38:目の前に“死”がいる
人間のように重いわけではないから、ゆらゆらと落下していくのが分かる。
「最弱ちゃん、二日後にまた見に来るからね~。習性として、一気に食べきらないと思うから、痛いのは二日続く、かな? あ、でも出血死するだろうから、数時間じゃない、苦しみは? 暴れたり、抵抗したりすれば、多分、首の骨を折られると思うから、そうしたら即死かもね~?」
呑気な口調でオリエンタル美女は言葉を発しているが、発せられている内容はとんでもないことだ。そしてハッキリ理解したが、クリスは私が落下しているこの縦穴の中に囚われ、人ではなく変身魔法で魔獣に変えられているのだろう。
しかしどうして魔獣に変えたのだ?
クリスと結婚したいなら、もっとやりようがあるだろうに。
強い魔力を持ち、魔法も使えるのだから。
それこそ魅了の魔法を使い、惚れさせればいいのに。
魅了の魔法の持続時間は、込める魔力の量で変わる。
だがあのオリエンタル美女なら相当魔力がある。
永続に近い形で魅了の魔法を維持できるはずだ。
それなのに魔獣に変えるなんて……。
それにしても。
なんであのオリエンタル美女は『奇跡の子』なのに、あんなに狂ってしまったのだろう?
天才も過ぎると狂うということなのか……。
狂うと言えば……。
魔獣に変えられたクリスはどういう状況なの?
人を喰らうほど狂っているの!?
というか。
彼もまた『奇跡の子』で相当強いはずなのに。
なぜ負けた?
同じ『奇跡の子』だったけど、ウィルの話からすると、オリエンタル美女の方が年上。
経験値の差で負けた?
負けて、魔獣に変えられて……、でもその変身魔法をなぜ解術しないのだろう?
変身魔法で姿を変えられても、人間の言葉は話すことができる。結局魔法で変わるのは見た目だけで、中身は変わらない。だからこそ私もネモフィラの姿でも、こうやって思考できるわけで。魔獣に変えられ、人間の言葉が話せないというわけではないはずだ。
解術できないほど複雑な変身魔法をかけられた?
それとも言葉をも、オリエンタル美女に奪われたということ?
「!!」
落下がとまり、ふわふわの毛の上に着地した。
「あー、ようやく到着した? もっと重いものに変身させればよかったわー。あー、でもそうしたらクリスが潰れちゃうか。では、最弱ちゃん、楽しいクリスとの晩餐の時間を! 変身魔法解除」
その瞬間、自分の体が膨らむように大きくなり、あっという間に元の人間の姿に戻り、背中や手にふわふわの毛を感じたと思った刹那。
「きゃあ」
突然、体ごと投げ出され、ごつごつとした岩壁に激突した。
「……痛っ」
痛みで地面に伏せたまま動けない。
「ふふ♡ 始まったみたいね。じゃあーねー、最弱ちゃん!」
オリエンタル美女の言葉に腹が立ち、顔を上げた瞬間。
本能的に死を自覚した。
目の前に“死”がいる。
血の気が引き、体温が急激に低下しているように感じる。
丁度影になり、そこに何がいるのかハッキリとは分からない。
でも大きさとしては馬ぐらいだろうか。
光るような瞳が見えている。
じっとこちらを見ている。
いつ襲い掛かって来るのかという恐怖で動けない。
自分の心臓の音だけ、とんでもない大きさで感じられ、他の物音が一切感知できない。
身動きがとれず、息を押し殺した状態が続く。
得も言われぬ緊張状態が続く中、オリエンタル美女の言葉を思い出す。
――「暴れたり、抵抗したりすれば、多分、首の骨を折られると思うから、そうしたら即死かもね~?」
じわじわなぶられて死んでいくのは避けたい。
だったらもう、即死ルートを選びます。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
即死ルート((((;゜Д゜))))
次回は「凄惨な場にふさわしくない鳴き声」を公開します。
何やら場違いな声が?
明日もよろしくお願いいたします。