1:プロローグ
宝探しから戻った翌日。
ウィル、ジェシカ、アンソニーは、2週間の日程で王都へ向かった。ジェシカとアンソニーは毎夏、いつも2週間は王都へ行くのが恒例行事。ウィルはそれに便乗した形だ。
「ニーナもクリスと一緒に王都へ来ればいいのに」
当然のようにウィルはそう言ってくれた。
その提案に、一瞬心が動かされたが……。
なにせわずか数日、王都に滞在しただけで。
マジパラの攻略対象であるフランシス王太子と筆頭公爵家の嫡男のグレッグに遭遇し、ヒロインであるユーリアを見かける事態になったのだ。
クリスと婚約したが、私は悪役令嬢としてお役目御免になったわけではない。王都に行くのは卒業後……せめてクリスと11月に婚姻関係を結んでからだ。
ということでウィルのせっかくのお誘いは辞退し、ブルンデルクに残ることにした。
一方のアミルは。
「母さんから手紙が来ていた。例の砂漠のアサシン(暗殺者)の件でさ、話を聞かせろって。だからちょっとギリス王国に行ってくるよ。春から一度も顔を出していないから、数日、滞在してくる。ニーナ、寂しがるなよ。土産は買ってくるから」
そう言ってギリス王国へあっという間に転移魔法で帰って行った。
まるで。
期末考査の最終日のように。ブルンデルクに残ったのはクリスと私だけだった。
これはもしかするとクリスと私の休日デートが実現できるのでは!?
思いがけずクリスと二人きりの状況に恵まれたが。
私はまだ考えていなかった。
クリスとの休日デートの過ごし方を。
ところが。
「今年もニーナは王都に行かないのだね。でも婚約者のクリストファー様がいるなら、ニーナは寂しくないか。どこか二人で遊びに行く計画でも立てているのかな?」
ウィル、ジェシカ、アンソニーのいない夕食の席で、ウィンスレット辺境伯に尋ねられた私は。
「確かに今年はクリスがいてくれるので……寂しくはないのですが、まだブルンデルクで何をするか計画を立てていないのです。いつも一人の時は、王都から出店しているお店に足を運んだりするのですが……」
するとウィンスレット辺境伯は隊服のジャケットの胸ポケットから、何やらチケットを何枚か取り出した。
「いろいろもらったのだが、この屋敷からは遠くてね。私はこの通り、夏は忙しい。ローゼも私が行かないなら興味がないと。ニーナ、もし良かったらもらってはくれないか? クリストファー様と楽しむといい」
そのチケットは……オペラ、オルゴールミュージアム、アート花火フェスティバルなど、ブルンデルク内で開催されるものだが、確かにどれも泊りがけで行くような場所だ。ブルンデルクは北方の要。とても広いのだ。
ウィンスレット辺境伯夫人……ローゼ様も、行くならウィンスレット辺境伯と行きたいという気持ち。いいなぁ。この二人。恋愛結婚と聞いている。ゴリマッチョなウィンスレット辺境伯とジェシカそっくりのローゼ様は、まるで美女と野獣。どんな出会いの末に結婚に至ったのか……。気になる! が、まずはウィンスレット辺境伯に御礼だ。
「ウィンスレット辺境伯、ありがとうございます! 明日、早速、クリスに話してみます」
夕食を終えると。それまで着ていた服から、クリスの瞳の色、ライラック色のワンピースに着替えた。白い水玉模様のこのワンピースには、ウエストに白のリボンベルトを合わせる。これで髪をポニーテールにしたのだが。なんだかレトロアメリカンな感じに仕上がった。
姿見で確認し、「よし」と呟いたところで、クリスが部屋に来てくれた。
クリスが部屋に入ると、その後ろを銀狼が尻尾を振ってついていく。銀狼が来たと分かったミルキーは。私の肩からあっという間に降り、駆け足で銀狼のところへ向かう。まずはお互いの鼻をくっつけあい、まるでキスをしているみたいに挨拶をして。その後はいつも通り、クリスの足元で丸くなる銀狼にミルキーが寄り添う。ホント、銀狼とミルキーが寄り添う姿は見ていて心が和む。
