3:モブなのに超美少女!憧れのいとこ
「ニーナ、お帰りなさい。聞いたわ。守護霊獣の召喚、ダメだったのでしょう?」
肩を落とし、屋敷へと戻った私を、ウィンスレット辺境伯家の令嬢、ジェシカ・ミア・ウィンスレットが迎えてくれた。
ジェシカは私と同じコンカドール魔術学園3年生。
4月生まれのジェシカは既に18歳だ。
残念ながらクラスは違うが、魔力の弱い私をいつも元気づけてくれる、家族同然の大切な存在だ。
何より、ジェシカは私の憧れのお姫様そのもの。
輝くようなブロンドは綺麗な巻き髪で、澄んだ碧い瞳をしている。ミルク色の肌は艶があり、身長は低いのだが、それは思わず守りたくなる可愛さ。そして身長のわりにメリハリのあるボディで、そのギャップもたまらない。
数日前からジェシカの肩にいる守護霊獣は真っ白なうさぎで、今日の青いワンピースにもよく似合っている。似合っているというか、絵になる。
……せっかくならジェシカに転生したかったな。
そう思うが、ゲームでの扱いはモブに近い。なにせ文字情報しかなかったキャラだから。よってこんなに可愛らしいとは、ここに転生してから知ったわけで……。
「そんな暗い顔をしちゃダメよ、ニーナ。美味しいおやつを用意してあるわ。マーブルおばさんのお店のメイプルバームクーヘンよ。ニーナ、大好きでしょう?」
ジェシカは微笑みながら、私と手をつなぎ歩き出す。
「メイプルバームクーヘン! それ、季節限定味では?」
「そう。今日、お母様が観劇に行った帰りに、買ってきてくださったの」
落ち込んでいた気持ちが途端に明るくなる。
体型維持は目下の目標であるが、今日はヒドく落ち込むことがあった。この気分を紛らわすためには、甘い物が必要だ。ということで制服から着替えることもなく、そのままダイニングルームへ向かう。
「ジェシカさま、ニーナさま、お待ちしていましたよ。すぐにロイヤルミルクティーをご用意しますね」
まさにママンなでっぷり体型のメイド長のアンが笑顔で迎えてくれる。
アンとは対照的にほっそりとしたバトラーのジルも用意を手伝う。
今の時間、ウィンスレット辺境伯は仕事でいないし、ウィンスレット辺境伯夫人は観劇から戻り部屋で寛いでいるからだろう。本来はウィンスレット辺境伯夫妻のお世話をするアンとジルが、メイプルバームクーヘンとロイヤルミルクティーを用意してくれた。
「さあ、いただきましょう、ニーナ」
「そうね。いただきます!」
私はフォークとナイフを手にメイプルバームクーヘンを早速切り分ける。
パクリと一口頬張ると……。
ああ、幸せ。
この美味しさは堪りません。ほっぺが落ちる。
「ねえ、ニーナ。ブルンデルクには黒い森と言われる、みんな近づかない森があること、知っているわよね? ギリス王国との国境沿いにある、昼でも薄暗い森のこと」
「黒い森、知っているわ。数年前から怖い噂がある森よね。恐ろしい銀狼がいて、その大きさは馬ぐらいで、あの森に入ったら生きて戻れないって」
「そう。そうなの。その黒い森にはね、みんなが近づかないもう一つの理由があるの」
「もう一つの理由……?」
ジェシカは守護霊獣の白うさぎ、名前はスノーボールの頭を撫で、ロイヤルミルクティーを口に運びながら話し出す。
「守護霊獣は一度召喚すると、その霊獣とはどちらかが死ぬまで共にあるわけだけど、稀にね、せっかく召喚できた守護霊獣にヒドイことをする人がいるの」
ジェシカの表情が曇る。
「え、何、ヒドイことって……」
思わず、メイプルバームクーヘンを食べる手を止めてしまう。
「召喚した守護霊獣を気に入らない人もいるらしいの。でも一度召喚した霊獣はその霊獣が命を落とさない限り、新たな守護霊獣の召喚はできない。だからね、守護霊獣を黒い森に捨てる人がいるらしいの」
「ええええ」
なんてヒドイ話だ。
私からすると2つの意味でヒドイ話だ。
まず、守護霊獣を召喚したくても召喚できない私のような人間もいるのに、守護霊獣を捨てるという発想をすることのひどさ。
次に、気に入らないからって守護霊獣を捨てる行為のひどさ。
そこでふと気が付く。
え、ただ捨てるだけ……?
私の顔を見たジェシカが頷く。
「捨てるというのは建前よね。本音は、黒い森にいる銀狼に喰い殺されてくれることを期待しているのだと思うわ。黒い森にいると言われている銀狼も、もとは誰かの守護霊獣なのではって噂よ。あの森には非業の死を遂げた守護霊獣の霊が彷徨っている。だから近づくと危険、って」
「信じられない……」
「ニーナみたいに守護霊獣を召喚できなくて悲しい気持ちになる人もいるのに、本当にヒドイ話よね……」
ジェシカはスノーボールの頭を再び撫でた。
頭を撫でられたスノーボールは嬉しそうに目を閉じ、ジェシカの指に甘えるように鼻を寄せる。そんな姿を見るとなおのこと、守護霊獣を黒い森に捨てる人がろくでなしに思えてしまう。
「ニーナ、とても怖い顔をしているわ。ごめんなさいね、こんな話をして。もっと楽しい話をしましょうか」
そう言ったジェシカは、18歳の年頃の令嬢がするにふさわしい話を始めた。
でもそれは黒い森に守護霊獣を捨てる人の話より、とんでもない衝撃を私にもたらした。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「ちょっと待ったーーーーー!」を公開します。
明日もよろしくお願いいたします。