25:静かな怒り
な……、どうして……?
まさか、ユーリアはクリス狙いだったということ!?
息を飲む私のことを、クリスが優しく抱き寄せる。
グレッグが目の前にいることは分かっていた。
でもユーリアがクリスを攻略対象と考えているのではと思うと、あまりにも恐ろしくなり、クリスの胸に身を寄せてしまう。私とクリスの様子を見たグレッグは、なんだか苦し気な表情をしているが、今はそれの意味を考える心の余裕がない。
「だがクリストファーがあちこちを旅して、いつ王都に戻るか分からないと知ると……。クリストファーについて尋ねることは限りなく少なくなった。それでも何かの折に、『卒業までにクリストファーに会えるのかしら?』そんな風に口にすることはあった。だが――」
そこでグレッグは大きくため息をつく。
「クリストファーが王都に戻った。それが公にされたのは、あの日の夜、そう宮殿で開かれた舞踏会の時だ。国王陛下自らがクリストファーの帰還を明かし、ニーナ嬢との婚約も知らせ、その場にいた多くの者が、クリストファーの近況を知ることになった。あの舞踏会には……ユーリアも来ていた。そしてクリストファーとニーナ嬢がダンスをする姿も勿論見ていたよ。その姿を見たユーリアは……」
グレッグがその時のことを思い出したのか。
苦々しい顔をしている。
「ユーリアは美しい女性だ。普段は……まるであどけない少女のようにふるまう。でもその時は……『信じられない。あのクリストファーがあんな悪女の手に堕ちるなんて。私が救済してあげないと、ダメよね』と呟いた」
悪女……。
私は……この世界で悪役令嬢という役割を与えられている。でもそれを全うするつもりはなく、このブルンデルクの地に逃れてきた。そして悪役令嬢にならないよう、気を配って生きてきたつもりだ。
それなのに。
舞踏会で一目私を見たユーリアは私を『悪女』と言い切った……。ユーリアにはバレているのだろうか? 私が悪役令嬢だと? でもどうして、そんな一瞬で分かったの!?
「そのユーリアという女性のことをグレッグ、君は先程からずっと美しい女性だと言っているね。グレッグ、君にとっての美しいの定義は、なんなのだろうか?」
クリスの声は冴え冴えとして冷たい。
こんな氷点下のような声を、クリスが出すのかと驚いて息を飲む。
クリスに問われたグレッグの顔も青ざめている。
何も答えない……いや、答えられないグレッグに対し、クリスは話し続ける。
「僕は見ず知らずの相手に対し、『悪女』だなんてレッテルを貼るような女性は、どんなに容姿が優れていようと、美しいとは思えない。それに僕は救済なんて必要としていない。墜ちたつもりもない。それを勝手に自身の価値基準で判断するなんて」
落ち着いた声のトーンだが、声音は冷たい。
今は夏なのに、冷気さえ感じる。
グレッグは青ざめた顔のまま、言葉が出ない状態だ。
「僕はそのユーリアという女性に、会ったことも話したこともない。それでも今、君から聞いた話だけで言わせてもらうなら。僕はそのユーリアが美しい女性とは到底思えない。さらに言わせてもらえば。僕にユーリアという女性は会いたがっているようだが。僕は全力で拒否する。ユーリアという女性には会いたくない。関わりを持ちたくない」
クリスは……声を荒げているわけでもない。
表情だって穏やかだ。
でもライラック色の瞳の奥には静かな怒りを感じる。
言葉の温度が低く過ぎて、聞いているこちらはまさに肝を冷やす状態。
「……クリストファー、その、すまなかった。自分の選ぶ言葉が間違っていたと思う。それに……自分も気づいていたはずなのに。まるで彼女の呪縛からは完全に逃げきれないようで……。ユーリアは、見た目はそう、美しい。でも心は……穢れていると思う」
グレッグのこの言葉に、驚いてしまう。
私のことを『悪女』とユーリアは断定した。
そのこと以上に、今のグレッグの言葉に心が揺さぶられた。
「グレッグ、君は昔からとても真面目だ。めったなことで人を悪く言わない。その君の口から『心は穢れている』なんて言葉が出てきたことは驚きだよ。どうしてそう思うのかな?」
クリスの声はいつもの優しい温かさに戻っている。
その瞬間、先程まで感じた冷気が消え、夏の夜の生ぬるい温度を肌が感じていた。自身の声一つでその場の雰囲気まで変えてしまうクリス。これは魔法とは関係なく、彼の特殊スキルとしか思えない。
「ユーリアはその容姿の美しさと普段のあどけない態度から、周囲の男性を虜にする。ウィリアム様もフランシス殿下も、そして自分も。……加えて自分が把握しているのは7人の男性だ。つまり、全部で10名の男性が、ユーリアに心を奪われてしまった」
グレッグは溜め込んだものを吐き出すかのように、言葉を綴っている。それを聞いたクリスは……。
「絶妙な言い方だね、グレッグ。それにとても興味がそそられる。君がユーリアに心を奪われたのであれば、今ここで彼女を批判するはずがない。でも君はユーリアの心が穢れていると断言した。つまり君の気持ちは現在、ユーリアにはない……ということだ。他のメンバーはどうなのだろう? ウィルは……僕が知る限り、心に想う女性がいるようだが、それはユーリアではないと思うが」
グレッグとクリスの会話には気になることが満載だが。
でも一番反応してしまうのは「ウィルは……僕が知る限り、心に想う女性がいるようだが、それはユーリアではない」だ。そうなるとウィルはジェシカを……。
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次回は「呪縛から逃れられない」を16時前後に公開します~

























































