32:晴れてフリーの身だ
午後の授業が終わると、私はとりあえずウィルのいる教室へダッシュした。
廊下から中を伺っていると……。
「ニーナ! どうしたの? 待ち合わせは昇降口でしょ?」
ジェシカが不思議そうに私のそばに来た。
そうだった。
ウィルとジェシカは同じクラス。
これから私はウィルと二人で、ネモフィラの花畑に行きたいのだが。
どう答えたものか。
「ジェシカ、悪い。ニーナを呼んだのは僕だ。僕がニーナに庭園を案内するよう頼んだ」
「え、そうなのですか、ウィリアムさま!? 庭園でしたら私が案内しますのに」
「ジェシカにはお願いがある。僕は屋敷に戻ったら、お茶を飲むつもりだ。ジェシカはお菓子作りが得意なのだろう? 昨日、苺のタルトを僕に食べさせたいと言ってくれたよね。僕もジェシカが作る苺のタルト、食べたいな。先に帰って、僕のために苺のタルト、作ってもらえる?」
ウィルはそう言うと、ジェシカの手を取り、その甲に唇を押し当てた。
その瞬間、ジェシカの顔は真っ赤になる。
周囲にいた女子が悲鳴を上げ、倒れそうになるのを互いに支え合う。
「も、もちろんでございますわ! 大急ぎで帰って支度します。……その、それなりに時間がかかりますので、ゆっくり庭園を見て、お戻りください」
ジェシカはウィルにそう言うと、私を見た。
その目は「とにかくウィリアムさまを庭園に引き留め、時間稼ぎを」と言っていると分かった。私が頷くと、ジェシカは「それではウィリアムさま、お待ちしていますわ。皆さん、ごきげんよう」と昇降口へ向かい駆け出した。
ジェシカがあんな風に走る姿は見たことがない。
驚きながらその後ろ姿を見送り、ウィルを見る。
「では庭園へ行こうか、ニーナ」
ウィルは何事もなかったように私を促し、歩き出した。
校舎を出た瞬間、ジェラルドと三人の魔法騎士が駆け寄る。
ウィルが目配せすると、ジェラルドが私達を追い越し、先を歩き出す。残りの魔法騎士三人は、私達の後ろからついてくる。どうやらジェラルドは、既にネモフィラの花畑の場所を把握しているようだ。
「あの、ウィル、あんな風にジェシカに気を持たせて大丈夫なのですか?」
思わず不安になり、尋ねてしまう。
「まあ、状況が変わったから」
「!? それはどういうことですか?」
「婚約を予定していたが、それはなくなった。晴れて僕はフリーの身だ。ニーナも僕に興味があれば、いつでも告白を聞く用意がある」
「ウィル、さすがにそれは……。私はウィルが探している彼と、結婚の約束をしたらしいのですから」
さりげなく婚約の予定がなくなったと口にしたが、一体何があったのか……。
気にはなるが、今はそれ以上に彼の件で頭がいっぱいだ。
「冗談だよ。それでさっきは、二人の約束の花畑がまさかの学園の敷地内に収まっていた、というところまで話したよな?」
「はい。そこでタイムアップして、カフェテリアを出ました」
「その後の彼の足取りは……地図を見ると驚きだが、花畑には行かなかったようだ。もうあっちこっちへ動き回っている。いろいろな場所の防犯カメラの写真に、彼の姿が写っている。でもそれは長時間ではない。短時間だ」
ウィルはまるで目の前にその地図が見えているかのように目を細めている。
実際には既に庭園の中に足を踏み入れているので、辺り一帯にはアガパンサスの花が咲き誇っている。紫、青紫、白とグラデーションを描くように花が植えられ、とても美しい。
それにしても、あっこっちへ動き回るとは……?
学園内の花畑に向かったわけではない。つまりこれから向かうネモフィラの花畑で21歳の彼が待っている……という可能性は限りなく低いということだ。だから私はこうウィルに尋ねた。
「それは……学園の敷地内にネモフィラの花畑があるはずはない、自分は約束の花畑の場所を勘違いしていたのでは?――そう思い、花畑を探し回っていた、ということですか?」
「その可能性もゼロではない。でも、違うと思う。彼は優秀だ。花畑の場所を忘れないよう、印をつけたと思う。印というのは、魔力の痕跡を残すことだ。強い魔力を残せば、それは例え距離があっても感知できる。つまり王都にいながらも、彼は痕跡を残した花畑を感知できていた。
もしその魔力に乱れがあれば、何かがあったことになる。それこそ区画整理で花畑が潰されたとかなれば、感知できるはずだ。
まあ、逆にそんな動きを感知しなかったから、てっきりそのまま花畑はあると思ってしまったのだろう。あると思った。それは間違っていない。実際そのネモフィラの花畑は当時と同じまま残されているから。ただ、それが塀を隔てた内側にあるかないかの違いだけだ」
「つまり学園の敷地内に、約束のネモフィラの花畑があると、彼は分かっていた。その上であちこち移動したのは……私を探したのでしょうか? 学校の敷地内に花畑があると私は気づいていない。花畑の場所が分からず、迷子になっていると思い、探していたとか?」
「なるほど。そんな考え方もできるな」とウィルは言い、腕を組んだ。
「ニーナの案も否定はできない。でも僕の見立てだと、彼は何かから逃げているのでは?と感じた」
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「ニーナは面白いな」を公開します。
明日はプチサプライズ☆
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