66:エピローグ
「ニーナ嬢、良かったらこれを食べるといい」
「あ、ありがとうございます……」
差し出されたキャビアとスモークサーモン、クリームチーズがのったカナッペを手で受け取ろうとすると。
「ニーナ嬢、キャビアがこぼれてしまう。そのまま、さあ」
フランシスはニッコリ王子様スマイルで私の口元へカナッペを運ぶ。
白シャツに紺地のシルクにペイズリー模様を織りだしたベスト、テールグリーンのジャケットに白ズボンをビシッと着こなしたフランシスは……さすがマジパラの王道ルートを飾るだけある。普通にカッコいい。その上で、この笑顔。
もし前世の私が普通にマジパラをプレイしている時にこの笑顔を向けられたら。「きゃあああ、素敵な笑顔!」と喜んでいたかもしれない。
でも、今の私にはクリスがいる。
この王子様スマイルにくらっとなどしている場合ではない。
というか、カナッペ……。
断るなんて恐れ多い。仕方なく私は「ありがとうございます。……ではいただきます」と返事をして、カナッペを食べることになる。
すると。
右側に座るクリスが。
「ニーナ。これ、ニーナが好きなイチジクの生ハム包みだよ」
そう言うととろけるような笑みと共に、フォークにのせたイチジクの生ハム包みを私に見せる。今日のクリスは……私を最短時間で陥落させる、あの彼専用の軍服を着ていた。その姿でこの笑顔。さらに「可愛いお口をあけて、ニーナ」なんて言うから……。
着席の状態で腰砕けになり、周囲にバレないでよかったと思いながら、パクリとイチジクの生ハム包みをいただく。
「ニーナ、美味しい?」
この甘々な顔で尋ねられたら。
青汁だって美味しいと答えるだろう。
そして普通に今食べたイチジクの生ハム包みは美味しかった。
「とても美味しいわ!」
頬が緩みそうになるのを必死にこらえながら答えると。
「ではニーナ、僕にも食べさせて」
キラキラと瞳を輝かせて、おねだりをする。
もう何でも食べさせます。何度でも。
胸をキュンキュンさせながら、今度はクリスに私がイチジクの生ハム包みを食べさせる。
ああああああ。
このクリスの顔。
たまらない♡
私の視線に気づいたクリスは。
先程以上の素敵な笑顔を見せてくれる。
クリスと私の間にハートマークが舞い飛ぶ中。
「ニーナ嬢、カプレーゼだ。このチーズは王都からわざわざ連れてきたシェフに作らせたもの。さあ、食べるといい」
フランシスはお構いなしで私に料理を差し出す。
「あ、あの、フランシス王太子さま、それは私のお皿にも……」
「うん? よく聞こえないな」
自分のお皿にも同じ料理があると言っても。聞こえないふりをされる……。仕方なく私はフランシスが差し出すカプレーゼを口に運ぶ。
自分が着ているドレスの、ロイヤルパープルのラメ入りオーガンジー生地をぼんやり眺め、考える。どうしてこうなったと。
今、私達は……席の並び順でいうと、アミル、グレッグ、フランシス、私、クリスは。ミルギーナで行われる花火大会に来ていた。この花火大会はウィンスレット辺境伯がくれた招待券があったので、クリスと一緒に見に行くつもりだったのだが……。
ユーリアの脅威は落ち着いたが、王太子がブルンデルクに滞在する……ということで予定されていた晩餐会と舞踏会は行われ、アミルも含め、クリスと私も勿論参加することになった。
その晩餐会や舞踏会でフランシスと話せればよかったのだが……。ブルンデルクで暮らす上流貴族が王太子を放っておくわけがない。王太子がブルンデルクに滞在している、と知った彼らは、王都からとんぼ返りして、なんとか間に合った舞踏会に参加するなど、もうみんな必死だ。王都から避暑に来ている貴族でさえ、王太子に声をかけようとするのだから……。
フランシスの周りは常に人だかり。婚約者もいないのだ。ブルンデルクの上流貴族が血まなこになるのも当然だった。自慢の娘の売り込みに余念がないというわけだ。
そんな様子をクリスも私も遠巻きに眺めていたのだが……。ディクソン公爵とウィンスレット辺境伯による、晩餐会と舞踏会が一通り終わったタイミングで、フランシスから連絡がきた。しかも、ウィンスレット辺境伯経由で。
「ニーナ、フランシス王太子様が、花火大会に招待したいそうだ」
