ。
それにしても、毛並みというか、羽が息を飲むほど美しい。背中の黒い羽は艶があり、お腹側の白い羽の縞模様も綺麗に浮き出ている。とても野生とは思えない。
銀狼が姿勢を変えても、ハヤブサはまるで置物のように同じ場所で鎮座している。何か悪さをするようにも思えない。きっと気が付いたらいなくなっているだろう。
「ねぇ、クリス。私、黒い森に足を踏み入れたのは初めてなの。鬱蒼とした森だと思っていたけど、連れて行ってくれた泉はとても美しかった。他にもどこか素敵な場所があったら、案内してもらっていい?」
本当は9年前にクリスと私はどんな風に出会い、どんな話をしたのか、そしてどんな1週間を過ごしたのか。それを聞きたいという気持ちもあった。
でも言葉を話せない銀狼から、思い出を聞き出すのは難しい。それに過去の出来事を聞くより。今そばにいる銀狼と過ごす時間を大切にしよう。
そう思えた。
そんな私の意図は伝わるはずはない。でも銀狼は、私の知らない黒い森の素晴らしい場所に連れて行ってくれた。
最初に案内されたのは、氷の洞窟だ。
それはもう絶景だった。
洞窟の地面には、光を発する苔が絨毯のように広がっている。そしてその光は、洞窟を180度覆う氷に映りこみ、氷が美しいアイスブルーに輝いている。
なんて美しいのだろう……。
銀狼の背に乗って中に入ったので、ふわふわの毛に包まれ、寒さはほとんど感じずに済んでいる。
このままこの景色をずっと眺めていたい。
そんな気持ちになった時。
「キッ、キッ、キッ」
鳴き声の方を見ると、ハヤブサが物凄いスピードで氷の洞窟の最奥の方まで飛んでいく。気づけばいなくなると思っていたハヤブサは、縦穴を出て、この洞窟までついてきていた。
さすがにそんな奥まで行くつもりはなかったので、どうしようかと思ったのだが。
さすがハヤブサ。
あっという間に戻ってきた。
しかも、何かを脚に持っている。
「!?」
私の手に乗せられたのは、輝くような碧いクリスタルの欠片だった。
「私へのプレゼントなの?」
再び銀狼の頭の上にちょこんと乗ったハヤブサは、コクリと頷いたように見えた。なんだか微笑ましい気持ちになりながら「ありがとう」と伝える。
氷の洞窟を出ると、銀狼は再び移動を開始した。
移動しながら、木の実や果物を採取し、辿り着いたのは、滝壺を見渡せる崖の上だった。
「ここでお昼休憩ね?」
私が尋ねると、銀狼は頷く。
葉っぱの上に先ほど採取した果物を並べると、アマガエルとハヤブサもそれぞれ気になったらしい木の実を食べ始めた。
ウルフと言えば、当然肉食……と思ったのだが。
銀狼は、今、果物を食べている。
果物を食べるのは意外だった。
今朝は魚を一緒に食べていたし、なんでも食べるのかな?
でもなんとなく、私がいるから肉は食べないようにしているのかな。
そんなことも思いつつ、昼食を終えると、見下ろしていた滝壺へ降りることにした。
いざ滝壺の近くへ降りてみると……。
これまたすごいことになっていた。
まさに大瀑布。
水分を含む風がものすごい。
あちこちで虹も見えている。
「あっ」
私の肩にいたアマガエルがまさかの滝壺へダイブしてしまった。
「待って」
滝壺へ近づこうとした私を、銀狼が止めた。
「でも……」
振り返り、銀狼の目を見ると、それは「危険だ」と訴えている。
ポケットに入れておけばよかった。
あんな小さな体で、こんな滝壺に墜ちたら……。
そう思い、落ち込んだ時。
滝壺から何かが飛び出したと思ったら、私の頭に何かが乗っかった。
「!?」
慌てて頭に手をやると、アマガエルだ。
「良かった!」と思うのも束の間、アマガエルが突然、口から何かを吐き出した。
ビックリしたが、私の手の平に現れたのは、透明なクリスタルの欠片だ。
「え、もしかして、ハヤブサが私にプレゼントをしていたから、あなたも真似したの?」
するとアマガエルは「ゲロゲロ」と、まるで「そうだよ」と言うかのごとく鳴いている。
黒い森で出会った仲間に、どんどん愛着がわいてしまう。
私に残された時間は少ないのに、こんな風に絆をつなぐのは……。
いや、前向きに考えよう。
これも旅立つ私のために、神様がくれた思い出という名のギフトだ。
透明なクリスタルを、碧いクリスタルと一緒にポケットにしまった。
「次はどこに案内してくれるの?」
「くうん」
甘えるように銀狼が鼻先を私の頬にすりつける。
「ふふ。くすぐったいよ、クリス」
笑いながら顔を撫でる。
「さあ、行きましょう」
銀狼の背中に乗った。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「あああ、生き返る……。」を公開します。
残された時間はわずか。
でも何か素敵な発見があったようです。
それでは明日もよろしくお願いいたします。