38:まさか、夢落ち!?
レンガ造りの重厚な役所の建物の中に入ると、すれ違う人が皆、その場で立ち止まり、まずはウィンスレット辺境伯に敬礼をする。ここ、ブルンデルクにおいて、ウィンスレット辺境伯を知らない人は……いないと思う。
次にクリスを見て、そして着ている軍服の胸元に、国王陛下直属を示すエンブレムを見つけ、さらに背筋を伸ばして会釈する。ブルンデルクではあまり見かけることのないエンブレムだが、特徴ある獅子の姿は、メリア魔法国で暮らしているなら一度は見たことがあるはずだ。
クリスにエスコートされ、役所の建物内を歩いているうちに。
私はだいぶ落ち着いてきていた。
ウィンスレット辺境伯の後ろ、そしてクリスと私の前を歩く銀狼とその背に乗ったミルキーにも、注意を向けることができるようになっている。
こうして住民登録を管理する職員が座る窓口に向かうと……。
窓際奥に座っていた、どう考えてもその場のトップと思われる年配の男性が、窓口に駆け寄った。そしてウィンスレット辺境伯に声をかける。
「ウィンスレット辺境伯様! いかがなされましたか!?」
何事かと、その場にいる職員が椅子から腰をあげている。
役所は月曜日と土曜日がお休みで、日曜日は通常業務。手続きに来ていた貴族や街の人も、こちらに注目している。
「この二人の婚姻届けの提出の付き添いで来たんだよ」
「なるほど!」
ウィンスレット辺境伯様に声をかけた、白髪交じりの眼鏡の男性が、クリスと私を見た。すぐに笑顔になり、「婚姻届けはお持ちですか?」と優しく問いかけてくれる。周囲の職員や手続きに来ていた人達の顔にも、笑顔が浮かんでいた。
クリスは「はい、これを。よろしくお願いします」と、婚姻届けを提出する。
「承ります」と答えた眼鏡の男性は、クリスから恭しく婚姻届けを受け取った。すぐに彼の周りに職員が集まり、「自分が確認しましょうか」「おい、台帳を持ってこい」と、一斉に動き始めてくれる。
だが眼鏡の男性が婚姻届けを広げた瞬間。
「えっ」「あっ」「本当に?」
職員たちから驚きの声が漏れる。
その後はもう囁き声で「え、国王陛下のサイン?」「これ、本物ですか?」「本物……だろう。だってウィンスレット辺境伯が付き添っているんだ」と、まずは国王陛下のサインに驚愕する。
次に。
「え、大魔法使いメイズ様!?」「というか、この男性って……」「大魔法使い見習いのあのクリストファー様では?」と、大魔法使いメイズのサインから、クリスが何者であるか悟り、今度は騒然とする。
だがすぐ、あの眼鏡の男性が「ごちゃごちゃ言っていないで手続きを進めるんだ!」と一喝し、皆、作業を再開させた。
予想していたとはいえ、皆のことをビックリさせてしまった。でも眼鏡の男性の一喝の後は、皆、迅速に動いてくれて……。
その結果。
「クリストファー・ウィルヘルム・リーヴスさん、ニーナ・コンスタンティ・ノヴァさん」
眼鏡の男性から名前を呼ばれ、身分の確認などを行い、いくつかの質問に答え、その結果。
「確かに、こちらの婚姻届け、受領いたしました。これで手続きは完了です。お若い二人に幸あれ」
そう言ってもらえた。
同時に。
その場にいた職員から拍手をもらうことになる。
その瞬間。
クリスと顔を見合わせ、安堵と喜びで笑顔になる。
写真家がカメラ―のシャッターを切りまくっていた。
ウィンスレット辺境伯が拍手し、遠くの席の職員や、手続きにきている沢山の人からも拍手をもらうこととなった。
◇
役所から馬車に戻るまで、クリスにエスコートしてもらう私は、再びふわふわした気持ちになっている。
ちゃんと、婚姻届けは受理された。これでクリスと私の婚姻関係は成立したのだ!
いまだ夢のようだが、これは現実。
……現実、よね?
まさか夢落ちなんてこと、ないわよね……?
「ニーナ、どうしたの? 突然、暗い顔になって」
クリスはどうやら私をエスコートしながら、ずっとこちらを見ていたようだ。私の心境の変化に瞬時に気付いていた。
「……あまりにも嬉し過ぎて。一周回って不安になってしまったの。もしかしたらこれ、夢なのではないかって」
すると私の言葉を聞いていたウィンスレット辺境伯が、盛大な笑い声を挙げた。この笑い声だけで、目が覚めるというか、ちょっとした不安が吹き飛んだように感じた。
「ニーナ、これが夢なわけないだろう。間違いなく現実だ。ここはブルンデルクで、ニーナは黒い森でクリストファー様に助けられた。そして王都に向かい、国王陛下から彼との婚約を認められたんだ。その後、クリストファー様は王命を受け、ブルンデルクにやってきて、我が離れで暮らしていらっしゃる。そこでニーナはクリストファー様との愛を深め、今日、婚姻関係を結んだ。それは事実。このわたしが保障する」
ウィンスレット辺境伯のこの言葉は、声の力強さは勿論、その簡潔で明確な説明に、この半年間を振り返ることができた。同時に、夢ではなく、これが現実であると、実感することになった。
「ニーナ、ウィンスレット辺境伯が言う通りだよ。僕は銀狼と同化していた時、何度もニーナと再会する夢を見ていたけど……。これは夢ではない。現実。ニーナと僕はちゃんと婚姻届けを出して、受理してもらえたよ」
クリスの言葉に銀狼が珍しく「ウォン」と鳴いた。するとミルキーまで「キュゥン」という初めて聞く声で鳴いている。まるで銀狼とミルキーまで「これが現実だよ!」と言ってくれているようだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
現実だよ、ニーナ!
次回は明日『ブルンデルクのみんなの想い』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。
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そしてこの姿はヒロインではない。
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双子という設定はないのに。どういうことですか?
しかも悪役令嬢であるダイアンは、断罪されたがっている!?
私、ダイアナは、家族と一族の平和のため、断罪なんて反対です!!
断罪されたい悪役令嬢VS.断罪されないでほしい私の攻防戦が今、幕を開ける――!

























































