14:いよいよクリスの出番
いよいよ『仮装400メートルリレー』が始まる。
仮装をしているということで、トラックに出るまで、2名の付き添いが認められていた。コンカドール魔術学園は各学年3クラス。レーンは9あるので、一発勝負で全てが決まる。
アンカーとなるクリスに付き添ったのは、私とローガン。もしもに備え、裁縫道具を手にしている。クリスは既に着替えを終えているが、黒いマントを羽織り、まだもふもふの尻尾はお披露目していないし、狐耳もつけていない。ただ、黒縁の眼鏡をつけているだけだが、既に女子達がざわついている。
「うわあ、さすがアンカーだ。強敵揃いじゃないか?」
クリスと三人、アンカーの待機位置に到着すると、ローガンがそうぼやいたが、その気持ちはよく分かる。
なにせそこには、ウィル、アミル、アンソニーと、運動神経を誇る三人が揃っているのだから。
まずアンソニーは過去二回の『仮装400メートルリレー』を制している。つまり、アンカーとして登場し、1位ゴールを見事2年連続で決めていた。しかも1年生の時は、騎士の仮装で結構な大きさの剣を担いでの1位ゴール。
2年生の時は、まさかの貴婦人の仮装で、足元こそブーツだったがドレス姿で1位を獲得している。しかも「ベスト仮装大賞」も獲得し、『美少年が令嬢に仮装し、見事な走りを見せる』とニュースペーパーの一面も飾っていた。
そんなアンソニーの今年の仮装は……クリス同様、黒いマントで隠されており、どんな姿に仮装しているのかが分からない。
一方のアミルは、実は午前の部のダンスで、宙返り、側転、跳躍とソロパートでその運動神経の良さを披露していた。これで走るのは苦手……とは思えない。でも今回、強敵にならずに済む……というのは仮装を始めたことで分かってしまう。
アミルがクラスメイトの手を借りながらした仮装は……ドラゴン。もはや着ぐるみに近い状態。どうやら順位より仮装での賞を狙いに行っているとしか思えなかった。でも確かにそちらで賞が取れるのではと思うぐらい、ドラゴンの着ぐるみのクオリティは高い。硬そうな鱗、長い尻尾と、それは目を見張るものだ。
「セルジューク第六王子のクラスには、父親が宮廷画家という奴がいるって聞いたぞ。そいつ自身は彫刻とか造形物が得意って言っていたから、これは渾身の一作なんじゃないか?」
ローガンのこの言葉には、唸るしかない。確かにこのクオリティなら、なんらかの賞をとれそうだ。チラリとクリスを見ると、校内ニュースペーパーを担当する広報委員から取材を受けている。
「ウィリアム様は何の仮装だろう? レプリカの三叉槍を持っているけど……」
ウィルは王冠も被っているし、まさか王様の仮装? 皆と同じく黒いマントをつけているから、どんな仮装かはやはり分からない。
仮装の方は不明だが、ウィルの運動神経の良さは、以前から分かっていること。これはやはり強力なライバルになりそうだ。
そこでジェシカはどんな仮装なのかしら?と思い、その姿を探すと、第三走者のエリアでその姿を発見できた。見ると綺麗なウェーブを描くブロンドはおろされ、頭には花の冠を被っている。それだけでもう、大変可愛らしい。やはり黒のマントを着ており、どんな仮装かは分からないけど、なんだか素敵そうなことだけは、伝わってくる。
「第一走者がスタートしたら、耳はつけるんだよな?」
「ええ。第二走者にバトンが渡ったら、もうマントは取りましょう」
ローガンと打ち合わせをしたところで、クリスがやってきた。
眼鏡クリス。
知的でとても素敵。
この姿を見ただけで、女生徒がざわつくのも仕方ないだろう。私だって今、デレ顔を抑えるので大変なのだから。
「いよいよだね。しかし、アンカーに知った顔がこんなにいるとは」
クリスがウィル達を見て苦笑している。
「クリストファー、アンソニー様は2年連続の『仮装400メートルリレー』の覇者だ。気を抜くなよ」
ローガンの言葉に「なるほど。さすがだね、アンソニーは」とニッコリ笑う。
あああああ!
眼鏡で微笑むクリス、最高です!
