16:陥落しないなんて無理な話
私の腰を抱き寄せたクリスが、おもむろに尋ねる。
「ニーナ。さっきから少し、挙動が不審だね。何か隠し事をしている?」
「えっ!」
バ、バレている!?
「なんでもかんでもさらけ出す必要はないけれど……。今のニーナは、明らかにおかしい」
ク、クリス、鋭い!
というか、こんな時のクリスは、優秀過ぎて困ってしまう!
「ニーナ、それはどうしても僕に言えないこと?」
クリスの顔が近い!
顔というより、く、唇が……。
もう触れそうな距離で、そんな風に囁かれたら……。
とんでもないほど心臓はバクバクするし、何も考えられなくなる!!
まさにそう思った瞬間に。
クリスは優しく私の唇をふさぎ、再度耳元で甘く尋ねる。
「何を隠しているの、ニーナ?」
耳に、耳に……!
クリスの息がかかる。しかも耳に、唇が触れ、もう全身から力が抜けてしまいそうだ。
それなのに。
「ねぇ、ニーナ」
甘々で囁き、耳朶にキスをされた……!
瞬時に全身から力が抜け、頭の中が真っ白になる。
そんな私をクリスは抱きしめ、頬や首筋へのキスのシャワー。
もう、こんなことをされて。
陥落しないなんて無理な話で。
あっさり私は白状することになる。
「なるほど。騎士道精神を一切無視した騎士と女性との許されない恋物語……。確かにそんな読み物が流行っていると聞いたことがあるね。でもそれはあくまで物語。ニーナも読み物として、面白そうだと思っているだけだろう?」
「そ、それはもちろん! その通りよ、クリス。現実で、そんな、道ならない恋をしたいなんて、思って」
「ニーナ」
クリスがライラック色の瞳を煌めかせて私を見つめる。
ただ見つめられた。
それだけでまたも腰砕け状態になる。
「ニーナと僕は婚約しているのだから。それに11月には婚姻関係を結ぶ約束だよ。分かっているよね?」
そこで国宝級の笑みを見せられたら、首を縦に何度もふり、頷くことしかできない。それなのにクリスはダメ押しのように私に尋ねる。
「僕は絶対にニーナ以外を愛するつもりはないよ。ニーナだけだ。僕のすべてを捧げるのは。……僕では不満がある?」
クリスに不満!?
魔力の強さのみならず、頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗、性格最高、料理上手、脱いでもスゴイと、非の打ち所がない上に、溺愛タイプというクリスに不満などあるわけがない! それを言うならむしろ。
「クリスに不満なんてないわ! 私だってクリス一筋だから。むしろ……クリスが私を見捨てないか心配」
「僕がニーナを……そんなヒドイ言葉、口にできないよ。ニーナは僕のすべて。ニーナのことを一生に大切にして守る。それが僕の生きがい。だからそんな恐ろしい想像をしたり、あり得ない言葉を口にしたりしないで、ニーナ」
「クリス……!」
結局。
クリスに変な誤解をされることもなく、むしろ二人の愛が深まったというか。
ホテルに着くまでクリスは私を溺愛したし、ホテルの部屋に着いてからも、その溺愛は止まらない。部屋に用意されていた紅茶を飲み、チョコレートを食べたことで、チョコレートキスの魔法も発動してしまい……。危うくその後の予定がすべて吹き飛ぶところだった。
ともかく。
クリスの溺愛から解放された後は。
オペラ観劇に向けた準備だ。
満腹で鑑賞すると眠くなる可能性はなきにしもあらず。
では空腹でいくと……普通に上演中にお腹の虫が鳴く可能性がある。
私は黒い森でも、アミルにさらわれた時にも、お腹が正しく機能してしまった。何も食べずに観劇すると……。お腹が鳴る可能性が高い。
そこで軽く腹ごしらえだ。ルームサービスで頼んだ料理は、ブルンデルクの名物料理でもある麺料理。一口サイズのパスタにたっぷりのチーズを絡ませ、フライドオニオンとまぜあわせて食べる物で、肉料理に添えられることも多い。でもこれ単品でも十分に楽しめ、現にこの一皿とサラダをクリスとシェアし、ほどよく満腹になれた。
ということでいよいよ着替えとなる。
クリスは応接室で、魔法を使い着替える。私は寝室でメイドに手伝ってもらい、ドレスに着替え、髪を整えることになっていた。フロントに声をかけると、すぐにメイドが来てくれる。早速寝室へ向かう。
そう。ついにクリスが用意してくれたドレスを目にすることになったのだが……。
オフショルダーのマーメイドラインのドレスは、光沢のあるシルクのロイヤルパープル。深みのある色で、生地の一部には着物の生地が使われていた。ライラック色の生地に大輪の華と美しい蝶が舞い飛ぶ着物生地は、実に美しい。王都の宮殿の舞踏会でも、着物生地を使ったドレスを着ている人がいた。まさに流行の最先端を行くデザインに、テンションが上がる。
髪は観劇の邪魔にならないようにおろし、耳には蝶の形のイヤリング、首元には蝶の飾りがついたチョーカー。そしてオペラグローブをあわせて完成だ。
姿見に映る私はなんていうのか……垢ぬけている!
決してブルンデルクが田舎だとは思わない。
それでも王都からは遥か北の地。
王都の流行は数カ月遅れでブルンデルクに到達する。
そう、夏の避暑で王都の貴族がブルンデルクに来ることで。
夏にブルンデルクから王都に向かうことで。
ようやくドレスも最先端のデザインが、ブルンデルクで広まることになる。
つまりブルンデルクにおいて。この着物生地がデザインに取り入られたドレスを着ている人は、まだそこまで多くないはず。クリスがこのドレスを私のために用意してくれたことには……本当に嬉しくなってしまう。
しかもこの色。
ドレスがこの色ということは。クリスは彼だけが着用することを許されたロイヤルパープルの軍服を着ているのだと思う。あの軍服は、襟や袖に繊細な刺繍が施されている。飾りボタンも飾緒も肩章もサッシュも、実に華やかなもの。そして私はこの軍服姿を見て、自分が制服フェチであると自覚したわけで……。
ヤバイ。
クリスに会う前から、興奮し過ぎて鼻血でも出てしまいそう。
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは12時頃に「もどかしく切ない」を更新します~

























































