28:あの時のクリスは……
どうやらクリスは霊獣を召喚していたようだ。東の国の人間には馴染みのない姿の霊獣。さぞかしい肝を冷やしたことだろう。
レヴィアタンが消えたことに気づいた男達は、ガタブル状態で池から上がってくる。その表情を見るに、完全に戦意喪失していると分かった。
一方のアミルの方は。
どうやらクリスと同じようなことを男達に告げたようだ。二人の男は何度も何度も頷き、懐から小刀を取り出し、帯刀していた剣を床にぶちまけ、後退する。いつの間にか蛇は天井から床に降りてきて、男達を威嚇していた。
クリス達の方に視線を戻すと……。
三人の男達は力が抜けているのか、庭園と廊下を仕切る柵を乗り越えることができない。見かねたクリス達が廊下へと引き上げる。
三人の男達はしきりにクリス達に頭を下げ、店の出入り口へとつんのめるようにしながら向かって行く。腰を抜かしている二人の男にも声をかけ、なんとか立ち上がらせ、五人は外へ出て行った。
アミルはしっかり外まで男達を見送り、一方のサイタニは……。
「騒ぎを起こして、すまん。今から各部屋に心づけを届けるき。それで勘弁してほしい」
これを聞くと、襖をあけ、様子を伺っていた者たちの顔は笑顔に変わる。そして次々と襖は閉じられていく。
クリスは腰を抜かしている女中に駆け寄り、怪我がないか確認した。さらに魔法でひっくり返った膳を片付け、床も綺麗に掃除していく。女中は美貌のクリスに頬を染め、ピカピカに戻った床を見て感動している。
サイタニとイシカワは店主のところへ向かい、アミルは私達のところへ戻って来た。アミルが召喚した毒蛇の姿は、いつの間にか消えている。
ウィルと私は顔を見合わせ、部屋へと戻った。
◇
「いやあ、クリスくん、アミルくん。本当にありがとう。しっかし、魔法はすごい。こちらへ向かってきていた男達三人の体が突然宙に浮いたと思ったら! 庭園の池へと吸い込まれるように沈んでいく。でもって、池からは美しい女子が現れたと思ったら、化け女が出てきた! しかも刀をバリバリ歯で噛み砕くもんだから、もう驚いた!」
サイタニがそう言えば、イシカワは。
「しかも男の一人が銃を放った瞬間。空間が歪んで、銃弾が動きを止めた。そしてそのままポロっと庭園に落ちた。あれも本当に驚きだ」
二人のこの言葉で、クリスの魔法で二人が事無きを得たとすぐに理解できた。
「おい! オレは一人で二人の男を足止めしたんだぞ!」
アミルがそう言うと、サイタニとイシカワは頭を掻く。
「そう、アミルくんも大活躍してくれた……けど、わしらは三人の男らに夢中で、そっちまで頭が回らなかった」
サイタニの言葉にアミルは盛大にガッカリしたが、自ら状況を説明する。
「こーゆう襲撃の時は、見張りがいるだろうと思い、建物の出入り口を見に行ったら案の定、二人の男を見つけた。オレを見て、剣を向けてきたから、殺そうかと思ったけど……」
アミル! また物騒なことを!
「そんなことをしたらウィルとクリスに絶対に叱られると思い、小さな竜巻を起こし、二人を転倒させた。その後はデスアダーを召喚したんだ。こいつらは素早い動きとその猛毒が特徴なんだよ。何せ致死率は50%以上だからな。それを伝えたら、あの男どもは腰を抜かした。しかも秒で噛みついて元の状態にもどれるぐらいのスピード。剣で切る前に噛まれるぞって。しかも複数召喚したからな。逃げられない。アイツらの怯える様子は……」
「アミル、よくやった。サイタニさんとイシカワさんが怯えている。状況はよく分かったから」
デスアダーと言えばアンジェラもクリスとの戦闘で召喚していたけれど……。そんなに恐ろしい毒蛇だったのかと、震撼するしかない。
「しかし、8年をメリア魔法国で過ごしてなお、命が狙われるのですか?」
クリスに問われたサイタニは、日本酒の入ったお猪口をくいと飲み干すと、ため息をつく。
「まあな。魔法国との国交再開は、国を二分するほどの事態だったから……。8年経っても狙われるということは。わしもまだ人気者ということ。なあ、イシカワ!」
「そうだな。過去の人と忘れられるより、マシだ」
そう言って二人は笑うのだが……。
「今回は僕達がいたので、二人の命は助かったと思います。それに……目に見える形での襲撃は今日でしたが……。夏祭りの日。打ち上げ花火が始まった時。境内の方からこちらを窺う男が数名いることに気づきました。魔法を使い、虫をけしかけ、追い払いましたが……」
クリスの言葉にビックリしてしまう。打ち上げ花火を見ていた時、一瞬、クリスが真剣な顔をしたのでどうしたのかと思っていた。間違いない。あの時、クリスは怪しい男達に気付き、魔法を使っていたんだ……!
「さらに翌日。蕎麦屋からの帰り。離れた場所からこちらを窺う男達に気付きました。嫌な予感がしたので、人力車で帰ることを提案したのです」
この話にもまた驚いてしまう。てっきり暗いし、宿からは少し離れた場所だから、人力車を使ったのかと思ったのに。やはり怪しい男達に、クリスは気づいていたのだ。
「今日の襲撃で、その怪しい男達の正体は分かったわけですが……。ジュウという火器はとても危険な武器に思えました。魔法を使えれば、防ぐこともできますが、それがなければ……」
お読みいただき、ありがとうございます!
実はあの時のクリスは……でした!
続きは明日『それぞれの想い』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします~

























































