2:プロローグ~夢が叶うまであと一歩~
次に予定が入ったのは、アンソニーとジェシカだ。
「ギリス王国から学園にとんでもない金額の寄付があってね。その使い道について生徒会で話し合うことになった。だから期末考査の最終日は、みんなと帰ることができない。申し訳ないね」
これまた学校からの帰りの馬車で、アンソニーが打ち明けると……。
別の意味で大騒ぎになった。
「アミル、お前、やり過ぎだ。100億リヤルの寄付なんて、王族でもしていないのに……」
ウィルの指摘に、アミルは首を傾げる。
「オレは何もしていないよ。ただ、母さんに手紙を書いた。コンカドール魔術学園の食堂の食事は、とてもおいしい。でもギリス王国……というか砂漠の町で食べていた料理がないから、食べたくなったって書いただけで……」
「なるほど。すまないがアンソニー、その寄付の一部、校内のカフェテリアに割り当ててもらえないか? クカルムカ地方出身の料理人を雇い、クカルムカ地方の料理を提供するようにしてほしい。たとえそこに割り当てても、お釣りは十分あると思う」
ウィルの言葉にアンソニーは「分かりました!」と深く頷く。そしてウィルはアミルに、学園で何か不足しているものがあると感じたら、自分にまず相談するようにと伝えた。
「あの……」
そこでジェシカが可愛らしく手をあげると。
「どうした、ジェシカ?」
瞬時にウィルが優しい眼差しを向ける。
アミルが一緒に通学するようになり、ついにジェシカは、ウィルの対面に座ることになった。最初の1週間は、本当にウィルを直視できず、ジェシカは顔を赤くしていることも多かったが……。
1カ月も経つと、なんとかウィルの正面席にも慣れ、今は普通に会話できるようになっている。
ジェシカの成長が、自分のことのように嬉しい。
「実は期末考査の最終日が、予定していた学級委員の週一ランチの日だったのです。でも期末考査など学校行事がある際は、そのランチはスキップしていたのですが……。今回、学級委員の一人が提案をしたのです。せっかくなので期末考査の後、みんなでお茶でもしないかと。それで申し訳ございません、私も期末考査の最終日は、皆さんと一緒に帰ることができないのです」
これにはウィルが分かりやすく、残念そうな顔をしている。
ウィルがこんな顔をするぐらい、ジェシカとウィルの距離は、縮まっていた。でもそれはまだ友達としての距離。この後、それが恋愛に向かうかは……。ジェシカ次第だ。
ともかくこれでアンソニーとジェシカも、期末考査の最終日、一緒に帰らないことになった。
最後はウィルなのだが。
これは期末考査の期間に突入してから決まった。
そう、それは期末考査の二日目。
この日は、魔法の実技試験だ。皆、教科書を見るより、魔法の呪文を頭の中で何度も詠唱している。だから馬車の中は恐ろしいほど静かだ。アミルの守護霊獣のプラジュも銀狼も、置物のように微動だにしない。スノーボールとミルキーも、おとなしくジェシカと私の膝で眠っている。
ちなみにウィルとクリスは、既にとんでもない数の魔法と呪文を覚えているので、実に牧歌的に窓の外の景色を眺めていた。
これは期末考査の勉強をしている時、クリスに聞いたのだが。
『奇跡の子』であるクリスは、呪文を詠唱せずとも、頭の中で唱えるだけで魔法を発動できる。でもこれは一見便利であるが、不便であるという。
「呪文を覚えたくて、頭の中で呪文の文字を追っているだけなのに、その魔法が発動してしまう。最初は本当に困ったよ。すぐに魔法の発動を抑えるための魔法を覚えることにしたけど……。その魔法を発動させると、どんなに呪文を詠唱しても、魔法は発動しない。そうなるとその魔法のせいで魔法が発動しないのか、呪文が間違っていて発動しないのか、それが分からなくなって……。とても面倒だったよ」
魔力が強い。
ただそれだけで、この世界では羨望の的であるが。
クリスほどにもなると、苦労もつきもののようだ。
この悩みはアミルも同じ。
アミルが学園に通うようになり、何度か校庭にとんでもない霊獣が召喚されたり、窓ガラスが一斉にすべて割れたり、庭園で爆発事故が起きたが……。これはアミルが魔法を覚えようとして、頭の中で唱和した結果、意図せずして魔法を発動させてしまったためだ。
クリスはいち早くそれに気づき、アミルにアドバイスをすることで、事なきを得た。
どうも過去にも同じような事態をアミルは経験していたが……。アミルのあの部屋は、砂漠のど真ん中にある。だからとんでもない霊獣が召喚されようが、何かが壊れようが、爆発しようが、あまり関係なかったらしい……。とんでもない話であるが。
とりあえず学園でいろいろ騒動はあったが、それもすべてアミルの魔法で瞬時に元通りだったので、ひとまずお咎めはなしで済んでいた。
って、私、呪文の復唱をしないといけないのに。
つい余計なことを思い出してしまった。
その時の私はそんなことを思いながら、それでもウィルとクリスの会話に、つい耳を傾けていた。
「昨日、父上から連絡がきたんだ」
「国王陛下から? 何か仕事の依頼かい?」
「仕事……まあ、そうだな。ギリス王国の多額の寄付金。あまりにも額がデカすぎて、校長が父上に相談したらしい」
しばらく沈黙が続き、クリスがのんびり口を開く。
「確かにあの金額があれば、もう一つ学園を作れてしまうからね」
「ああ、本当だよ。それで学校として使いたい部分には使うが、もう少し広い観点の寄付の使用を考える必要があると」
「なるほど。つまりブルンデルクという都市そのものや、メリア魔法国としての使い道も検討してほしいと。……でもそうなると、生徒会で考えるだけでは手に余るのでは?」
またも沈黙が続き、ウィルがようやく口を開く。
「その通りだよ。それで僕にも、その生徒会の話し合いに参加しろと」
「……なるほど。ではウィルも、期末考査の最終日は一緒に帰れないのだね」
「そういうことだ」
クリスとウィルの会話はそれで終わった。
正直、この会話に注意を払う者なんて、誰もいない。
なぜなら。
今、この馬車にいるほとんどが、期末考査の最終日、一緒に帰ることができないからだ。
一方の私は、なんとなくで二人の会話を聞いていたが……。
期末考査の最終日。
屋敷に帰るのは、自分とクリスだけ。
その事実にまだ気づいていなかった。
それよりも実技に備え、呪文を頭の中で復習するので、精一杯。
だから。
クリスに指摘され、気づくことになる。
期末考査の最終日、屋敷に戻る馬車にはクリスと私の二人きりだと。
それはこんな出来事から明らかになる。

























































