18:待って、クリス!
あっという間に私の部屋に転移をすると。
クリスは……。
「もう時間が遅いから。また明日、ゆっくりね、ニーナ」
そう言ったクリスはまだケイトが来ていないのに、私におでこへキスをすると、自身の部屋へ戻ろうとしている。
「待って、クリス!」
思わずクリスの袖を掴んでしまう。
ぎゅっと抱きしめて欲しいのだが。
今日の軍服ではそれは無理。
それならばせめて……。
掴んでいたクリスの袖をはなすと。
ソファの前のテーブルに置かれているガラスの容器を開ける。そこには美しい形のチョコレートが綺麗に並べられている。そこでハート型のチョコレートを手に取った。
「クリス、転移魔法で魔力を使ったでしょ。だから……」
ドキドキしながらクリスを見上げる。
「僕にこのチョコレートをくれるの? ニーナ」
限りなく優しい眼差しで、クリスは私のことを見ている。
「うん……」
恥ずかしくて声も小さくなり、全身も熱くなる。
今の私は、分かりやすく顔が真っ赤になっているだろう。
「じゃあ、食べさせて」
微笑んだクリスが私の腰を抱き寄せる。
その動作に心臓が大きく跳び上がった。
ドキドキしながらチョコレートをクリスの口元へと運ぶ。
クリスは私の手を掴み、パクっとチョコレートを食べると……。
「止まらなくなるから、我慢していたのに。ニーナはいけない子だね。チョコレートキスの魔法が発動してしまったよ……」
耳元で囁いたクリスは……。
私の頬を優しく包み込み、甘いチョコレート味のキスを繰り返した。
◇
オペラはどうしても終わる時間が遅いので、帰宅が遅くなることは、ウィンスレット辺境伯夫妻も分かっていた。それに今は夏季休暇。だから翌日は少し寝坊させてもらい、朝食も部屋に届けてもらった。
「ニーナさま、おはようございます。ゆっくりお休みになれましたか?」
部屋に朝食を届けてくれたケイトは、朝から元気いっぱいだ。
「おはよう、ケイト。ぐっすり休めたわ。でもまだ眠ろうと思えば眠れそうだけど……」
「まあ、ニーナさまったら。クリストファー様は今朝もウィンスレット辺境伯から武術の訓練を受けていましたよ」
その情報には驚いてしまう。
クリスは間違いなく。
昨晩も大魔法使いのメイズからの課題、自習をした上で休んだはずだ。
休んだ……多分、ほとんど寝てない。
魔法で回復したんだ。
ホント、クリスって……ワーカホリック。
体調を崩さないか心配になるが。
クリスの魔力が強いのは事実。
一般人の尺度で、クリスのことを考えない方がいいのかもしれない。
「まずは顔を洗って朝食を召し上がってください。早く準備をしてクリストファー様に会いたいですよね?」
「そうね。すぐに朝食をとるわ」
私はベッドから飛び起き、すぐに準備にとりかかる。
とはいっても。
朝食を前世のようにかきこむなんてことは許されていないので。フォークとナイフを使い、きちんとよく噛んで食べ終えると。ドレスへ着替える。
今日は、筆頭公爵家のグレッグの舞踏会へ顔を出す以外の予定はない。だからいつも通りのドレスへと着替える。
「昨晩、ニーナさまが着ていたあのドレス。驚きました。エキゾチックっていうのですか? 初めて見た柄でした。珍し生地ですよね。あれもクリストファー様からの贈り物なのですよね? センスがいいですね、クリストファー様は」
私にドレスを着せながら、ケイトもまた昨晩のドレスを褒めてくれる。あれは着物という東の国の生地を使っており、王都では着物の生地や柄を使ったドレスが最先端であることを教えてあげた。
「東の国……遥か東方の国なのですよね? 舶来品の。クリストファー様は女性のドレスにまで詳しいなんて。本当に驚きですね」
確かにクリスは博学。博学というか、新しくできたアイスケーキのお店の情報も掴んでいたし、流行にも敏感というか。とにかく知識もそうだが、情報の感度も半端ないのだと思う。
「さあ、ドレスはこれで完了です。髪はどうされますか?」
「そうね、どうしようかしら」
一度、姿見で今日のドレスを確認する。
ミルキーピンクの柔らかな印象のドレスは、トップスに白の花柄の刺繍がとても可愛らしい。スカートのレースはふわりとして、裾のフリルといい、実にフェミニン。昨晩のドレスが粋なデザインだった分、今日は完全なイメチェンをした感じだ。
思い切ってハーフアップのツインテールにしてみた。リボンはドレスと同じミルキーピンク。これにクリスがプレゼントしてくれたライラックモチーフのイヤリングとネックレスをつけると……。
「ニーナさま、今日はまるでフェアリーみたいですよ。ふふ。クリストファー様はこんな感じの可愛らしいニーナさまのこと、とてもお好きそうですよね」
それはそうだと思う。
クリスは大人っぽいドレスより可愛らしいドレスの方が好きそうな気がする。
時計を確認すると。
もうすぐ10時。
クリスとの待ち合わせは……10時。
準備は完璧。
ケイトは既に部屋を出て行っている。
ワクワクしながらクリスが部屋に来るのを待つ。
テーブルの上のネモフィラの花畑のオルゴールのネジを回すと。エルガーの『愛の挨拶』が軽やかに流れ出す。ミルキーがオルゴールの周りをぐるぐる回っている。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「10時になった!クリスに会える」を20時前後に公開します~


























































