4:ちょっと待ったーーーーー!
「今の時期になって、と思ったのだけど、私のクラスに転校生が来たの。ニーナも噂でもう聞いているわよね?」
「転校生……? 私、朝から守護霊獣の召喚に失敗して一日中落ち込んでいたから、その噂、知らないかも」
でも言われてみれば、今日一日女子生徒が浮ついていたような。
私と仲がいいクラスメイトのメグも、何か転校生がどうのと言っていたが、呆けていた私はろくに聞いていなかった気がする。
「この国の、メリア魔法国第三王子のウィリアム・フィリップ・ブルームさまが転校してきたのよ」
「ちょっと待ったーーーーー!」
思わず前世のノリで、大声で立ち上がってしまい、慌てて椅子に座り直す。
「ジェシカ、ごめんなさい。なんでもないの。今、守護霊獣の召喚を失敗して、終業のベルが鳴った瞬間を思い出してしまっただけで」
背中に汗がだらだらと伝う。
「まあ、そうなのね。本当に……ニーナ、お気の毒だわ」
ジェシカが眉をひそめる。
「そ、それで、えっと、転校生、第三王子、でしたっけ?」
「ええ、そう。ウィリアム第三王子。とても素敵よ」
そう言ったニーナはウィリアムについて語りだす。
ニーナに言われずとも、ウィリアムの姿・性格はよく分かっている。
なにせ私がどっぷりハマっていたマジパラに登場する攻略対象の一人で、悪役令嬢ニーナに修道院送りを言い渡す人なのだから。
ウィリアムは、綺麗なブロンドベージュの髪にオパールグリーンの瞳、女性みたいなすべすべの肌の美少年だ。小顔で、華奢だが、魔力が恐ろしいほど強い。
でも落ち着いた性格で、優しく、ヒロインにとっては癒しの存在だったはず。
というかなぜ今更私がいる魔術学園に転校してきた!?
王都でヒロインに攻略されている最中じゃないの?
こんなところへ来ている場合!?
私はジェシカの語りが終わったタイミングで尋ねる。
「ねえ、ジェシカ、ウィリアムさまはなぜこのタイミングで転校なんてしてきたの?」
「先生が言うには、見聞を広めるために、だそうですわ」
見聞を広める、だと?
そんなわけはない。
これには何か意味があるハズ。
私は魔力が弱くて、修道院送りの未来がちらついている。
そこにその末路に直結する第三王子がやってきた。
と、いうことは……。
もしやヒロインのユーリアも転校してくる……とか!?
まさかこの段階になって、私に悪役令嬢になれと?
「ニーナ、まだ顔色が悪いけど、ウィリアムさまのことが嫌いなの?」
ウィリアムを嫌いか?
嫌いも何も、とにかく近づかないでおきたい一人であることに違いはない。
「嫌いというか……。私には縁のない人なので、どうでもいいというか。できれば距離をおきたいというか」
ジェシカが困った顔で私を見る。
「ニーナ、それをみんなは『嫌い』という感情で表現すると思うわ。でも、学園の女子はみんなウィリアムさまに目がハートになっているのに……。ニーナがそんなに嫌悪するなんて、驚いてしまいますわ」
まあ、それはそうだろう。
スペックだけ見れば、ウィリアムは令嬢の心をときめかすものだ。
何より王都に住まう王族の一人なのだから。
ここ、ブルンデルクは十分に栄えていたし、王都と比べても遜色ないと思うのだが……。
それでも皆、王都に憧れ、そこに住まう王族や貴族に心をときめきかせる。そしてウィリアムには婚約者も恋人もいない。ヒロインの攻略対象だから、婚約者や恋人がいないというのもあるが、それに近いポジションになる悪役令嬢である私が王都にいないから……。
いずれにせよ、私も悪役令嬢という立場でなければ、普通にミーハー心剥き出しで大騒ぎしていたはずだ。でも現実はそうではないわけで……。
それにしても。
見聞を広めるなどという理由からして、増々怪しい。
ここは王都から遥か北のブルンデルク。
隣国との境界であり、防衛という観点では要の場所だ。
ウィンスレット辺境伯は若かりし頃、隣国であるギリス王国の三万の軍勢を、わずか3千の兵力で撃退したことがある。ギリス王国は衝撃を受け、以後、この地に侵攻することはない。
つまりブルンデルクは今となっては平和な避暑地だ。
そう。
ここは北方の地で、夏でも過ごしやすい。
だから夏になれば、王都から多くの貴族がやってくる。
でも季節は春が始まったばかり。
となるとやはり王族がこの地にくる理由はないし、どう考えても私を悪役令嬢にするためにやってきているとしか思えないのだ。
でもそのためにはヒロインのユーリアが必要だ。
ユーリアあっての悪役令嬢なのだから。
もしユーリアまで転校してきたら……それこそ危険信号だ。
仕方ない。
あまり連絡をとりたくないのだが……。
残りのメイプルバームクーヘンをかきこむように食べ終え、ロイヤルミルクティーを飲み干すと、私は自室に向かった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「ニーナお姉様の公認ストーカーです」を公開します。
明日もよろしくお願いいたします。