19:食欲旺盛
「すごい人だ。もうこの先に行くのは無理だろう。馬車はここで降りよう。……帰りは、アミル、クリス。申し訳ないが、二人の転移魔法を当てにしていいか?」
ウィルの言葉にアミルとクリスは「まかせとけ!」「勿論だよ」と即答する。こうして私達は巨大噴水広場のはるか手前で馬車を降りることになった。
ビールフェスティバルの初日。
開始時刻は10時半。
今は10時ちょっと前だが、もうどこもかしこも人で溢れている。
「なんだか今年は例年以上に人が多く感じるわ」
馬車を降りたジェシカの言葉に、既にどこかでビールを飲んだらしいおじさんが陽気に答える。
「この夏のブルンデルクには、王都から沢山の有名店が期間限定で出店していた。それは王都でも話題になったし、他の都市でも噂になった。みんなの関心がブルンデルクに向いて、このビールフェスティバルにも王都は勿論、いろんな都市から人がやってきている。ホテルもみんな、満室だってさ」
「なるほど! それでこの人出なのですね」
陽気なおじさんのおかげで、この混雑ぶりの原因が分かった。王都からの期間限定店がブルンデルクに沢山出店した理由……。それはクリスだ。クリスのおかげでブルンデルクは、夏以外の季節にも観光客が訪れる街になるかもしれない。
そう思うとクリスのすごさを再び噛みしめることになる。
「噴水広場まで距離がある。二名一組でゆっくり向かおう。何かみたいお店があれば声をかけてくれ」
ウィルはそう言うと、本当に。そうするのが当然、という流れでジェシカに手を差し出した。
「ジェシカ。混雑しているから。はぐれる可能性があるから手をつなごう」
「は、はいっ、ありがとうございます、ウィリアム様」
ジェシカは頬をぽっと染めて、ウィルと手をつないで歩き出す。
キリッとしたウィル。初々しいジェシカ。
なんだかいいわ……!
「アミル様、行きましょう」
アンソニーに声をかけられ、「ああ」と答え、アミルは歩き出す。なんとなく二人一組で歩く時、この組み合わせが当たり前になりつつある。
「ニーナ、僕達も行こうか」
クリスは大変嬉しそうな顔で私を見ていた。既に私の手は握っている。手をつないで噴水広場まで向かえるのが、楽しみでならないという気持ちが伝わってきて、自然と私も笑顔になる。
「ええ、行きましょう」
こうしてクリスと手をつなぎ歩き出す。
私達から適度の距離をとり、ウィルを護衛する騎士数名もついてきていた。
噴水広場には出店という形でお店が立ち並ぶが、そこに到着するまでの道沿いにあるお店も、ビールフェスティバルに協賛している。
例えば普段はテイクアウトをしていない飲食店が、食べ歩きできる料理を提供しているのだ。本屋なら軒先にビールやブルンデルクの名物料理を紹介する本を並べている。陶磁器を扱うお店は、フェスティバルの記念グラスを店頭に置いていた。雑貨屋は、フェスティバルの記念タペストリーやコインを販売している。
だから徒歩でこの通りを歩き、噴水広場へ向かっても、ビールフェスティバルを楽しむことは可能だ。
見ると前を行く四人は、ビールフェスティバルの記念ピンズを販売している雑貨屋の前で立ち止まっている。クリスと私も急いで四人に追いつく。
「ウィリアム様、この玉ねぎ型のピンズ、可愛らしいと思うのですが」
「本当だ。ジェシカ、これが欲しいの?」
「いえ、これをウィリアム様の帽子に飾ったらと思うので、私がプレゼントしますわ!」
「アンソニー、これ、ブルンデルクの街の紋章か?」
「ええ、そうですよ、アミル様」
「いいな。オレ、これを帽子につけるぞ」
「クリス、見て! これ、黒い森のモチーフのピンズよ」
「本当だね。ビールフェスティバルとは無関係に思えるけど、こんなピンズがあるのか」
ジェシカはウィルに、私はクリスに、それぞれピンズを購入し、プレゼントした。二人はプレゼントされたピンズを、今日被っている帽子に早速飾っている。一方のアミルとアンソニーも、それぞれピンズを購入し、帽子に飾った。
「おい、みんな、なんかいい香りがするぞ!」
アミルの声に皆、左前方を見る。
そこはレストランで、ビールフェスティバルに合わせ、テイクアウト料理を提供していた。出来立て熱々で提供しているのは……オニオンリング!
一袋で6つ入っているので、早速一袋を購入し、食べて見ると。
「美味しいわ!」
「ジェシカ、このマスタードをつけても美味しいよ」
ウィルはジェシカのリングにマスタードをつけ、そばにいたアミルとアンソニーにもマスタードをすすめている。クリスと私は、塩胡椒が混ざった溶かしバターに、リングをつけながら食べているが、それも美味しい。
このオニオンリングをきっかけに、みんなの食欲のスイッチが入ってしまった。
噴水広場に着くまでに、オニオンスープ、オニオンたっぷりのキッシュ、ガーリックバターで焼いた玉ねぎステーキなど、たっぷりの玉ねぎ料理を堪能した。
ただ6人でシェアしているから、満腹にはまだならない。そして目的地である噴水広場に到着した。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日『聞いたことのある声』を更新します。
気になるあの人物のその後が明らかに。
引き続きよろしくお願いいたします。

























































