17:まさか、忘れたの……?
「アンソニー、昨晩から私に『ネモフィラの花畑の約束』を持ち出すけれど、それ、何の事ですか?」
「え……」
「私、アンソニーが言う、『ネモフィラの花畑の約束』が何のことか分からないの」
「まさか、忘れたの……?」
こくりと頷くと、アンソニーは「参ったな」とため息をつく。
「ニーナが我が家にやってきた時、丁度、僕とジェシカは学校のキャンプに参加していて、留守にしていた。だから一週間、ニーナは屋敷で、一人で過ごすことになった。一人で過ごすというか、遊び相手もいないから、一人で遊んで過ごすことになった。もちろんまだ8歳だから、誰もニーナを屋敷の外に出すつもりなんてない。でもどうやらニーナは、メイドに魔法をかけ、こっそり屋敷の外へ抜け出し、遊んでいたらしい」
……! 私、そんなお転婆をしていたの!?
アンソニーは当時を懐かしむような顔をしている。
「ニーナはどこに遊びに行っていたのか。それはネモフィラの花畑だった。ネモフィラなんて、春になれば結構どこにでも咲いている。だから屋敷の近くに咲いているネモフィラを見に行っていたのかと思ったら……。僕とジェシカがキャンプから戻り、三人で遊ぶようになった時、ニーナがネモフィラの花畑があるから、そこに行こうと言い出した。
いくら三人で遊ぶと言っても、子供三人だけで屋敷を抜けだし、外へ行くなんて許されない。だからメイドに頼んで、外へ連れて行ってもらい、ニーナの言うネモフィラの花畑に行こうとしたけど……。いろいろ行ったけど、どれもニーナは『違う』と言った。この花畑ではないと」
全然、覚えていない。
乙女ゲーのマジパラの世界に転生したと自覚した時から、記憶力は大人と変わらなかった。子供の頃の記憶はよく覚えていない、などということはなく、すべて鮮明に覚えている……つもりだった。でも今、アンソニーが語るネモフィラの花畑に関しては、まったく記憶にない。
「しばらくは毎年のように春になると、ニーナの言うネモフィラの花畑探しをしていたけど……。もうさ、なかった。徒歩でいける範囲のネモフィラの花畑はすべて確認し終えていた。だからニーナが勘違いしているだけで、これまで見た花畑の中に、きっと正解の花畑があったのだよって。
でもニーナは、それは違うと言っていたけど、翌年の春から、花畑探しはしなくなった。てっきり探すのを諦めていたと思ったら……。もう一人で外出できる年齢になっていた。だからニーナは、一人でネモフィラの花畑探しを続けていた。14歳の春までは。でもそれ以降は探さなくなった」
なぜだろう。そんなことをしていた記憶が本当にないのだが……。
それに私が覚えているネモフィラの花畑に関する記憶は……見知らぬ少年と何かを約束し、額にキスをされるという出来事だけだ。花畑を探して歩いた記憶なんてない。でもそこまで必死に探したということは……。
ブルンデルクの地に来たばかりの私が、一人で行ったネモフィラの花畑。
そこで私は少年と出会い、何かを約束した……?
その約束は大切なものだった。だからもう一度その花畑に行こうとしていた……?
……!
アンソニーに握られていた手はそのままになっていた。
でも、その握る手にアンソニーが力を込めていた。
「ニーナが一人でネモフィラの花畑を探し続けていると気付いた時、僕は尋ねた。どうしてそんなに必死に探すのかって。そうしたら約束をしたから、と。どんな約束かは教えてくれてなかったけど。でも『もし、ニーナの言うネモフィラの花畑を見つけたら、何でも言うことを聞いてくれる?』って尋ねたら、『もちろん』と答えた。つまり、これがニーナと僕の『ネモフィラの花畑の約束』だよ」
なるほど。
私は全然覚えていないが、そんな約束をアンソニーとしていたと。
でもこれでハッキリした。
アンソニーの言う『ネモフィラの花畑の約束』と、私が夢で見る『ネモフィラの花畑の約束』は、違うものであると。
「ねえ、ニーナ。僕は見つけたよ。ネモフィラの花畑を」
「……! それは屋敷から徒歩で行ける場所で?」
「一応、徒歩で行ける。でも子供の足だと結構頑張ったと思う。それに今は誰もが立ち入れる場所ではない。昔は違ったみたいだけどね」
「なるほど……」
「その花畑に行きたい気持ちはある、ニーナ?」
どうなのだろう……。
少年と約束を交わしたネモフィラの花畑には行きたいと思う。
でもアンソニーが見つけた花畑は、私がかつて少年と約束を交わした花畑なのだろうか?
それは……行ってみないと分からない。
いや、行ってみて、気づけるのだろうか?
なにせ8歳の時となると、10年近く前なのに。
そうだとしても……。
「そう、だね。そんな風に花畑を探していたなんて、正直、覚えていないの。今、アンソニーから聞いても、『そうだったの!?』という感じで……。でも8歳の時に見つけた花畑を、14歳になるまで探し続けたのなら……。きっととても思い入れがある場所だと思うの。今は何も思い出せないけど、その花畑に行けば、何か気づけるかもしれない」
「つまり、ニーナはその花畑に行きたいわけだね」
こくりと頷くと……。
「そうか。もちろん、その花畑には案内するつもりだよ。ただ……」
再びアンソニーの手が私の手を強く握る。
「約束は果たして欲しい」
「え……?」
「ニーナの言うネモフィラの花畑を見つけたら、何でも言うことを聞いてくれる――僕とニーナの『ネモフィラの花畑の約束』だよ」
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は「嘘、嘘、嘘、嘘。」を公開します。
何かとんでもないことが起こるようです!
明日もよろしくお願いいたします。