51:絶対に負けない
一瞬焦ったが。
なんてことはない。
テラスのところにクリスはいた。女性五人ぐらいに取り囲まれている。
私はクリスを見つけられて安堵したが、ユーリアは違う。カツカツとヒールの音を響かせ、五人の女性のところへ近づく。
「ブルンデルクの田舎貴族が何様のつもりですの? クリストファー様はいずれ王都に戻り、王宮に住まう方なのよ。大魔法使いになる方。あなた達が気軽に話しかけていい相手ではないのよ。それに、なんなの、そのドレスは。一昔前に流行したデザインじゃない。ホント、芋くさいわね」
五人の女性達は目を丸くし、驚愕している。
文句の一つも言いたいのだろうが、ユーリアの美貌、威圧感に口をつぐむようしかないようだ。すると……。
「レディの方々。僕は皆さんがとても素晴らしい女性であると理解しています。ただ、僕には婚約者がいるので、申し訳ないです。そして今、この女性が言うことを皆様方が気にする必要はないと思います。僕から見たら皆様方のそのドレス、とても素敵だと思いますよ。ここはブルンデルク、王都ではありません。ブルンデルクは皆様のフィールド。ここのヒロインは皆様なのですから」
クリスはそう言うと、優雅に一礼して女性達から離れる。
女性達はうっとりとクリスを眺め、ため息をもらす。そして五人はまるで円陣を組むようにしてヒソヒソ話を始めた。
「まったく、知りませんでしたわ。王都の最先端の流行が、あんな娼婦みたいなドレスだなんて。なんですの、あの、こぼれそうなほどの胸の露出。下品で、街角に立つ娼婦そのものですわね」
「本当に。あんなドレスで胸をさらすことに恥じらいを覚えないなんて、貴族の恥さらしですわ。それに……でかければいいわけではないですよね。あれではまるで……」
そこで五人の声が揃う。
「「「「「ホルスタインみたい!」」」」」」
ユーリアは「きぃーっ」と分かりやすい声をあげ、グレッグを呼びつけ、「何なの、この女達は!」と文句を言う。
ユーリアは……分かっていない。女性五人を一気に敵に回すのは、いくらユーリアでも不利であることを。女性はコミュニケーションの生き物。徒党を組んだ女子軍団は最強なのに。
「さあ、ニーナ、行こうか」
クリスは女子軍団とユーリア、そして完全に巻き込まれ、目を白黒させているグレッグを置いて、庭園の方へと歩き出す。
「クリス、グレッグは大丈夫かしら?」
「助けてあげたいけれど……。彼は十二使徒の一人であるとユーリアは思っている。だからあの場では必死にユーリアを守らなければならない。まあ、筆頭公爵家の嫡男ともなれば、ご婦人のあしらい方ぐらいできないといけないからね。いい勉強になると思うよ」
私をエスコートして歩きながら、クリスはそんなことを言ってクスリと笑う。
だがすぐに表情を引き締める。
「……ユーリアのニーナに対する言葉は本当に頭にきたよ。もしニーナが自分から反論してくれなければ、僕は徹底的にユーリアを打ちのめすことを言っていたと思う。ニーナのおかげで踏みとどまれた。ありがとう。それにホルスタイン。あれは傑作だね。思わず僕も笑ってしまいそうだったよ」
「もう、クリス、それは蒸し返さないで。でもまさかあの女性達もホルスタインって言うとは思わなかったわ」
その瞬間、クリスと顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
さっきまでの緊張感は嘘みたいだ。
「それにしてもユーリアはいつクリスに対して『叛逆の力』を使うかと、ハラハラしていたけれど……。なかなか行使しないわね。クリスがいつになくキツイ言葉を発したから、ドキドキしてしまったわ」
「そうだね。最後通告を出した時、行使しようとしていると気づいた。けれど……フランシス王太子様とグレッグをあの場から遠ざけるような行動をとった。それは僕の意図するところではなかったからね。場の仕切り直しをすることにした」
……!
あの場の流れ、あれはクリスがコントロールしていたということ……?
いや、そう、なのだろう。
ユーリアは絶対的な力――『叛逆の力』を持っている。でもあの場を仕切っているのはクリスだ。言葉一つでユーリアを揺さぶり、行動をコントロールしている。魔法も使わずに。
そしてあの5人の女性達……。
彼女達はユーリアの剣幕に圧倒されていた。でも彼女達を鼓舞したのは……クリスだ。クリスの言葉で女性達は勇気づけられ、ユーリアに反撃した。この時もクリスは魔法を使わず、言葉一つで対処している。
やっぱりクリスはスゴイ。
しみじみ思う。
これが……アミル、ウィル、クリスの違い。
アミルは圧倒的な魔力を持つ。でも戦略・戦術が苦手。
ウィルは王族では一番の魔力。そして戦略・戦術は得意。アミルとクリスの中間タイプ。
クリスは『奇跡の子』であり魔力は随一。戦略と戦術もピカ一。
この三人のトータル評価は……間違いない。クリスに軍配が上がる。
「次で間違いなく、ユーリアは動く。その時に何が起きても、ニーナ。僕を信じて、落ち着くんだよ」
「うん。分かったわ」
庭園に戻ってきて、噴水前のテーブルに飲み物を置き、着席する。
屋敷の方を見ると。
ようやくこちらへ向かってくるユーリアとグレッグの姿が見えた。
次でユーリアは間違いなく動く。
クリスの言葉が頭の中でリフレインされる。
その時、私は落ち着いて、そしてクリスを信じる必要があった。
大丈夫。必ず。ユーリアの『叛逆の力』には負けない。
お読みいただき、ありがとうございます!
ドキドキ。どうなるのでしょうか。
続きは明日の11時頃に『甘く優しい声だけど超辛辣な内容』を更新します~

























