一方の私は、ソファに座ったクリスに早速、ウィンスレット辺境伯にもらった各種チケットを見せる。すると私とこれらのイベントに行けると分かったクリスの顔は、夜だというのに太陽のように輝く笑顔になった。
「ニーナと二人きりの夏季休暇をしばらく過ごせるって分かったから。どんな風に過ごすか考えていたんだ。でもオペラ、ミュージアム、花火は考えていなかったよ。ぜひ行こう、ニーナ」
ソファに座るクリスは、隣にいる私を嬉しそうに抱き寄せる。今日のクリスは、白シャツにラベンダーグレーのズボンとラフな装いなのだが。シンプルな分、彼自身の魅力が引き立つ。服を着ていても分かる均衡のとれた体。ライラック色の瞳の美しさ。サラササラの髪。そしていつもの透明感のある清楚な香り。この香りを感じるとクリスとの近さを実感し、胸は大いにときめく。
「オペラはプルツィク、オルゴールはコルン、花火はミルギーナか。日程は……。なるほど。そうするとまずはオルゴールミュージアムのあるコルンに行って、観光しながらミュージアムを見る感じかな。コルンはね、ニーナ。博物館や美術館が沢山あるんだよ。ニーナが喜びそうなところだと……チョコレートファクトリーという博物館がある。チョコレートの歴史やチョコレートを作る工程、試食なんかもできるんだよ。オペラは三日後か。プルツィクは……」
クリスはブルンデルク内の地図も完璧に頭に入っているようだ。さらにその街にどんなものがあり、何が有名かも把握している。私はかれこれ10年近くブルンデルクに住んでいるのに。クリスに比べるとブルンデルクのことを何も知らないと痛感する。
結局。
私が計画する必要もなく、オペラ、オルゴール、花火があるそれぞれの街での大まかな過ごし方が見えてきた。わざわざ調べるまでもなく、クリスの頭にインプットされている情報だけで、休日遠出デートの大まかなプランが完成したわけだ。
「でもどの街もだいたいの計画でいいと思うよ、ニーナ。現地に行ったら思わぬ発見も沢山あるだろうしね。勿論、どうしても見たい、行きたいと思う場所があれば、そこは絶対に行こう。あとはニーナが実際に見て、行きたいと思ったり、食べたいと思った物を、見に行ったり、食べたりしよう」
もうホント、完璧。
外したくないポイントは押さえる。でもあとは自由に動く。これ以上のプランはないと思う。
「クリス、ありがとう。私なんかよりクリスがブルンデルクについて詳しいおかげで、慌てて地図をめくり、調べる必要もなく、休日遠出デートが楽しめそうだわ。とても助かる。本当は……クリスがのんびりできるような休日お出かけデートを計画するつもりだったの、私が。クリスはいつも忙しそうだから」
するとクリスは予想外のことを口にした。
「ニーナ、僕がのんびりできるようなデートを考えようとしてくれたこと。とても嬉しいよ。でもね、ニーナ。僕はズルもできるし、ニーナが思っている以上に、ちゃんと休息はとれているから。大丈夫だよ。それに僕は回遊魚みたいなものだから、何かしていないと落ち着かない。そんな僕だけど、ニーナといる時は違う。ニーナといる時は、本当に気持ちが安らぐ。むしろ……ニーナと離れている時間を忘れたくて、大魔法使いメイズ様の課題や自習をやっているようなものだからね」
そう言ったクリスは。
すぐ足元で抱き合う銀狼とミルキーのように、自身の鼻を私の鼻につけ、甘えたりするから……。私は全身から力が抜け、クリスの胸の中にへたりこむ。
「もう、ずっと、ずっとニーナと一緒にいたいよ……」
クリスは声でも甘えるので、なんとか保っている意識さえ、吹き飛ばされそうになる。
「私もクリスとずっと一緒にいたい……」
それだけ言うのが精いっぱい。
一方のクリスは私の言葉に大喜びで、私の体をぎゅっと抱きしめる。
こうしてケイトが入浴の準備で部屋に来るまで。クリスはずっと私を抱きしめ続けていた。
Episode4スタート大記念☆
蕗野冬先生の描き下ろしフルカラー表紙絵登場です!
時間差でもう1話公開します~

























































