58:ウィルとジェシカ
キスの余韻に浸っていたが。
「そろそろ蛍たちも、お休みの時間だ。僕達も帰ろう」
「え、そうなの?」
「丁度このぐらいの時間が、ピークだからね」
もう帰らなければならないのか。
でも確かに、湖の上を飛んでいた蛍たちが、岸辺に戻ってきている気がする。これから草むらで休憩なのかな。
「大丈夫。ニーナ。来年の今頃は、二人は同じ屋敷に住んで、同じ部屋に戻ることができるから」
まさに心をとかす言葉に、瞬時に骨抜きになった。
クリスはそのままお姫様抱っこで、私を抱き上げる。
「銀狼との同化が、解除された時を思い出すね」
今の言葉に私と、クリスの足元にいる銀狼が反応している。
銀狼の頭の上にいるミルキーはきっと「なんのこと!?」と首を傾げていそうだ。
「では、帰ろう」
転移魔法で、テントがある場所へ戻った。
◇
テントに戻る前、一度だけクリスとキスをしたことで。
キュンキュンした状態で、テントの中に戻ることになった。
まだジェシカが戻っていなかったので、そのまま着替えをした。
着替えを終えた私は、ミルキー相手にデレ顔で、クリス賛歌を始める。
「ミルキー、クリスって素敵よね。最高よね」
私がミルキーの方へ指を向けると、ミルキーは私の指をハムハム始める。
「今日のあのキスの瞬間の蛍。あれは本当に奇跡よね。あの瞬間にキスができるクリスって、天才だと思う」
ミルキーは懸命にハムハムを続けている。
「それに」
外で人の声と気配を感じ、私は慌てて口を閉じる。
これは絶対にジェシカだ!
「はい、ありがとうございます。ウィリアム様。おやすみなさい」
テントに戻ってきたジェシカを、両手を広げて迎える。
「ニーナ!」
ジェシカが私に抱きつく。
「どうだった、ジェシカ!?」
「もう、最高だったわ、ニーナ」
興奮気味のジェシカは、それでもちゃんと着替えをしながら、ウィルとどんな散歩を楽しんだのかを、嬉しそうに話し出す。
「もうね、ちょっと森に入ると、湖の方で蛍が見えたの。その蛍を見ながら、森を歩いたのだけど……。まだ日没前だけど、森の中はもう薄暗いでしょ。ウィリアム様は、足元だけ魔法で照らして、極力蛍の邪魔をしないようにしていたの。そして私をエスコートしてくれながら、森の中を歩いて行ったのよ。歩いている時に、夕食会で私が焼いたパンがとても美味しかったって、褒めてくださって……。美味しいパンを作るには、美味しいパンをさらに食べないといけないね、っておっしゃってくださったのよ。それでね、夏休みの間、美味しいパンを一緒に探そうって、誘ってくださったの!」
その瞬間、ジェシカが私に抱きつく。
「良かったじゃない、ジェシカ!」と私はジェシカを受け止める。
「その後は転移魔法で、ゆっくり蛍を見られる場所に移動して。ウィリアム様は、素敵なベンチを魔法で用意してくれたの。そこに並んで座って、蛍を見ていたのだけど……。隣にウィリアム様がいるのに、それを忘れそうになるぐらい、圧倒的だったわ。あんなに沢山の蛍がいるなんて。この辺りは自然に守られていると、実感したわ」
「分かるわ、ジェシカ。私もあの蛍には感動したもの。……アンソニーやアミルも見たかしら……?」
すると。
ジェシカの眉毛が八の字になる。
「え、どうしたの、ジェシカ!?」
「ベンチに座って蛍を見ていたら……。声が聞こえたの」
「!? 声??」
何か動物がいたということ……!?
「びっくりしたわ。その声はね、お兄様とアミル様だったの」
思わず大声を出しそうになり、自分の手で自分の口を押さえた。
ジェシカとウィルは転移魔法を使っているのに。
あの広大な湖の周囲で遭遇するなんて。
ジェシカが驚くのも当然だ。
「ウィリアム様は、押し殺した声で、すぐに遮蔽魔法を詠唱されて。その後もいくつか魔法を使うことで、お兄様とアミル様は、私達に気づかず、どこかへ転移していきましたわ。でもアミル様は『他の奴らは、どこに行ったんだ!?』って言っていたの。もしかすると、みんなのことを探していたかもしれないですわね。……みんなと見に行った方が、よかったのかしら?」
「ジェシカ、そんなことないわ。あの蛍は、想い合う二人で、まずは見ないと!! それにアミルは絶対、いい雰囲気の私達に、ちょっかいを出したかっただけだと思うわ」
もしかすると。
クリスは私に全然悟られることなく、蛍を見たあの場所に、とんでもない魔法を展開していたかもしれない。アミルに邪魔をされないように。
必死に魔法を使うウィルを想像すると微笑ましい~
続きは明日の11時台に「良かったじゃない、ジェシカ!」を公開します!
ニーナとジェシカの恋バナが続きます♡

























































