22:僕のためにそうしてくれたの?
ケイトが満面の笑顔で私を見た。
「ニーナさま、水まんじゅう、ご馳走様でした! 本当に初めて食べましたが。ジューシーで甘くて美味しいかったです。珍しいスイーツですよね。ブルンデルクで販売すれば、名産品になりそうですが」
水まんじゅうの御裾分けをすると。ケイトは喜んでその場で食べてくれて、嬉しそうに感想を伝えてくれた。これだけ好評ならば。みんなが王都やギリス王国から戻ったら。また作ってもいいかもしれない。
「それではニーナさま。筆頭公爵家の舞踏会のため、ドレスに着替えましょう!」
王都の宮殿で開催された舞踏会は。
急遽参加が決まり、持ち合わせのイブニングドレスも一着しかなかった。でも今日は自室にいるので、ケイトは私にどのドレスを着せるか朝から考えに考え、これぞという一着を選んでくれた。
そのドレスは……。
トップスからスカートへ向け、ライラック色~ピンクにグラデーションが展開されている。目を見張るのは、胸元からウエストにかけ飾られた大小の花々。その花はビジューと生地で手作りされたもので、色も形も様々で実に美しい。
ドレスが花モチーフなので。
クリスがプレゼントしてくれた花モチーフと蝶モチーフのアクサセリーを身に着ける。花モチーフのカチューシャ、蝶モチーフのイヤリングとペンダントだ。
というわけで支度は完了。
髪はゆるい編み込みにして左側で束ねた。
「ニーナさま……。なんて可愛らしいのでしょう。これは絶対、クリストファーさまが好きなドレスです。いえ、このドレスを着るニーナさまが、クリストファーさまは間違いなく、大好きなハズです!」
ケイトは自信たっぷりのドヤ顔になっている。
さらに。
「『ニーナ、なんて君は可愛いんだ! 僕の愛しい婚約者よ。愛しているよ!』――そう言ってニーナさまを抱きしめようとして、ニーナさまは『クリス、顔に金具が当たって痛いわ』となり、クリストファーさまは代わりにニーナさまに……。ニーナさま。出発3分前に、もう一度お声がけしますからね。そこで口紅をつけますから」
ケイト……!
完全に、クリスの行動を読んで、そしてサポートしようとしている!!
クリスが猫タイプを発揮した時。
ケイトはいつもそれをたしなめていたのに。
私を見たクリスがキスをしたがると判断し、口紅は出発直前につけることを提案してくれた。ケイトは間違いない……優秀な侍女だ!
「では、一旦、私は失礼させていただきますね」
ケイトが部屋を出て行き、私はソファに腰を下ろした。
ミルキーはふかふかのタオルを敷いた籠の中でおとなしくしている。
そろそろクリスは来るかしら?
そう思ったら。
扉をノックする音が聞こえる。
クリス……!
駆け足になりそうなのをこらえ、早歩きで扉へと向かう。
ゆっくり扉を開けると……。
「ニーナ!」
「クリス……!」
ケイトの予想はハズレだ。
今日のクリスは、彼専用の軍服ではない。
白シャツに合わせているのは小花柄のタイ。これは私のドレスが花モチーフなので、相性抜群。シャツの上にはスモーキーピンクのシルクのベスト、ライラック色のテールコートに同色のズボンと、明るく華やか。しかも前髪の分け目が昨日ともまた違っている。なんだか……前世でいう男性アイドルみたい。ヤバイ。現代風でカッコいい。
クリスの新たな一面を見つけた気分だ。
「ニーナ、そのドレス、とても似合っているよ。なんて愛らしくて可愛いのだろう」
キラキラとクリスの瞳が輝いている。
いや、アイスシルバー色のサラサラの髪も、とんでもなく煌めいているわ……。
「本当に、どうしよう。ニーナ。あまりにもニーナが素敵で、理性が飛んでしまいそうだよ」
今日は軍服ではない。
それはクリスも分かっていたので。
全身全霊で喜びを表現し、ぎゅっと私を抱きしめる。
「クリスもその髪型と服、とっても素晴らしいわ。いつもカッコいい。でも今日はさらにカッコいい」
「ありがとう、ニーナ。……今日は舞踏会でもニーナに甘えていい?」
「それは勿論」と答えかけ、我に返る。
そんなことをされたら、私は舞踏会で自我を保てないだろう。もうクリスにメロメロで、クリス以外は考えられなくなるはず。とても社交なんてできない。
「クリス、それは……」
ライラック色の瞳が、歓喜と甘さで、とんでもない輝きを放っている。しかも、この表情。直視できているのが奇跡では!? 端正な顔立ちに浮かぶ高揚感。抑えきれない愛情。溢れ出る色気。さらにクリス専用ライトが当たっているのか、本当に全身が輝いて見える……!
「ニーナ……」
倒れそうになる私を支えるように抱きしめ、耳元で「大好きだよ、ニーナ」とクリスが囁く。その声はいつもの数万倍の甘さを秘めている。唇は耳に触れそうだ。かかる吐息で自分の息遣いが荒くなっていると感じる。
もう、ダメ。
舞踏会どころではない。
多分、今、推しフィルターも起動している。
「ニーナ、口紅をまだ塗っていないね。僕のためにそうしてくれたの?」
お互いの唇が触れるか触れないかの絶妙な距離で、クリスが掠れた声で尋ねる。もう心臓が大爆発して、何が何だか分からない状態。そこで優しく口づけをされたなら……。
陥落――。
クリスに何か言おうとしていたが、思い出せない。
今はもう、クリスのことしか考えられない状態。
クリスはキスをしながら、何か私に言っているが、正常な判断などできず、すべてに頷いてしまっている。クリスはすべてイエスの私の反応に、大喜びしていたが……。
ノックの音に一気に目が覚める。
そうだ、これから、筆頭公爵家のグレッグの舞踏会に行かないとならない……!
クリスはゆっくり私から体をはなし、落ち着いた動作で扉を開ける。そこにはニッコリ笑顔のケイトがいた。
「クリストファーさま、こんばんは。ニーナさま、最後の身支度の時間です」
ケイトの挨拶にクリスはにこやかに応じ、私を見る。私は慌ててケイトに応じた。
「え、ええ、ケイト、お願い」
意識はなんとか取り戻したが、心臓はまだドキドキ状態が続いている。必死の思いでケイトを部屋に招き入れ、口紅を塗ってもらい、ドレスや髪に乱れがないか確認してもらった。問題なしのお墨付きをもらい、クリスにエスコートしてもらい、部屋を出た。
お読みいただき、ありがとうございます!
公開が遅めになり大変失礼しました。ごめんなさい。
次回は「クリスの溺愛度が深まっている!?」を20時前後に公開します!

























