まったく緊張感がなく、デレ顔になったところでアナウンスが入る。
つまり、いよいよスタートだ。
教師による花火が打ち上げられ、一斉にスタートなった。
皆の注目は当然、第一走者に向いている。
その間に、クリスの髪に狐耳を手早くローガンと共につけた。
私のクラスの第一走者はフィッツ教頭。しかもかなり似ている。そして仮装と言っても大変走りやすいので、全力疾走をしている。傍から見ると、フィッツ教頭が無我夢中で爆走しているようにしか見えない。当然だが観客席は大爆笑となる。
ダントツでトップを行くフィッツ教頭は、そのまま第二走者の女怪盗へとバトンをつなぐ。
いよいよクリスのマントを外すが、今のところ観客はレースの行方に釘付けになってくれている。女怪盗のズボン姿に、会場の男性からどよめきが起きる。この世界で女性はスカートが常識で、ズボン姿なんて激レアなのだ。
「おい、追いつかれそうだな」
ローガンの言う通り、女怪盗の後ろを追うのは、月桂樹の冠を被り、白の一枚布を巻きつけ、マントを羽織った金髪の男子生徒。
「なるほど。あれはギリシャ神話の太陽神、アポロンでは?」
クリスの言葉にローガンと私は「なるほど!」と同時に声をあげることになる。さらにそのアポロンの後ろを追うのは……紫と白の矢絣柄模様の着物に臙脂の袴。東の国の衣装だ! まさに前世の大正ロマンを感じさせる袴姿の女子が、アポロンの後を追っている。
女怪盗は無事、妖精へとバトンタッチした。クリスはトラックに出る。
「クリス、頑張ってね!」
「うん。まかせて、ニーナ」
微笑むクリスのもふもふぶりには、既に観客席の女子が気づき、視線がこちらに集まりつつある。
一方、第三走者の妖精の後を追うのは、浴衣女子と……ジェシカ!
ジェシカは……女神様だ!
そう、いつも優しいジェシカは女神様だが、今日は本当に女神様の装いをしている。しかも矢筒を背負っていることから、その仮装はおそらく月の女神アルテミス!
なんて、なんて、綺麗なの! しかもジェシカ、想像以上に足が早い。
ジェシカが『仮装400メートルリレー』に登場するのは今年が初めてだった。いつもおしとやかなイメージが強いジェシカだが、今は違う。狩りも得意で俊敏に動けたアルテミスのように、軽快な走りを見せている。
私のクラスの妖精も頑張っているのだけど、ほぼ横並びになりそうだった。
そこでアンカーに目を向け、いろいろと納得する。
なるほど!
ジェシカからバトンを受け取ることになるウィルは、海の神ポセイドンに仮装していたのね! 三叉槍が小道具なのも納得だ。
そしてアンソニー!
アンソニーは紺色の着物に白黒縞の袴姿で、それはまるで書生さんのよう。アンソニーのクラスの走者は全員、東の国の衣装で仮装していたのね!
走者のテーマを統一させることは、思いつかなかった。これはこれでなんらかの賞をとれそうな気がした。
そうこうしているうちに、妖精のバトンがクリスへと渡る。
もうその瞬間から会場では、女生徒の歓声が沸き起こった。
もふもふクリスの狐耳と尻尾に、女生徒はもう目が釘付け。
「可愛い~!」「もふもふ~!」「触りたい~!」
もう沢山の声援が沸き起こる。
続いてアンソニーにバトンが渡ると「アンソニー様!」「生徒会長~!」「ウィンスレット様」と声援が響き渡る。
ほぼ同時でウィルがバトンを受け取ると「ウィリアム様!」「王子~!」「第二王子様~」とこちらもすごい声援だ。
残りの走者も続々バトンを受け渡しているが、コック姿の走者は帽子が吹き飛び、慌てていたり、メイド姿の走者はトレンチに乗せたティーカップで苦戦している。そんな中、アミルはドラゴンの姿で悠然と進んでいた。
コックやメイドよりはかなり前に出ているが、順位争いからは、はずれている。でもそんなの関係ないという感じで、途中、炎を吹き出すパフォーマンスを披露しながら、堂々とゴールを目指している。
一方、もふもふクリスはゴール目前だが、そこにアンソニーとウィルが迫っていた。
二人の猛攻にはもう驚くばかり。
それなりに距離はあったし、クリスは俊足だったのに!
それでもクリスは1位でゴール!
アンソニーとウィルは揃って2位で、ゴールを飾った。
お読みいただき、ありがとうございます!
いつもより読み応えたっぷりのボリュームでしたが
お楽しみいただけましたか?
次回は明日『最後の体育祭』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします。


























































