30:ニーナ、そんな顔をしないで
馬車が走り出した瞬間。
「ニーナ!」
「クリス!」
二人で同時にお互いの名前を呼び合っていた。
クリスは私を抱き寄せ、優しく頭を撫でると。
「ニーナの話を聞くよ。話してご覧」
「ありがとう、クリス。……ユーリアの力はまだ打ち止めになっていないわ。もしクリスにその力を使ったら……」
声が震えてしまい、さらにその先について話すのを、本能が拒んでいる。ただ、泣きそうな顔でクリスの顔を見つめることしかできない。
「ニーナ、そんな顔をしないで」
ふわりと重なるクリスの唇は……。
まるで魔法だ。
伝わってくる温もりに、心が温かくなる。
何度も、何度も。
そうやって唇を重ねてもらえると。
不安でいっぱいの心が落ち着いてきた。
「グレッグの話を聞いて、ユーリアが使う力に思い当たる部分があった。だからちゃんと対策を立てられるから、大丈夫。しかし……。驚いたな。どうしてそのユーリアという女性は、会ったこともない僕にそんなに執着するのだろうね」
クリスはとても不思議そうな顔をしているが。
それはこの世界がマジパラという乙女ゲームの世界であり、クリスはユーリアにとって攻略対象だから……。
きっとユーリアは噂でクリスの存在を聞いたのだろう。そばにはウィルだっていた。ウィルは自分が尊敬する人物として、クリスについて熱く語った可能性だってある。
当然興味を持つだろうし、会ってみたいと感じただろう。
しかもクリスはユーリアが登場した時、黒い森に囚われていた。会うことができない――そのこともユーリアの執着心につながっているのだと思う。
クリスが攻略対象だから、という点を除き、今、思い当たった理由を聞かせると……。
「なるほど。アンジェラと同じだね。僕に会ったこともないのに。そこまで興味関心を持つなんて驚きだよ」
そこでクリスは驚く指摘をする。
「僕はニーナから悪役令嬢の呪いについて聞いていたから、グレッグの話を聞いていてこう思ってしまった。ユーリアこそ、悪役令嬢なのではないか、ってね」
それは……まさに私も考えたことだった。
マジパラにおける悪役令嬢は。
容姿が美しく、魔力も強く、男子生徒の憧れの的。
だがその実は、女王様気質で嫉妬深い。
素敵な男性と仲良くする女子がいれば、許せなくて嫌がらせをする。
今のユーリアは……。
容姿は美しく、妖艶。しかも特殊な力を使える。
素敵な男子に目がなく、その男子が別の女子に仲良くしていると……。
自身の持つ力を行使する。そしてその男子を虜にしてしまい、自身のことを崇拝させ、敬愛させて、憧憬の想いを抱かせるよう仕向けるのだ。さらには自分の命令に従わせる。
ユーリアはヒロインなのに。これではまさに悪役令嬢だ。
キャラ変どころではない事態になっている。
「私もクリスと同じことを思っていたわ。どうしてユーリアがそんな風になってしまったのか分からないけど……」
「多分、彼女は禁じ手とされる力を使うことで、本来あるべき姿から乖離してしまったのかもしれないね。しかし。その力も使えるのは後2回、2人ということか。そのうちの一人が僕ということなのかな」
そこでふと思い出す。
マジパラのヒロインの攻略対象は5人いる。
フランシス王太子、グレッグ、ウィル、クリス、そして――そう、ジェラルド!
「クリス。あの、私ね、ウィルが転校してきた時、悪役令嬢の呪いことを思い出してしまったの。だってウィルは本来、王都にいるべき人物で、王立イエローウィン魔法学園に通っているはず。そのウィルが突然、ブルンデルクに現れたことに驚いてしまったの。それで弟のセスにいろいろと学園の状況を調べてもらったわ。その中で判明したことがあるの。2年生の時、芸術祭でユーリアとジェラルドは出会っていた。そしてユーリアは、ジェラルドに告白している。でもグレッグはそれを知らなかったようだけど……。ただ、告白した結果、ユーリアはフラれている。ジェラルドには例の力を使わなかったのかな? それとも力を使ったけど、筆頭魔法騎士であるジェラルドには効果がなかったのかしら?」
もしも。
ジェラルドにはユーリアの力が効かなかったのなら。
どうやってその力をはねのけたのか。その方法をジェラルドに教えてもらうことができると思ったのだ。そうすればクリスは、ユーリアの力に屈することはないと。
そこまで話し、さらに思い出す。
セスによるとユーリアは、同級生の13人ぐらいからも告白されているという。この中に、力を使った7人も含まれているのだろうか……? この件も追加でクリスに伝えると。
「なるほど。ユーリア自身、その力は12人に対してしか使えないと、知っているのではないかな。だから、これぞという相手に力を行使する。例えば恋人がいたり、好きな相手がいたりする男性。彼らが真剣に恋愛をしているなら、ユーリアに告白されてもなびかないだろう? オリヴァーもそうだったと思う。エリという同級生と恋を育んでいた。きっとユーリアが力を行使しなければ、オリヴァーはユーリアを拒んだだろう。つまりは拒まれる可能性がある相手であり、かつユーリアがかなり気に入った男性に対し、力を行使したのではないかな」
クリスの着眼点に驚く。
これには「そうか!」と唸るしかない。
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次回は「子猫、子ぎつね、子犬」を20時前後に公開します!

























