朝食の席でウィンスレット辺境伯にそう言われた時は。「えっ」と驚いてしまった。
「以前、ニーナに渡したいくつかの招待券。あの中にミルギーナで行われる花火大会があっただろう? あの招待券は特別観覧席のもの。だが今回フランシス王太子様が招待したいと申し出てくださっているのは、王太子様のために用意された、ロイヤルファミリー専用席だ。なんでも同伴する予定の女性が急遽王都に戻ったらしく、以前、王都でも会ったことのあるニーナを同伴したいとのこと。もし、クリストファー様や他に招待したい者がいれば、連れてきて構わないそうだよ。実に太っ腹な王太子様だ」
な、なるほど。ユーリアが急に王都に帰ったということになっているから……。ユーリアが不在になった件に、私は無関係ではない。それを考えると……。
ご機嫌なウィンスレット辺境伯は、フランシスの招待がどれだけ素晴らしいものかと説明を続ける。
「ロイヤルファミリー専用席は、ブルンデルクの有名家具メーカーの椅子が運び込まれ、絨毯も敷かれ、専属のシェフによる料理も提供される。見晴らしの良い特等席で花火を観覧できるそうだ。席への入退場はニーナを同伴することになり、クリストファー様には申し訳なく思うが、ニーナは婚約をしている。しかもあのクリストファー様と。同伴したところで、ゴシップにはならないということで、ぜひお願いしたいと言われているよ。それに晩餐会や舞踏会ではほとんど話すこともできなかったと、大変残念そうにされていた」
ウィンスレット辺境伯に畳みかけられ、もはや「ノー」とは言い難い。そもそも王太子からのお誘いを断るなんて……無理だろう。よほどの理由がなければ。ウィンスレット辺境伯には「一応クリスに確認し、確認取れ次第返答します」という返事をした。
夕食後、いつものように部屋に来てくれたクリスに私は、この件を話すことになった。
「……なるほど。フランシス王太子様が」
私の話を聞いたクリスは。
ソファの背もたれに身を預け、「困ったな」という表情になる。足元で丸くなっている銀狼が心配そうにクリスを見ていた。
そうやって少しアンニュイな表情を浮かべるクリスは……。
それはそれで素敵に感じてしまう。
淡いラベンダーブルーのシャツに濃紺のズボン姿に、その表情はなんだかとても似合っている。
結局のところ。悲しんだり、怒ったり以外の表情であれば。
きっと私はクリスのすべての表情が素敵に思えてしまうのだろう。
「もう、ニーナは……。そんな無邪気な顔をして」
白地にライラック色のレースが施されたワンピース姿の私を、クリスは自分の方へと抱き寄せる。
「本当はニーナのことを僕が同伴したいけれど、フランシス王太子様の事情も分かる。ユーリアがいれば、ご学友の女生徒を同伴した、でマスコミは落ち着くだろう。でも避暑で来ている王都の貴族の令嬢やブルンデルクの上流貴族の令嬢を伴えば……かっこうのゴシップのネタになってしまう。もしジェシカがいたら、ジェシカを同伴するのが妥当だが、彼女は今、王都だ。そうなると……ニーナを指名されても……文句は言えないね」
そこでクリスは私をぎゅっと抱きしめる。
「フランシス王太子様が恋多き王太子と噂されていても、どこか他人事だったけれど。ニーナにちょっかいを出されると……。早く11月にならないかな」
「ねえ、クリス。フランシス王太子さまが私を同伴したいのは、ゴシップ対策でしょう? ちょっかいを出すのとは違うわよね?」
するとクリスは再び「もう、ニーナは無邪気なんだから」といい、自身の鼻を私の鼻に摺り寄せる。まるで銀狼みたいなこの行動には、いつもドキドキさせられてしまう。黒い森のことを思い出すし、距離も近いからだ。
「これは僕の予想。マジパラでヒロインであるはずのユーリアが、とんでもなく逸脱している。その結果、本来、ユーリアに攻略されるはずだった男性で恋人がいない者は、ニーナに関心が向かっている……。だってニーナはとても悪役令嬢には思えない。ニーナこそヒロインに思えてしまうからね。こんなに愛らしくて、可愛くて、優しくて、それでいてしっかりもしていて。それに……」
クリスが……、クリスが……。
ニーナ賛歌をしてくれている。
これは夢!? 現実!?
