17:もどかしく切ない
お化粧も終わり、睫毛は綺麗にカールし、唇は大人っぽいラスベリーレッド。某海外ファッション誌の表紙にも登場できそうなぐらいドレスアップできた私は、ご機嫌でメイドと共に寝室を出た。
「クリス……!」
応接室のソファに腰かけるクリスは。
期待通り! クリスにだけ着用がみとめられたロイヤルパープルの軍服姿だ。その姿はもう……。カッコいい。素敵。似合っている。美しい。完璧。最高。いくら言葉を並べて、その素晴らしさを伝えきれない気がする。
私と一緒に部屋から出てきた二人のメイドも息を飲み、感嘆している様子が伝わってきた。
一方のクリスは、ソファから立ち上がり、足早に私に近づき、大変もどかしそうな顔をしている。それを見たメイドはクスクス笑いながらお辞儀をし、部屋を出て行った。
「ニーナ、とても美しいよ。そしてそのドレス、とてもよく似合っている。王都で東の国のキモノという生地を使ったドレスが、今、とてもホットだったと聞いたから……。うん、それを選んで正解だったね」
クリスはもどかしい顔をしているが、それでも懸命に私のドレス姿を称賛してくれる。
「ええ。私、自分ではないみたい。こんな最先端のドレスをブルンデルクで着られるなんて。感動してしまうわ。本当にありがとう、クリス!」
「どういたしまして。ニーナの笑顔は僕のご褒美だからね」
なんとか笑顔になっているクリスは私の二の腕をつかみ、でもすぐに切なさそうな顔になってしまう。
「……ニーナを抱きしめたいのに。キスだってしたいのに」
そう。今日のこの軍服姿では。
沢山の飾りがあるので、クリスは私を抱きしめることができない。そしてお化粧を完璧にしているからキスもダメ。何もできないこの状態に、クリスはもどかしく、切なくなってしまっている。
なんて、なんて、なんて。
お可愛いこと……! たまらない!
「その気持ち、よく分かるわ、クリス。出発までまだ少し時間があるわよね?」
素直に頷くクリスの背に回り込み、後ろから抱きつくと。
「ニーナ」
掠れた声でクリスが甘く囁く。
「オペラの観劇が終わったら、沢山キスをして」
「もちろんだよ」
クリスがぎゅっと私の手を握りしめた。
◇
プルツィク歌劇場はホテルから本当に近かった。
クリスにエスコートされ、劇場に向かっていると。
女性の多くがクリスに目を留める。
目を留めたクリスを見てため息をつく。
これはいつものこと。
ところが今回は。
クリスを見てため息をつき、私のドレスを褒めてくれたり、どこでオーダーしたドレスなのかと尋ねる女性もいたのだ。これにはもう驚きだ。尋ねた人は間違いなくブルンデルクが地元の人。この王都で最先端を行く着物生地を使ったドレスを知らず、興味津々のようだ。
声をかけてくれた女性には、クリスが丁寧に王都で流行しているドレスだと説明してくれる。女性は「そうなのですね!」と感嘆。さらにこのドレスはクリスが私にプレゼントしたものと理解すると。その目は私の左手に注がれ……。「お二人は婚約されているのですね。美男美女でお似合いです」と笑顔で称賛し、ドレスについて教えてくれたことに感謝し、その場を去って行く。
こんなことが数回あり、プルツィク歌劇場に到着した。
中に入ると……。
エントランスからしてゴージャス。
アーチ型の天井には美しいシャンデリア。
大理石の階段にはグリーンの絨毯が敷かれている。
壁や柱には金の装飾。美しい彫像がいくつも飾られていた。
奥へと進むと、天井や天井近くに沢山のフレスコ画も描かれている。
中央ボックス席に向かう間にも、何人かの女性や男性に声をかけられた。クリスの選んだドレスの人気は絶大。何よりドレスの説明の後に、私達が婚約していると気づき、必ずお祝いの言葉をもらえるのだ。見知らぬ人とはいえ、祝福の言葉をもらえると嬉しくなってしまう。
こうして席に到着し、3幕2時間のオペラ観劇を楽しんだ。
オペラ自体は何度も見ているけれど。
クリスとの観劇は初めてのこと。
とてもドキドキし、素敵な思い出も作れた。
観劇中にずっとクリスと手を握り合っていたこと。二回の休憩でチョコレートアイスを食べてしまい、チョコレートキスの魔法が発動。人目のない場所で甘いキスを何度もしたこと。幕間劇で二人してクスクス笑ったこと。衣装や演出に二人で感動したこと……。
ウィンスレット辺境伯夫妻、アンソニーやジェシカと一緒にオペラ観劇した時とは全然違う思い出を作ることができた。
ホテルの部屋に戻ると、普段であれば入浴をしている時間だった。
心の中で。
このままこの部屋に泊ることができたらいいのに。
そんな風に思ってしまう。
そうすれば朝までクリスとずっと一緒にいられるのに。
でもさすがに二人だけの外泊は、ウィンスレット辺境伯も許してくれないだろう。
「ニーナ、帰ろうか。荷物は僕が持つよ」
クリスは日中に私が着ていた衣装が入った箱を持つと、私をエスコートしてフロントへ向かう。そこでチェックアウトの手続きをした後は。銀狼を呼び、私と手をつなぐ。ミルキーは私の肩にしっかり乗っている。
転移魔法であっという間に私の部屋へ戻ってきた。
衣装の入った箱もあったので、私の部屋へ転移したのだが。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「待って、クリス!」を16時前後に公開します~


























































