37:クリスの正体は?
しばらくは茫然としていた。
オリエンタル美女の言葉が頭の中でぐるぐる回るばかりで、思考できない。
ただとんでもなく美しい星空の中を飛んでいるうちに、よく分からないが世界との一体感を覚えた。それは私が今、ネモフィラという花の姿に変身しているからかもしれない。風を感じられることを、心地良いと思えた。
人間以外の姿になるなんて、人生初。
しかも花。でもネモフィラで良かった。
何度も夢に登場した可愛らしい花だ。
……。
……その時の記憶はない。
でも私が愛を誓ったらしい彼と出会った場所に咲いていた花なのだから。
……。
……。
……。
どうして、こんなに風が当たっているのに、吹き飛ばされないのだろう?
吹き飛ばされれば、これから見る悪夢から逃れることができるのに。
オリエンタル美女は向かっている。
クリスという者がいるところへ。
そこについたら私は人間の姿に戻される。
そしてクリスは私を見て喜ばず、苛立つ。
苛立って私を喰らうという。
クリス……人の名前かと思ったけど、人を喰らうということは魔獣か何か?
オリエンタル美女が飼っているペット?
ともかく私は喰われ、残った肉片は、正門に届けられる。
私と分かる形で。
それを見つけたウィルは悲しみ、悲しみに暮れるウィルを見て、ジェラルドも心を痛める。
ウィルとジェラルドの心を傷つけたうえで、なぐさめる……?
何がしたいの、このオリエンタル美女は?
こんな狂った美女、マジパラの世界にいた?
もうマジパラの世界観から大幅に逸脱している気がする。
というか、この美女、誰なの?
そこで私はノドに刺さった小骨のように、何かが気にかかる。
何、何が気になっている!?
オリエンタル美女と遭遇して以降の記憶を辿り……。
そうだ!
そう。
学園にはとんでもなく強固な防御魔法が展開されている。幾重にも。外から侵入しようとすれば、それは感知され、侵入者は妨害を受ける。でもその反応が一切なかった。いきなりオリエンタル美女は出現した。そんなことができるのは、彼ぐらいと私は思った。
彼、そう『奇跡の子』。
この国おいて王族の魔力は強大。その魔力は遺伝する。そして王族は代々魔力の強い者との婚姻を重ねているので、とんでもなく強い魔力を有している。その中でもウィルは群を抜いて強い魔力の持ち主だ。
そのウィルを以てしても、制圧しきれなかったオリエンタル美女。
となるともうこの美女は……間違いない。
ギリス王国の『奇跡の子』だ。
……。
…。
それが今更分かったところでどうというのだ。
私はクリスという魔獣に喰われる。
この事実をウィルに伝えることはできない。
いや、伝えるまでもないだろう。
ウィルはオリエンタル美女と戦っている。
そのあり得ない強さから、とっくに相手が誰であると気付いているはずだ。
はぁ……。
事故で死んでマジパラの世界に転生して、今度は魔獣に喰われて……。
また転生できるのだろうか?
またやり直しをするのだろうか?
魔獣クリス。
魔獣……。
ちょっと待って。
クリスって本当に魔獣……?
記憶を再び探る。
オリエンタル美女の言葉を思い出す。
!!
クリスの魔法がかけられていると言っていなかったか?
魔力を抑えるための魔法をかけられていると、見破っていなかったか?
クリスに嫌われていると指摘していなかったか?
「「「していた!!!」」」
すべての疑問の答えは一致している。
つまり、クリス=彼、だ。
クリスこそウィルが探していたあの彼だ!
そうだ、オリエンタル美女は言っていた。
「クリス以来の収穫ね~」と。
3年前のあの日、彼……クリスは自身の魔力の痕跡を追い、学園の花畑に行ったのだ!
防犯カメラの写真に記録がないのは、クリスが『奇跡の子』であり、魔法を使ったからだろう。オリエンタル美女と同じように、防御魔法に感知されることなく、学園の敷地内にあるネモフィラの花畑に辿り着いた。そこであの美女に出会ってしまった。
オリエンタル美女はなぜそこにいたのか……。
推測だが、美女もまた『奇跡の子』。
だからクリスがネモフィラの花畑に残した魔力の痕跡を検知した。
ただの魔力ではない。
同じ『奇跡の子』の魔力の痕跡だ。
そこから自分と同じ『奇跡の子』が、これを残したと気付いたのかもしれない。
同じ『奇跡の子』だ。
会ってみたいと思ったのかもしれない。
そして毎年、春になるとネモフィラの花畑に来ていた。
空振りで終わったが、ついに出会えた。
出会えたが、クリスは慌ただしく転移魔法を使っていた。
ということは、オリエンタル美女から逃げた。
逃げた。
まあ、逃げる気持ちは分かる。
なんというか、ウィルやジェラルドに対する態度を見ていれば。
あれはまるで……飲み会で同席した異性を品定めしているみたいだ。
それにそう、はっきり言っていた。
「どの子をお持ち帰りしようかしら?」と。
あのオリエンタル美女はもしかして自らのDNAに従い、より魔力の強いパートナーを求めていたのでは? そしてクリスを見つけ、求婚した。だがクリスは私との婚約を考えていたから、断った。でも美女はそう簡単にあきらめるわけもなく、クリスに迫った。その結果、クリスは美女に負け、囚われた……? 囚われ、それから……。
「さあて~、到着よ」
考え事に集中しすぎて、周囲の確認を怠っていた。
慌てて見渡すが、暗くてほぼ何も見えない。
かろうじて夜空と星が見える。
でもなんというか親近感を覚える。
ここは……森の中だ。
同じ植物同士、何か共鳴できる。
この気配から察するに、相当の木が生えている。
「!!」
またもオリエンタル美女に摘ままれた。
摘ままれ、ぶわんと移動する最中、美女の肩から降りるキットゥの姿が見えた。相変わらず巨大に見える。
「今、人間に戻して落とすと即死よね。それじゃ意味ないから、落としてから解除ということで」
オリエンタル美女はそう言うと、私から手をパッと離した。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「目の前に“死”がいる」を公開します。
ニーナ、大ピンチ! でも……
明日もよろしくお願いいたします!