くらくらしている私に気づいたクリスは。
「ほら、そうやってまた、僕を煽るようなことをする。ニーナはいけない子だね」
いけない子と言いつつクリスは。
とんでもない溺愛ぶりを発揮してくれる。
またも完全に私を骨抜きにした状態でケイトを呼ぶと。ウィンスレット辺境伯への事付けを頼む。それはフランシスの招待を私が受けるということだ。さらに私に加え、あと二人。その招待のご相伴にあずかりたいことも、伝えるようお願いした。つまり、クリスとアミルだ。
「グレッグのことは当然、フランシス王太子様は呼んでいると思うからね」
クリスのその予想は当たっている。
グレッグはフランシスの左隣の席で、静かに食事を口に運んでいた。
白シャツに銀糸で刺繍が施された水色のベスト、インディゴブルーのジャケット、水色のズボンをそつなく着こなしている。この世界ではユーリアに一番翻弄された苦労人のグレッグだが、今は晴れ晴れとした顔をしていた。
その隣に座るアミルは。
目にも鮮やかな自身の瞳と同じ、ルビー色のセットアップを着ている。まだまだ王子の貫禄はないが、砂漠のど真ん中で出会った頃より、ずっと社交的になっている。今もグレッグに何やら話しかけ、そして二人は楽しそうに笑っていた。
「そろそろかな。これから30分連続で花火が打ち上げられ、10分の休憩を経て、さらに45分打ち上げが行われる」
フランシスがそう言ったまさにその瞬間。
楽団による演奏がスタートした。
同時に。
一発目の花火が打ち上げられた。
演奏にあわせ打ち上げ花火が行われるミュージックスターマインだ。
想像よりも近い場所で打ち上げられた花火に息を飲む。
和花火と違い、色がカラフルで美しい。
次々に点火され、音楽にあわせ、花火が打ち上げられていく。
しばし全員、音楽と花火に酔いしれる。
夏季休暇はまだ1カ月以上ある。
来週にはウィル、ジェシカ、アンソニーも王都から戻って来るのだ。
みんなと楽しい思い出を作らないと。
「ニーナ」
クリスに呼ばれ、振り向いた瞬間。
私の唇にふわりとクリスの唇が重なる。
「大好きだよ、ニーナ」
そう囁くクリスのライラック色の瞳には。
今まさに打ち上げられたばかりの花火が輝いていた。
(Episode4→Episode5へ続く)
Episode4、最後までお読みいただき、ありがとうございます!
溺愛モードを進みながらの最大の脅威に立ち向かうという展開、お楽しみいただけましたか?
Episode5はこれまでにない展開です。
6月30日(金)の朝7時頃にスタートします!
6月25日より以下作品の連載が開始します。
『もふもふ悪役令嬢の断罪が溺愛ルートなんて設定していません!』
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『断罪の場で悪役令嬢は自ら婚約破棄を宣告してみた』
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6/24 日間恋愛異世界転生/転移ランキング3位
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『断罪終了後に悪役令嬢だったと気付きました!
既に詰んだ後ですが、これ以上どうしろと……!?』
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毎日更新しています!
そんな感じでございますが。
引き続き何卒よろしくお願いいたします!

























































