25:先駆者たち
「ニーナ!」
「クリス!」
クリスの声に思わず引き戸に駆け寄ってしまう。
そこに現れたクリスは。
自然と頬が緩む。
私と同じ気持ちだったのだ。
浴衣ではなく、白シャツに黒いズボン姿。でも髪の雰囲気からしてお風呂を終えた後だと分かる。部屋に入ってきたクリスは。「ニーナ」と甘く名前を呼んだ後。
ずっと、ずっと、ずっと。
我慢していた分の想いを込め、ぎゅっと私を抱きしめる。その瞬間。透明感のある清楚な香りに包まれ、懐かしい気持ちでいっぱいになる。大好きなクリスの香り♡
「ニーナ、お布団が畳んであるけど」
私をぎゅっと抱きしめたまま、クリスが尋ねた。
クリスとラブラブするために片付けたわけだけど。
改めて聞かれると……恥ずかしくなる。
「その、ここにはソファがないでしょう? お風呂上りに寛ぎたいから、ソファを召喚しようと思って……スペースをあけたの……」
嘘ではない。ソファは……ある方が寛げるのは間違いないのだから。
「なるほど。確かにソファがあると便利だよね。……東の国は素晴らしい文化を持つ国だけど、ソファとベッドはあってもいいと思うな」
私の考えに同意してくれたクリスは。
なんと美しい絨毯とソファを召喚してくれた。
絨毯は畳を傷つけないためだろう。
毛足の長いふかふかの白いもの。
ソファはカウチソファ。
しかも総革張りで、鋲飾りが伝統的なソファ――チェスターフィールドと言われるものだ。こんな本格的なソファを用意できるなんて!
さすがクリス。
笑顔でエスコートされ座ると。
最高。
ここが東の国であることを忘れてしまう。
「こうやってソファに腰を落ち着けると、ニーナがいれる紅茶が飲みたくなるな。でもそれはメリア魔法国に戻ってからのお楽しみだね」
「そうね。クリスの好きなクラシックなアールグレイをいれるわ」
「それは嬉しいな」
ライラック色の瞳を細め微笑むと、クリスは私のことを抱き寄せる。一気に心臓がドキドキと高鳴った。
「東の国は美味しい食べ物が多いね。今日の蕎麦も。すする――というのは難しかったけど、蕎麦自体はとてもあっさりして美味しかった。味付けがさっぱりしているから、沢山食べることが出来てしまうね。あとは刺身。生魚を醤油というソースで食べるのがあんなに美味しいと思わなかったよ。それに昨日食べたお寿司という食べ物。酸味のあるお米と魚があうなんて驚きだ」
食の話を聞いていると。自然とアニカのことを思い出す。
アニカ・ラウク。クリスの研究の支持者の一人で、食に関するまさに開拓者だ。
「アニカは東の国を旅するといいわよね? きっと新しいお店のアイデアが沢山出ると思うわ」
私の言葉にクリスは何度も頷き、同意を示す。
「そうだね。アニカだけではなく。ここは文化が全く違うから。東の国に滞在し、食を楽しみ、景色を見て、建造物を観察すれば。価値観が変わり、沢山のインスピレーションをもらえると思うな」
「確かに……! もしそれが実現すれば、メリア魔法国に新しい文化の風が吹きそう」
クリスは「その通りだよ、ニーナ」と言い、私をぎゅっと抱きしめる。
「ただ、気軽に旅するには東の国は遠い。でももし旅をするなら……安全に皆が旅を出来るのが一番だ。そのためにもサイタニとイシカワには頑張ってもらわないとだね。彼らのような先駆者により、文明開化はぐっと進むと思うな」
クリスはすごいなぁ。わずかな滞在の間にいろいろなことを感じ、未来を見据えている気がした。
「でも東の国のいいところは、残してもらいたいよね。伝統と革新の共存。難しいかもしれないけど」
そう言いながら、クリスは私の頭を優しく撫でると。
「ニーナは素敵な国をルーツに持つんだね。だからこんなにも魅力的なんだ」
微笑んだクリスの顔が近づいてきて……。
静かにキスをした。
◇
翌朝。
着物は最終日に着ることにして、魔法で浴衣を用意してみた。
白藤色の生地に青紫色の牡丹が描かれたもので、帯は深紫色。帯締めは白に藤色の透かし織りで涼し気になっている。浴衣自体は簡単に用意できたが、それを実際に着るのはなかなか大変だったが、なんとか着ることができた。途中、女中さんを呼んで、少し手伝ってもらったけど。
その後は焼き魚の健康的な食事をとり、剣術道場へ見学に行くことになった。そこはイシカワの知り合いが師範をつとめる道場で、そこで刀についての説明を受け、クリス達三人は木刀を使った練習に参加させてもらっている。
イシカワも練習に参加していたが、サイタニとヤマダと私は、母屋の縁側に腰かけ、庭園越しに見える道場を、三色団子とお茶を楽しみながら眺めていた。道場は戸をすべて開け放っていたので、中の様子をもよく見えている。
「サイタニさんは剣術の練習をしなくていいのですか?」
濃い目の緑茶を飲みながら尋ねると、サイタニは一気にピンク色と白の団子を頬張り、モグモグした後に答えた。
「まあ、本来は訓練した方がいいのかもしれないが。これからの時代、刀は廃れていくだろう。それに政府からは帯刀が禁じられている。ただ今は移行期だから、身分によっては帯刀も許されているが……。それもいずれに完全に禁止だろう」
お読みいただき、ありがとうございます!
さすがクリス~ヾ(≧▽≦)ノ
続きは明日『もう終わってしまう』を更新します。
引き続きよろしくお願いいたします~

























































